ワナビ自戦記 ~限界ワナビお父さんは今日もお母さんに怒られます~

限界ワナビお父さん

2023年 既婚ワナビの反省会

「お忙しいところすみませんが、例の……報告のお時間をいただけますでしょうか」


 ある日のお昼。眼鏡をかけた中肉中背の中年男は、申し訳なさそうな声でそう言った。男のことを仮に──限界ワナビお父さん、と呼ぶことにしよう。お父さんは、公募でラノベ作家を目指すワナビ(※)である。


※ ワナビ wannabe

ラノベ作家志望に対する蔑称。古のインターネッツの時代より、社会的弱者はラノベで人生一発逆転を夢見ると相場が決まっており、正当な努力から逃げる者たちを馬鹿にした言い方。現在では、自虐的に面白半分でワナビを名乗る高齢者が多い印象。


 さて、言葉を発するお父さんの体は緊張で震えていた。それは目の前の存在が恐怖の対象であるからに他ならない。機嫌を損ねるようなことを言えば、いともたやすく殺されてしまう。……そう、ワナビを続けられるかどうかは、すべてその相手の匙加減ひとつ。所詮お父さんの趣味の時間など、吹けば飛ぶようなものなのである。


 この家の序列一位、絶対的権力者──お母さんの前では。


「ふーん……、勝手にすれば」


 いかにも小馬鹿にした態度でお母さんは言う。ソファーに深く腰かけ、膝にのせた黒猫を右手で撫でつつ。左手に持つスマホでFGOのイベントを走りながら。凝った首をコキコキと鳴らしたところ、床に座るお父さんの間抜け面が視界に入って不快だったのか、お母さんは顔をしかめる。お父さんは平身低頭し、恐る恐る口を開いた。


「……今年もダメでした」

「でしょうね。言い訳があればどうぞ」


 その言い方には棘があったが、いつものこと。お父さんは長年の経験から、お母さんのをやり過ごす方法を心得ていた。事実を淡々と報告し、その後に反省の弁を述べて謝罪する。更に謝罪を繰り返す。これすなわち完全降伏。夫婦円満の秘訣である。そういうわけで、ひとまず事実のみを述べていく。


「今年送ったのは計5本。①完全新作が1本、②昨年書いた作品が1本、③以前書いた作品の改稿モノが1本、④ピッコマ用の未完結新作が2本です。肝心の結果ですが──①はGA選考中、②はMF二次落ち→ガガガ一次落ち→OVL選考中、③GA一次落ちで、④も選考落ちでした。……すみません、今年は二次も突破できずじまいです」


「そう」


 自分の恥を咀嚼するように並べたお父さんに対し、お母さんの態度は冷たい。まぁそれもいつものことなので、父さんはスマホのメモを見ながら自己反省を展開する。


「今年最大の失敗は、『過去に書いたものは公募的にクソ』という点を失念していたことだと考えています。③の改稿モノはその典型でした。この作品は過去にファンタジア二次落ち電撃三次落ちなどまずまずと思える結果を残しており、今風に改稿すればいけると考えていましたが……今にして思えば、『異なるレーベルで何度も二次落ち、せいぜい三次落ちしかできず、一度も最終選考付近まで残れていないような作品は見限るべき』ということに、もっと早く気付くべきでした」


 お父さんの弁はこうだ。

 ラノベ公募の一次選考におけるいわゆる下読みガチャ(※)は、ワナビ的に有名な話だろう。だから、一次選考で落ちたとしてもそれはそれとして堂々と使い回せばよい。……だが、二次選考、三次選考で何度も落ちるようなら、何かが決定的にダメなのだ。その段階ともなれば、流石に編集の目に触れることになる。そして複数の編集が読んで、「もっと上の選考に上げたい」と誰一人思わないのであれば、その作品はもう「根本的に問題がある」という話になる。


※ 下読みガチャ

レーベル側からしてみると、膨大な量の公募を捌き切るには、編集やお抱え作家を総動員しても間に合わない。よって、一次選考段階では下読みを外注することもありうるのだが、外部の人間&スピード重視の審査のためにどうしてもムラが出る。結果、本来は二次以降で判断されるべき優れた作品が一次で落とされることがままある──というワナビ間の都市伝説にして。しかし某賞で「一次落ちした作品を微修正して翌年に再応募したら大賞だった」というエピソードはあまりにも有名。


 お父さんが早口で力説しても、お母さんは黙っていた。いつ舌打ちが出てもおかしくはない空気。お父さんは「すみません」と一度謝ってから話を続ける。


「作品への愛着もありますし、レーベルが求めるものや編集の好みの問題もあるかもしれませんから、諦めずに使い回すくらいのことはアリだと思います。今は②の作品でそれを実行しています。……ただ、その作品の推敲にも時間を使い過ぎてしまいました。一度書き上げた過去作に時間をかけるべきではなかったのです」


