第4話 襲撃。そして物語はハジマリ。
ライラ・エタンセル。
国王の白髪と王妃の黒髪を交互に受け継いだ眉目秀麗の第七王女。
魔法の才は平凡で有りながらも、非凡な頭脳で入試次席まで上り詰めた“賢者”と呼ばれる天才の代表格。
鋭い視線は強気な心の証であり、場合に寄っては生徒会長ですら顎で使おうとする傲慢な女王様。
俺に出会うまでは負けた事が無いと言っていた程の、自信とそれに見合う実力を持った根っからの人の上に立つ存在。
それが、ライラ・エタンセル。
勇者の俺を王族として支えてくれた、俺が知る等身大の彼女の姿だった。
「ちょ、貴方達何してるんですかっ!?」
「………………」
「風紀委員ですっ! お、大人しくして下さい!」
俺と彼女の出会いは、入試試験で次席だった彼女が首席の俺に突っかかって来る所から始まる。
負けず嫌いな彼女は最初は俺の事を酷く嫌っていて、同時に俺も邪魔をしてくる彼女を良くは思っていなかった。
動機は、ただ自分より目立つ奴が気に食わなかったから。
そんな理由で時に自身の身分を持ち出してまで俺を追い落とす事に必死になっていた彼女は、しかしその自信に見合うほどの実力をちゃんと持っていた。
上級魔法一発で空になる程度の魔力量だと言うのに、気を抜けば平気で俺を打ち負かして来る程には力の使い方が上手くそして強かった。
「って、王女様!? あ、いや……こ、困りますよ! 周りには人も」
「──黙ってて」
「え?」
けれど、彼女はいつしか俺の隣で屈託のない笑顔を浮かべてくれるようになった。
彼女から挑まれた全ての勝負を正面から退け、遂に勇者として国にまで認められた俺に最後の決闘を挑んでくる彼女。
それを退け、ようやく完膚無きまでの敗北を知った彼女は清々しい顔で自分よりも、勇者である俺を輝かせる為に俺にその手を差し出した。
そして共に高め合い、支えあう存在となった彼女は“優しい王”になる事を俺に誓ってくれた。
「後で金でも権力でも何でも使ってどうとでもするから──」
そして、どうしようもなく芋づる式に思い起こされる最後の情景。
船の上の看板にもたれながら俺へと笑いかけるライラの笑顔。
髪を靡かせ、頬を染めながら愛してると囁く王族の彼女。
彼女は王として、俺は勇者として一緒に魔王を倒そうと誓った船の上での最後の逢瀬。
そして、結局俺たちの物語はライラの泣き顔で締めくくられる事になる。
最後は手を伸ばす彼女の絶望の顔と、為す術なく海に引きずり込まれるちっぽけな勇者の姿。
来年の夏。そこが俺たちの限界だった。
そして、俺はやがて彼女を諦めた。
「──今は、黙って話をさせて」
彼女の視線が、邪魔をしてくる風紀委員の生徒へと一瞬向けられた。
命令とも懇願とも取れるそれは、どうしようもなく彼女の中の焦燥を俺に訴えかけてきた。
俺は彼女を諦めた。
けど彼女は、俺を諦めていなかった。
諦めていない世界から、この最後の世界へとやって来た。
ノノア、そして会長に次いで三人目の記憶継承者。
俺は既に、今後の計画が傍から崩れていた事を今更ながらに気づかされた。
「ぇ!? いや、えっと……! そ、そう言う訳には……」
「──ライトスピア」
バツン、と音がして、駆けつけてくれた少し気弱な風紀委員の足元が抉れて弾け飛んだ。
その位置に向けられた彼女の右手には魔力の残滓が漂っていて、俺は彼女の本気度を見せられてその目を大きく見開いた。
「ぇ……?」
魔法を使った。それも、牽制とはいえ充分に殺傷能力のあるものを。
風紀委員の子はその事実に息を漏らして、抉れた地面を見てそのまま床へとへたり混んだ。
その様は風紀委員としては相応しくは無かったが、この威圧感漂う場所に駆けつけてくれただけでも俺は充分に有難いと思った。
テーブルを蹴り飛ばす程に常軌を逸した今の王女は、きっと俺にしか止められないだろう。
対応を間違えれば死人すら出かねない程の怒気、及び決意を感じて、そしてそれは比喩ですら無く紛れもなくただの事実である事を俺だけが知っていた。
事故とはいえ、俺は一度彼女に殺された事すらあったから。
力と知恵を持つ彼女は、的確に人を壊す術を身につけていた。
