魔を孕む

渡影ゆき

第1話 葬儀

―ニレの女は子を産み、ニレの男は魔を孕む―


           鳴碧歴47年 エレーナ・スミス「極東見聞録」より抜粋

                          


十三の月だというのに風は奇妙に生暖かった。

そのくせ空は今にも雪でも降りそうな具合に灰色だ。

三角の君の屋敷の自室の窓を開け身をもたせ掛けている男の名は紅次郎という。

煙管の吸い口から唇を離し、ふぅうと息を灰の空に投げかける。

紫煙はふぅわりと渦を巻きじきに消えた。

はだけた寝間着からよく陽に灼けた肌が覗く。

ぱたぱたと軽い足音が向こうの廊下の角を曲がってくる。


「紅の字、入るよ」

がらりと襖が開けられ、この屋敷の主であるニィカ・インが―通称、三角の君が―顔を覗かせる。

紅次郎は煙管を煙管盆に置き、はだけた寝間着をしゅるりと整えてから平伏した。


「ニィカさまにおかれましてはご機嫌麗しゅう―「ああ、いい、いい。かったるい挨拶は抜きだ」


頭をあげよ。

はっ。


顔をあげ、眼前にいる天命の相手である山の上の民を見る。


「デェデェのところの定吉が命を落とした」

ニィカはため息をひとつ落としながら告げた。


「定吉が……」

紅次郎の顔からさっと血の気が引く。

と同時に「ああやはり」という諦観の表情が覗く。

六腕のデェデェの屋敷から死者が出るのは今年に入って4人目だ。


「今回はうまくいっていると思っていたんだがなあ」

紅次郎の前にどっかと胡坐を掻いたニィカはポリポリと右の角をかく。

「定吉は俺たちの中で最も力自慢でしたのに」

「だよなあ、だから私も今回こそうまくいけばいいと思ってたんだがなあ」

三本の角を持つ男は紅次郎と視線を合わせ、煙管盆から吸いさしの煙管を手に取りその口に含む。

ふぅぅうと大きく煙を吐き出す。


「うまくいかないもんだなあ……今晩が通夜で明日が葬儀だ……いつもの札を渡すから大人しくしていろよ」

「そんな人を子供のように」

「16 の赤子が何を言う」

「そりゃあなた様がたから見れば赤子でしょうがこれでも成人しておりますので」



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