 過去作に未練タラタラ、無駄にこだわりの強いお父さんらしい失敗である。作品を次のレーベルに送るときは、真っ先に応募フォーマットでの表示を確認して、自分好みに表示されるよう修正し続けるという謎のこだわりがよろしくない。例えば、1行あたりの文字数に合わせて「ここで次の行にいかないように文字数を調節……」といった具体に細かい推敲をしまくるのだ。


 カクヨム上で例を示そう。

 ウェブでの表示は1行38文字。スマホだと20文字。改行が中途半端にズレてしまうと、気持ち悪くて発狂するのがお父さんである。………………………………例えばこうだ。


 ウェブだと『うだ。』、スマホだと『だ。』が下の行にいっているはずである。お父さんにはこれがもう絶対に許せない。こうしたほとんどの人が「どーでもいいわ」と思う部分の修正だけでも、場合によっては十数時間が必要になる。他にも気になる部分の修正も行えば、かかる時間は膨大なものに。今年のほとんどは、大筋と関係ないそういった些事に費やしたと言っても過言ではなかった。


「結局、通常の公募サイズの完全新作は①の1本のみでしたから。来年は──新作に時間を注ぎ込むよう肝に銘じます。半年に1本、年に最低2本は書けるようにします」


 過去作への愛着は捨てずともよいが、時間はとにかく新作に使うべき。それがお父さんが今年一年で辿り着いた今更とも言える真実である。報告というよりも自分自身に言い聞かせるようにして、お父さんは心構えを述べて締めくくった。


「ちなみに今年はどんなの書いたの」


 一瞬だけ、お母さんの興味が話に向いた。どう答えるべきか。返答によってお母さんの機嫌がよくなることはまずないだろうが、機嫌が悪くなることはおおいにありうる。お父さんは言葉を選びながら慎重に答える。


「悪役令嬢の競技モノです。女性向けで強い令嬢モノは男性向けでも開拓の余地ありと判断しました。中世ヨーロッパ風の異世界に転移した男性アスリートが、悪役令嬢に仕立て上げられたヒロインと手を取り合い、敵の聖女を競技で倒しに行く熱血スポコン痛快復讐劇、という感じでして。ダブル主人公でテンポよく物語を進行すr」


「つまんなさそう」


 お母さんの一言によって話は終わった。お父さんは「そうですね」と流して話を終える。幸いにも、お母さんの表面上の態度はそれほど悪化しなかった。……まぁ結局、元から機嫌は最悪だったので、悪化する余地がなかっただけなのだが。


「……以上です。今年はふがいない結果に終わってしまい、大変申し訳ございませんでした。来年こそはという覚悟で事に当たります。重ねて申し訳ありません」


 深く頭を下げるお父さんに、お母さんは大きくため息をついた。あ、やっぱりだめだ。めちゃくちゃ怒られるやつだな──お母さんのイラつきを感じ取ったのか、黒猫は膝の上から降りてベッドの下に走っていった。そして遂に、猫という精神安定剤を失ったお母さんの怒りヒステリーが嵐のように吹き荒れる。


「あのねぇ──」


 ここから先の説教は、思い出したくもないし書きたくもない。一方的な蹂躙だった。公募とはまったく関係のない話と共にありがたい叱咤激励(婉曲表現)を受け続け、お父さんはいつものように謝り続けた。


 なんてことはない……これもまたいつものことさ。そして今回も、最後の一線だけは守り切る。どれだけ罵詈雑言を浴びせられようとも、形だけの謝罪に謝罪を重ねてその場をやり過ごすのがお父さんの手口である。そうして来年もお父さんは──ワナビを辞めずに公募を続けて夢を見たい。


「自分が何歳だと思ってるのよ?」


 ワナビとして動き始めて約2年。ほどなくお父さんの年齢の十の位は繰り上がり、介護保険料(※)を払い始める歳になる。それにしてもおっしゃる通りで、年齢的にはあまりにも遅い初動だったと言わざるをえない。「売れないバンドマンでも諦める年齢でしょ」と言うお母さんの言葉は的を射ている。


※ 介護保険料

お求めやすい料金でご老体が介護や支援を受けるためにスタートした制度。40歳から徴収される。つまりそういうこと。なお、政治家はこの額を増やしても「税じゃなくて料だから」という理屈で増税とは絶対に言わない。クソ。


「一人だけ好き勝手に遊んでる場合? 父親としての自覚はないの?」


 そうだ。今年は(※)。娘が生まれるまでにデビューするという当初の目論見はあえなく崩れ去っていた。気付けば人の親となって、自分は物語の主人公ではなくなって、趣味でしかない時間は消滅寸前だった。


※ 娘

2月1日生まれ。キリがいい。天使。


「……本当に申し訳ない。仕事も家事育児も、迷惑かけないよう頑張ります」

「あなたがポンコツなのは分かってるけど──それでもちゃんとしてよね、もう」

「はい、頑張ります」

「いつも口だけはそう言うけど、全然頑張ってないじゃん」

「そう感じさせていたなら申し訳ない、頑張りが分かるよう頑張ります」

「今のままじゃ離婚だから」

「…………心を入れ替えて頑張ります」


 申し訳ない。頑張る。そんな言葉と共に綱渡りをしながら誤魔化していく。罪悪感はある……お父さんの時間は消滅寸前だが、それでもかろうじてのだ。娘につきっきりのお母さんとは違って確かな自由が存在する。そして一人の時間を捻出している以上、どうあがいても迷惑はかけ続ける。家族の時間か睡眠時間を削るしか時間を作る手段はなく、必然的に後者を選ぶことになるわけだが、それで仕事や家事育児に支障ミスが出ないわけがない。あたり前田のクラッカー。