故に、俺が知る中でも彼女は最も怒らせてはならない存在であり、俺は怖気ていた心を無理矢理叩き起して彼女の目を真っ直ぐと見つめ返した。
──冷たかった。
氷すら凍らせるほどに、彼女の目の奥は冷えきっていた。
「ライラ、全部説明する。だから──」
「……説明? 説明っていうのは……」
「ソイツと一緒になるから、私を捨てるって説明──?」
しかし彼女は俺の言葉を遮って、襟を掴んでいた左手にさらに力を込め首を締め上げた。
話がしたいと言う割に質問の返事以外は不要だと、強制的に酸素の供給を絶とうとして来る彼女に俺は思わずその手を掴む。
しかし、彼女の左手に次第に魔力が集まって、俺は軽く死を悟る事になった。
けれど彼女の悲しみを感じた俺はそれで少しでも気が済むならと、一発は甘んじて受けようとして、
「──離してぇっ!!」
結局、放たれる前に今迄黙っていたノノアが俺達の間に割って入った。
今や誰が見ても危険人物と化したライラだったが、それに怖気ない今のノノアは流石としか言いようが無かった。
そして、俺のすぐ側で互いに睨み合う二人。
それでも未だにライラは俺の襟元から手は離さず、ゴミでも見るかのような目でノノアと俺を交互に見つめていた。
対するノノアは、ライラへと敵意の籠った視線を向けている。
二人共から、死んでも絶対に譲らないという強い意志を俺は感じた。
「なんなのよ、コイツは……」
「あなたこそっ!」
二人は恐らく、前回の記憶含めても殆ど面識は無かったはずだ。
ノノアにとってライラは、偶に俺に突っかかってくるただの性格の悪い令嬢程度。
ライラにとってのノノアは、記憶にも寄るが下手すれば存在すら認識して居ない可能性があった。
二人からすれば、そんな訳の分からない相手がいきなり自分の恋人の前に現れ手段を選ばず距離を詰めている様なものだった。
ノノアはその事実に、ただ俺とライラを引き剥がそうとした。
対するライラは言葉少なに、しかし明確な殺意を持って再び魔力を練り始めていた。
俺は暴走する二人の少女を見て、この場を収める方法がもう強行手段しか無いことをすぐに理解する。
魔法を使う。
今迄だらだらと何とか避けようとしていたこの手段に、しかしこれ以上の甘えた判断は勇者としての俺が許さなかった。
「落ち着け二人とも!!」
「でも、この人がっ……!」
「指図しないで」
聞く耳を持たない事何て最初から理解していた。
それでも、俺は最後の最後まで躊躇してしまった。
嘗て、愛した存在だからこそ。
最後にはわかってくれると信じたかったけど、結局それは無理だった。
「──いい加減にしろ!!」
わからず屋達に若干、いやかなりの声量を浴びせながら俺は魔力を全身に行き渡るよう流した。
無詠唱・無系統魔法、グローシフト
俺は人の膂力を超えた力をもって、ノノアを引き剥がしライラの拘束も力任せに解いた。
「きゃあ!?」
「…………っ」
それは明確な拒絶、離別の意思であり、手段を選ばないライラと同じやり方だった。
無理やり距離を取られたノノアは最初別れを伝えた時の様な怯えた目を俺に向けて、ライラは俺の決意を悟って抱いた怒りを哀しみへと変えた。
俺だって、出来ることなら二人とも幸せにしたい。
けど、その対象が二人いる時点でそれは既に不可能だった。
だから、俺にはもうこれしか無かった。
俺への執着だけならまだしも、明確な意志を持って傷つけあう彼女たちを黙って見ているような屑には絶対になりたくない。
その為だと思えば、俺は先程までの優柔不断は簡単に捨てる事が出来た。
嫌われる覚悟を決める事が出来た。
「──やば……あれ王女だよな……」
「首席屑すぎるだろ」
「てか誰か風紀委員呼べよ」
「あそこに居るだろ」
周りの視線と声が嫌に煩わしかったが、もう気にしている暇も無いだろう。
場所を移せるのならそうしたかったが、気づけばとっくに昼休憩の時間も過ぎていた。
本当に、全然上手くいかないなと俺は心の中でため息を着く。
それもこれも、全部神様のせいだろう。俺はそう思うことにして、その言葉を告げるために口を開いた。
俺は、どちらも選ばない。
そう、真剣な目で言葉を紡ごうとして。
『跪け』
