エピローグ
「入る前にお茶でもいかがですか? 少しだけ時間がありますので」
チケットを手にしたアルからの問いかけに、
「もちろん」
僕は二つ返事で答えた。
それにしても、めっちゃ面白い旅だった。アルの日本語には驚かされたし、言葉が通じると、こんなにも人の心まで通じるとは思わなかった。
「エジプトで先輩に再会することと、少し観光地を回れればいいなと軽い気持ちで来たけど、まさかこんな形で終わりを迎えることになるとは夢にも思っていなかったよ。本当にありがとう。心から感謝するよ」
「とんでもないことです。それより日本に戻られてから、どうされるご予定なんですか?」
「まずは、この原稿を仕上げてから、自宅のベッドで、ゆっくり寝るよ」
僕は目をこすりながら、答えた。
「でも、今回の旅行はプレイべートだったんですよね?」
「実は『あの声』を聞いてから、ずっと社長とやり取りをしていて、その結果、仕事扱いにしてくれて、東京とカイロ間の航空券代については個人旅行扱いということでダメだったんだけど、カイロとルクソール間の往復チケット代と滞在費用については、出してもらえることになったんだ」
「そうだったんですね。よかったですね!」
「それもさることながら、今回の旅はすべて、アルちゃんがあの時、スカラベの周りを回るように勧めてくれたお陰だよ」
僕がそう言うと、彼が久々にアルカイックスマイルを見せてくれた。
「会社を辞められた後はまた、どこかへ行かれるつもりおつもりですか?」
「そうだね。今はまだ漠然とだけど、アンクエスが果たせなかった王子を迎えに、トルコに行ってみるのもいいかもね」
「それ、いいですね」
とアルは言ったものの、
「でも・・・・・」
と言葉が尻すぼみになった。
「このままお別れするのは寂しいので、せめて深井社長さんと同じように、SNSでやり取りさせてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろん、こちらこそ!」
僕はスマホを取り出し、アルが差し出したQRコードの上にかざしながら、
「じゃあ、トルコの次はウクライナにしようかな」
「あ、それも、いいですね!」
「ところで僕の名前は、どういうふうに登録したの?」
「企業秘密です」
アルが悪戯っぽく笑った。
カフェを出ると手荷物検査場の前まで来た。
アルがカバンの中にしまっておいた航空券を取り出そうとして、カバンの中を引っかき回した。そしてようやく探し当てた手には、僕とアルの航空券のほかに、もうひとつ、小さな赤い手帳のようなものが握られていた。
それを見た瞬間、僕は目が点になった。
「えっ? なんで?」
呆気に取れられている僕を残し、アルは、そのまま足早に手荷物検査場へ進んでいった。僕は置いて行かれないように速歩で彼を追いかけた。来るときのカイロ空港でもそうだったが、追いついた時には軽い息切れと目眩を感じていた。
「ちょっと待ってくれるかな?」
検査のため自分の手荷物をトレイの上に乗せながら、アルが振り返った。
「どうかされましたか?」
僕は息を整えて、口を開こうとすると、
「ウォッシュレットは、大丈夫ですか? ちゃんと預け入れ荷物のほうに入れましたか?」
とアルが心配してくれた。
「いや、そんなことはどうでもいい」
僕は大きく深呼吸をすると、まっすぐにアルの目を見て、こう言った。
「ひとつ確認したいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい、もちろんです。何でしょうか?」
僕は、彼が手にしているものを指さした。
「それって、日本国のパスポートだよね?」
「はい」
アルが当然のように答えた。
「・・・・・」
僕は一瞬、言葉に詰まってしまったものの、喉の奥から絞り出すように言った。
「なんでそのパスポートを持っているの? アルちゃんはエジプト人でしょ?」
「あれ? 言いませんでしたっけ。僕の顔はどこからどう見てもエジプト人ですし、僕を生んでくれたお母さんは確かにエジプト人です。でも、お父さんは日本人なんです」
僕は絶句し、放心状態に陥ってしまった。
彼の説明によると、彼はもともと日本で生まれ、幼少期にお母様の故郷エジプトにお父様の仕事の関係で来たという。そして、その後は、ずっとカイロで生活をしていて、今まで一度も日本には戻らず、大学はカイダイを卒業したとのことだった。
説明を聞きながら、僕はようやく気を取り直すと、思わず心の中で叫んだ。
(だからかっ!)
彼が、いとも簡単に日本語を操れていたのは、前世が日本人だったからではない。
現世が日本人だったからだ。
だっふんだぁ
<了>
*****
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。心より御礼申し上げます。
本編は以上になりますが、これを執筆するにあたって、たくさんの資料を参考にさせていただきました。そうした諸先生方へも感謝の気持ちでいっぱいです。
このあとのページにて、先生方の参考文献を掲載させていただきます。
もしご興味のある方は、ご参照ください。
後書きとしても最後になりますが、このような原稿を書くときに、イメージとして、いつもお手本にさせていただいているのは、北条司先生の『シティーハンター』です。
先生やファンの方に怒られてしまうかもしれませんが、ご理解いただけたら幸いです。
ありがとうございました!
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