「んぱ……」

「あ、起きたわ」


 そのうちに、0歳の娘がお昼寝から目覚めた。気付けば西日が差し込む時間帯。話は一旦終わりだ。お父さんは致命的な致命傷を負いながらも逃げ切ったのだ。ここからは夜になってスヤスヤするまで、娘を中心にすべてが慌ただしく動いていく。


「ん、ぱっぱ」

「そうだね、お父さんだねー」

「じゃあ遊んどいで」

「お父さんが高い高いしてあげるねー」

「たたっ」


 娘を持ちあげると同時、首から背中にかけて痛みが走る。頚椎椎間板けいついついかんばんヘルニア。育休中の毎日数時間の抱っこにより、お父さんの体は整形外科へ通うほどに疲弊していた。痛みと寝不足と湿布の臭いを振り払うように、笑顔で声を出して娘と遊ぶ。


 これが幸せの形。現状でもの自分にとっては十二分に幸せである。それでも夜にはパソコンに向かって夢を見たい。イビキがうるさいという理由で夫婦別室、そのために娘の夜泣き対応は免除されているのだ。それ以外にも色々と家族には迷惑をかけていて──そんなことは分かり切っている。しかしどう転んでもワナビを辞めるつもりなど毛頭なかった。


 いつか最愛の娘が物心ついたときに……

「本当に好きなことを続けてきたんだ」と、誇って言えるお父さんでありたい。できれば、「この本はお父さんが書いたんだよー」みたいなことを言って。


 それこそが、限界ワナビお父さん。


 だからこうして、カクヨムの隅っこで叫ぶことにしたのだ。自分の決意を忘れないために。……いや、嘘つきましたごめんなさい。この文章は単なる現実逃避なんです。頭からっぽで猿のようにキーボードを叩いて、書きあがった駄文を意気揚々と世間様に投げつけたい。そしてあわよくば同情されたい。「お前も意外と苦労してんだな」って優しい言葉をかけられたい。それくらいの願望は許されてもいいと思う。選考中の作品だって、どうせ早々に落ちるのだから。


「今夜も疲れたままパソコンに向かったとして、まともな話なんて書けねーよ。いつものように自慰行為でもして寝るだけさ。なお、ここで言う自慰行為がナニを指すかはご想像にお任せしたい。もしかしたら、この文章のことかもしれないが」


 こんな台詞をブツブツ口にしながら、暗い部屋──お父さんの部屋の電気がついているとそれに気づいた別室の猫が暴れて娘が起きる、そしてお母さんに怒られてしまう──でパソコンに向かう、妻子持ちの中年男性を想像してみて欲しい。


「すごく……かっこいいだろう?」


 お父さんは情緒不安定になっていた。


 選考中は「この作品ならデビュー確定っしょ」と「こんな作品じゃ一次も通らんわ」という対極の精神状態を行き来する。ワナビあるあるだと思う。知らんけど。


 そんなとき、ガチャコと廊下の扉が開く音がして、お父さんは我に返った。つい夜更かしをしてしまった。時刻は夜の12時より少し前、お母さんがトイレ、いや、お花を摘みに行く時間帯である。部屋の扉は、暗闇で起動するPCモニターの光すら極力漏れないように、内側と外側の両方からマスキングテープを貼って遮光してあるのだが……それでも、バレるときはバレる。お母さんはお父さんを信用していないので、たまに寝ているかどうかをチェックするのだ。


 お父さんは息を殺し、お母さんの排泄音うたごえが聞こえ始めた瞬間を見計らってパソコンをシャットダウンすることにする。その後は布団の中でスマホをチポチしてから、お父さんは眠りについた。


 そして翌朝。

 休日だが、平日と変わらぬ六時半起き。むしろ休日の方が忙しいのだから仕方ない。諸兄よ、亭主関白になれなかった世のお父さんは、休日こそソシャゲのデイリーすらこなす暇なく鞭で叩かれながら家庭に奉仕することになるから覚悟しておけ。やれやれ、今日も愛する妻子のため、そして夜の自由時間のために頑張りますか──


「昨日、夜遅くまで遊んでたの知ってるんだからね」

「ヒエッ……」


 この後、謝罪も虚しくめちゃくちゃ怒られたのは言うまでもない。


 そんなわけで、お父さんの2023年の活動報告じこまんはここまで。それでは次回、限界ワナビお父さんの壮絶な過去が明らかに──え、どうでもいいって?


 応援、待ってます。(真顔)




★★★★【以下、宣伝失礼】★★★★


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