「──え?」
突然、何処かから降り注いだその『命令』に、食堂にいる全員が頭を地面に叩きつけられた。
─────────────────
この世界には、悪魔と呼ばれる魔王に次ぐ人類の敵が存在した。
第一の悪魔、傲慢のベリアル
第二の悪魔、強欲のマモン
第三の悪魔、嫉妬のレヴィアタン
第四の悪魔、色欲のアスモデウス
第五の悪魔、憤怒のサタン
第六の悪魔、暴食のベルゼブブ
第七の悪魔、怠惰のベルフェゴール
それらは封印された魔王を復活させる鍵としてこの世界に顕現し、かつそれぞれが人の世を終わらせる使命を負った魔王の忠実な下僕達。
存在するだけで魔王の復活を早める七体の悪魔は、しかし世界が違えばそれぞれが“王”足りうる程の力を持って人の世へと進軍してきた。
事実、俺の死亡理由の十割に限りなく近い数が彼ら悪魔との戦いに寄るものだった。
魔王に到れる様になったのも殆ど最近の俺にとっては彼らも変わらず“魔王”の一部のような存在だった。
一番最初、第一の悪魔は入学した年の五月に、ルフレ魔術学園に魔獣を引き連れ勇者の雛鳥を殺害をしに来た。
そして第二の悪魔は聖夜の魔術学園に、そこに存在するもの全てを破壊しに来る事が決まっていた。
第三、第四は俺が二年になった時に、そして第五から第七迄は三年生の間に、時には隣国を襲ったり戦争を引き起こしたり、方法は様々であれど明確な殺意を持って襲ってくる事はいつも共通していた。
ノノアと死に別れるのは第二の悪魔。
ライラと何度やっても越えられなかったのは第四の悪魔と言った風に、魔王に至るまでに立ちはだかる七つの障害は、はっきり言ってどれもやり直し前提のクソみたいな強さを誇っていた。
それでも、どんな無理難題でもやり直す内は何とか勝ち筋を生み出す事が出来た。繰り返し試行錯誤を重ね計画を練り何かを諦めれば、いつかは赤子でも大人に勝つ事が出来た。
初撃で殺されれば、次の世界は二撃目で死んだ。
二撃目で死ねば、次の世界は三撃目で死んだ。
俺の軌跡は、そんな泥仕合の塊だった。
それでも、確かに一歩ずつは前に進んでいたんだ。
『動くな、喋るな、魔力を練るな』
「────ッ」
悪魔に命令され、その通り命令を聞く勇者の何と滑稽な事だろうか。
地に伏せ未だ微動だに出来ず、頭を垂れる姿を誰が勇者だと思う事だろうか。
けれど、ただそれが今ここにある紛れもない事実だった。
俺は指一本動かせず、ただ嘗ての敵にその身を晒していた。
第一の悪魔・傲慢のベリアル。
黒いボロボロのマントを被った筋骨隆々な赤色の鬼が、俺の知る見た目で、俺の知る声で、しかし俺の知らない徹底ぶりで俺の知らない時期に現れた。
そしてベリアルの『命令』によって俺たちは強制的に地に伏せさせられ、そして有無を言わさず全ての抵抗を奪われる。
奇襲戦法、先制的王手。
ベリアルが身につければ必殺と言っていい程の凶悪な初見殺しであり、奇しくもそれは俺が悪魔を倒す際によく使っていた手法だった。
「…………っ!」
「……! ……!」
隣では当然ノノアとライラも同じように地に組み伏せられていて、ライラは屈辱と怒りにベリアルを睨み、ノノアはただ迫る恐怖に涙を流していた。
二人はベリアルを知っていて、だからこそこの絶望的な状況の詰み具合を正しく理解しているだろう。
その他の床に突っ伏す生徒たちは、きっと何も分からないまま身動きが取れず、そして何も分からないまま死んでいくんだろうと思った。
そのどちらが幸せかは、俺には判断出来なかったが。
多分外には魔獣達が溢れかえっていて、増援を望むにもそれは些か楽観的過ぎた。
『勇者、よ。久、しい、な』
既に勝ち誇った様に腕を組み、雑談に興じようとする第一の刺客、傲慢の王。
既に牙は削いだと、俺の目の前で不遜に佇みそして俺の頭を踏みつけた。
一度は自分を卸した相手、さぞかし気分が良い事だろう。
ベリアルはその感情を一片も隠そうとせず、独特な喋り方を披露しながら俺の頭蓋を蹴り続けた。
『やり、直、し。なる、程、勝て、ぬ、訳、だ』
「───ッ」
その言葉は、この状況を説明するにあまりに十分すぎる代物だった。
