　海を眺めていると、なんだか落ち着きます。

　『あなた』は、泳ぎが得意だという訳ではありませんが、海を眺めて磯の香りや砂の感触などで楽しむ事が大好きでした。

　キラキラと輝くように水面が陽光を反射し、澄んだ空気を風が運び、潮の香りが鼻を突き抜け、海砂が手足を沈みこませながら指の隙間まで包み込む。

　そんな誰もと同じように海を楽しめるのが、『あなた』でした。仕事やプライベートでも、何か嫌な事があった時にはいつも海を眺めにやってくるぐらいに。

　あなたが多感な思春期時代、親の仕事の都合で今の地域へと引っ越して着ました。やはり年齢的にも色々と、どうしようもない現実や社会にずっと不満で納得がいきませんでした。

　しかし、この海だけは気に入って、少しだけ現実を許すことも出来たのです。

　それから結婚もして子供も授かり、毎年、息子をつれて夏休みの間は必ずこの近くの海に来ては、浜辺で砂遊びや貝拾い、小さな小魚を砂で囲ったりと息子と一緒に遊ぶことが恒例です。

　いつもは自宅から近い海水浴場で済ませていたのですが、去年の夏からはもっと海がキレイな場所へと南下して、少し遠出するようにしました。

　宿泊費は少し節約として、古い雰囲気で不気味な面持ちなのですが、去年と同じ旅館に予約をして夏の海を精いっぱい楽しもうと、車で数時間、そのまま車ごと乗りこめるフェリーに乗って、移動だけで疲労困ぱいになりながらも頑張って到着するぐらいの価値がある、キレイな海や景色、風情のある旅館へ向かいます。

　フェリーに乗船する道中、船上から見える広大で澄んだ海や波を、わが子は負けないほどにキラキラとした目で、手には先日、近くの夏祭りの出店で買った大き目の水鉄砲を握りしめながら外を眺めている姿を、あなたは見ているだけで幸せな気持ちになります。

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