第三章 新しき学舎×再会の五人目=樹海の絆

第160話

〜〜 2×××年 3月9日 銀座 歌舞伎座(旧歌舞伎座) 〜〜



「…すごい、これが歌舞伎なんですね、大吾さん」


「ああ、楽しんでもらえて良かった。それに『暫』は歌舞伎の代表格のような演目だ、だから今日という日にはピッタリなのよ」


あの夏から時が経ち、俺は今以前に依頼で解放された旧歌舞伎座…いや、修繕と改修が終了したのでここはもう旧歌舞伎ではない。ココこそ本物の歌舞伎座、そこに俺は来ていた。

理由は単純、大吾さんが報酬として歌舞伎座復興の最初の公演になる『暫』の特別チケットをもらったからだ。

そして今、俺達2人は舞台が終わりお客様が全員いなくなった舞台の指定された席で大吾さんと2人っきりで話していた。


「初めて生で歌舞伎をみましたが…正直舐めてました。本当に圧巻の一言でしか語れないのが悔しいです」 


「はは、そりゃ最高の感想だな。役者達も本物の歌舞伎座だからいつも以上に力が入っていたからな!」


ハッハッハッと笑いながらそう言う大吾さん。その顔は本当に無邪気な子供のそれに酷似していて、無邪気に笑っているのは間違いなかった。


「…はい、最高の舞台でした…それに、コレで大吾さんの夢が始まるのもヒシヒシと感じましたよ…本当に凄いです」


「…ああ、そうだな。今から始まるんだ…」


俺の言葉に笑うのをやめて真顔になる大神さん。そして懐から2本扇子を取り出し、広げる。


「今から俺が死ぬまで全力で銀座に、今まで土地を借してくれていた人達に、そして今まで歌舞伎を応援してくれていた全ての人に恩返しをする。

お前さんが導いてくれて、そして叶える事ができる様になったこの夢。俺は必ずやり遂げる、この扇子に誓て…必ずだ!」


そう言うと二本の扇子を片手ずつで器用に広げる。右手の扇子には達筆な字で『念ずれば、花開く』と書かれていて、左手の扇子には文字は書いていなかったが片目が書かれていないだるまの絵が書かれていた。


「…なるほど、両方とも夢に関わる事が書かれた扇子ですね…」


「おうよ、右手の扇子、文字の意味は『何事も一生懸命に祈るように努力をすれば、自ずから道は開ける』だ。

左手の扇子は片目のだるま…つまり『願いが叶ったらもう片方の目を入れることで両目を完成させる』と言う覚悟を形にしたのよ。

俺は退任するまでこの二つの扇子以外は絶対に使わない、コイツァ俺の覚悟そのものだ…夢が叶うその時まで手放したりするもんかよ…!」


そう言いながら二つの扇子を見る大吾さん。その目は覚悟を決めた人のそれであり俺ですら感心を抱いてしまう位に覚悟が目だけでわかってしまう。


(その目だけでも大吾さんの覚悟が分かる…本当にあの時に死ぬ思いをしながらも頑張った甲斐があるな…)


そんな目を見て俺は一年前の旧歌舞伎座の事を思い出していた。

今じゃその事は《歌舞伎座事変》と呼ばれていて雑誌などでも取り上げられる位に有名な事件になってはいるが、元を正せば俺が大吾さんの夢を叶えるべく無理をしてでも禁層に挑んだのが始まりだ、だからこの目を見ただけでも大吾さんのやる気が分かるから本当にあの時頑張って良かったと思ったよ。


「…あ。そういやお前さん2日前に卒業式だったんだろ?

どうだったんだ、第二ボタンとかあげたのか?」


大吾さんは何かを思い出したかの様に両手の扇子を閉じてしまうと、俺にそう言う。


「いや、第二ボタンと生徒手帳は無事でした。代わりに半裸にはなりましたが…」


「いや、なぜ半裸になる?」


俺はその言葉に顔を渋くしてそう言う。まあ、大吾さんのツッコミは間違ってはない。

普通は第二ボタンをもらうとかが卒業式の定番だし去年も卒業生と在校生のそんなやりとりを見ていたから今年もそうなのだと思っていた。

しかし蓋を開ければ文字通りのデスレース、在校生の全員が俺と叶のボタン及び制服を狙う始末、お陰で俺と叶は生徒手帳と第二ボタン及びズボンなど以外を細かく引きちぎられる形で脱がされていく始末だった。

因みにその時は俺でも死の恐怖を覚えたし叶に至ってはその日の配信をお休みする位にボロボロになっていた。


「…てな感じだったので冗談抜きで真面目に死ぬかと思いましたよ…」


「おいおい、そりぁヤベェな…」


取り敢えず大吾さんには事細かく説明すると、大吾さんはそう言いながら頭を抑えた。


「まさか2日前に突然優香が


『お兄ちゃんの危機を感じた!今直ぐに離れに誘導しないと!?』


とか言って首輪とリードを持って家を出ようとしたから止めたんだがまさか本当に危険な状態になっていたとは…」


「ちょいまち、優香さんが俺の危険を察知して家を飛び出すのは百歩譲ってまだいいです。何故首輪とリードを持ってるの!?」


「因みに今家の離れはマジで要塞みたいな感じになっている、下手しなくても一度でも入ってしまったら抜け出すのは困難なレベルの奴な。

だからお前さんを守る為に全力で止めたんだ」


大吾さんの言葉に今度は俺が頭を抱える。あの時の離れの件、完成はしているであろうとは考えていたが…まさかそのレベルとは…


「ヤバいな、俺4日後から一人暮らしをするんですよ。セキュリティーはギルドのお墨付きだから安心してましたが…それを聞いたら不安になってきました」


「…確かに優香にはその話はしたらダメだな…1人で外出なんてした瞬間に全力で離れに連行しかねない。今日からでも要塞化した離れを解体し始めるか…優香が何か言ってきたら家族で説教すればいいし…」


そう言うと大吾さんは頭をまた抱える。大吾さんも大吾さんなりに優香さんの暴走を止めるために頑張っていたのだろう。


「たくよ…優香には『婚約者』がいるから恋愛対象としてお前さんを見る事は無いと思っていたのに、まさか恋愛対象を超えて家族判定をするとは…本気で予想外だわ…」


「…え、婚約者?…マジで?」


俺は大吾さんの聞き捨てならない発言に反応してしまう。

まさかあの超危険人物の優香さんに婚約者がいるとは予想外だったからだ。


「ああ、優香の幼馴染でな。昔からの優香の数少ない友達兼理解者だ。よく優香はワガママを言ってアイツの『頭部』だけを自室に持って帰ってきたから大変だったんだぜ?」


「いや、それ死んでませんか!?」


俺は大吾さんの言葉に思いっきりツッコミを入れた。

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