ガン、ガンと頭を蹴られながらも、襲い来る痛みも屈辱も全て忘れて、俺はその言葉にただ世界を呪わずには居られない。
ベリアルまでもが記憶を継承していて、尚且つやり直しの存在までをも知っていた。
それはつまり俺のアドバンテージのひとつが敵の手に渡った事を意味していて、下手すれば神様の裏切りすら俺は視野に入れなければならなかった。
「…………ッ!」
『無駄、だ。お前、はそ、れを、知っ、てい、るだ、ろう?』
助けは来ない。その事実に、何とか命令を外そうと必死に抵抗する様子を見せれば、ベリアルはそれを見て心底楽しそうに笑っていた。
その顔をぶっ飛ばしてやりたいとは思っても、先んじて封じられたせいで今は指一本動かす事も無詠唱魔法も助けを叫ぶ事も出来はしない。
間違いなく俺の手札を理解しているその言動に、俺はベリアルの言葉がハッタリでもなくただの事実だとあっさり理解させられた。
何度も倒した相手に頭を垂れる事しか出来なくて、俺の心は悔しさと憎悪に支配された。
そんな風に見える様に、俺はベリアルを睨みつけた。
『すぐ、に、殺し、て、やりた、いが』
『まず、聞か、ねば、なら、ぬ』
『やり直しはどうすれば解除できるのか』
その言葉に、内心俺は──薄い笑みを浮かべた。
コイツはやり直しが最後である事を知らない。という事は、それは先程一瞬疑った、“神様の裏切り”は無いという事の証明になった。
神様が敵に回ってベリアル達に記憶を与えたのなら、もう次は無いから安心して殺せと伝えて然るべきだった。
つまり。
神様まで敵に回った訳では無い。
だからと言ってどうにかなる話でもないが、その事実は俺に僅かばかりの希望を与えてくれた。
『勇者よ、“応えろ”!』
しかし、状況が絶望的である事には変わりない。
先も言ったように今俺は動けず、動けそうな仲間もおらず、増援も来ない。
そしてやり直しをさせない為に今殺されていないだけで、しかし今俺は先程の『命令』により既に口を開きかけていた。
数秒後には、俺は間違いなく死んでいるだろうと確信した。
けれど俺はその事実に、表情さえ変えられない事をもどかしく感じながらその分心の中で盛大にベリアルを笑ってやった。
「やり直しは──」
俺が言葉を紡ぐ最中、バチバチと、ベリアルの頭上で激しく唸るそれに奴はまだ気付いて居ない。
流石傲慢、流石ベリアル。
記憶を継承しようが根っからの部分は変わらず、俺の計算は完璧とは行かずとも何とか詰みまでに間に合った。
それは奴の声が聞こえた瞬間、組み伏せられながらも構築した即席かつ無詠唱の遅延魔術。
雷系統初級魔法・ボルトパイル
時空系統中級魔法・スロウアサイン
時空系統中級魔法・ミラージュアサイン
雷×時空系統上級魔法、遅延・幻影ボルトパイル。
俺にしか見えない鋭く尖った雷の杭が、時間差でベリアルの頭上に降り注いだ。
『ヌゥ──!?』
「──調子乗んなよ」
ベリアルの『命令』は常に脳内で意識し続けなければならず、こんな風に意識を割いてやれば簡単に命令は撤回された。
しかしだからこそベリアルは本来一人で戦う相手では無く、所詮今のも一度限りの裏技でしか無かった。
それでも、何とか上手くいった事に安堵しながら俺はすぐに立ち上がって魔力を練る。
場を仕切り直す必要がある。
ここにはあまりに人が多すぎる上に、絶対に守りたい存在が傍に二人もいた。
だから、俺は目の前のベリアルの腹に手の平を思いっきり叩きつけて、
「──ウィンドブラストッ!!」
ドパン──ッ! と音を立てながらそのまま腕を振り切って、生み出した風と共にベリアルの身体を吹き飛ばした。
威力よりもただ押しだすことを意識して、重心を捉え放った魔法は倍の体躯はあるベリアルを容易く窓の外へと連れ去った。
今の俺の火力ではどう足掻いてもコイツには勝てない。
けれど、少しでも長く戦う為の知恵と磨いた技術は今も尚俺の手に握られていた。
全てがいつもと違うこの世界で、ただそれでも俺はまだ立ち上がる。
まだ、諦めるには早すぎる。
俺は勇者で、最後の世界を幸せに導くただ一人の存在なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます