第31話

 リントがエレファントライナーの卵を見つけた頃、同じ森の中では四人の男たちが隊列を組んで周囲を警戒しながら進んでいた。

 四人ともが武装をしており、何が起きても対応できるように備えている。


 その中で、一際身体が大きくて威圧感を放ち、厳格な顔つきからも明らかに他の三人とは風格が違う三十代くらいの灰髪の男性が「待て」と言って急に足を止めた。


「おい、どうしたんだ?」


 声をかけたのは、スキンヘッドの男。背中には大剣を背負っている。


「…………これは糞だ」


 が地面に落ちている黒茶色の物体を観察しながら口にした。


「恐らくターゲットのものだろう。まだ新しい」

「おお、んじゃこの近くにいるってわけだな」


 スキンヘッドが待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべる。戦いたくてウズウズしているような表情だ。


「この数日、幾つか仕掛けた罠にも引っ掛からなかった。やはり子供といえど考える力はあるようだ。まあ、それでも罠を回避させることも視野に入れて追いこんでやったんだがな。計算ではここらに……」


 灰髪男が鋭い眼光を辺りへ突き刺す。隠れているものを探すために。

 その男の目に、一つの茂みが映り、その前方に半ばほどから折れた枝があった。

 男が、他の三人に対し、無言のまま茂みの奥を指差す。他の三人も、男の言いたいことが分かったようで頷きを返し、静かに武器を抜く。


 四人の中にいる比較的身体の小さい男は、右手に杖を持っており、その男に灰髪の男が「やれ」と言わんばかりに手を振った。

 直後、杖を持っている男は茂みに向かって杖を掲げ、


「――サンダーショック!」


 呪文詠唱と同時に、杖の先端から電流が迸り茂みへと向かって行く。

 電流が茂みの奥へと突き刺さった瞬間――。


「――ピギィィィィッ!?」


 痛烈な悲鳴が耳朶を打つ。

 間違いなく茂みの奥にいる〝ナニカ〟に攻撃がヒットしたことを示した。


「よしっ、畳み掛けるぞ! 回り込んで絶対に逃がすなっ!」


 灰髪の男もそう言うのと同時に、茂みに向かって小走りで近づいて行く。

 他の三人は迂回をするように茂みを囲い出す。


 すると茂みの中から人間の半分ほどの大きさはあろう生物が姿を現し、その場から退避するように動き出す。

 身体の側面には焦げた痕があり、先程のサンダーショックによるものだと一見して分かった。

 通常なら今ので身体が痺れて動けなくなるが、さすがはAランクのモンスターのエレファントライナー。まだまだピンピンしているようだ。

 しかし突然の攻撃を受けてパニック状態なのか、周りが見えていない様子。


「けっ、逃がすかよぉ!」


 スキンヘッドの男が、猪のように真っ直ぐ突き進むエレファントライナーの子供に左側から近づき剣を振るう。

 しかし子供はさすがというべきか、大地を蹴って跳び上がり横薙ぎに振るわれた剣をかわす。

 そのまま大地へ降り立ったと同時に、すぐに方向転換をして、スキンヘッドへと体当たりを繰り出す。


「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 咄嗟に大剣でガードしたようだが、突進力の強さに負けて後方へ弾き飛ばされるスキンヘッドの男。さらに彼へと子供が追撃。


「――させんっ!」


 灰髪男が、少し遠目から剣を地から天へと突き上げた。その際に生み出された斬撃が、大地を伝って真っ直ぐ子供へと迫る。


「ピギャァッ!?」


 今度は避けることができずに、子供の右側面に攻撃がヒット。鮮血が舞う。


「よし今だ! 魔術で拘束!」

「はい! ――ショックネットッ!」


 杖を持つ男から発せられる放電する網。それが攻撃を受けて足を止めてしまっている子供の身体に纏わりつき――バチチチチチィッ!

 相手の自由を奪うための雷属性の呪文の一つ。見事決まった。


「まだだ! 迂闊に近づくな! 子供とはいえAランクなんだからな!」


 灰髪男の忠告に全員が首肯。

 恐らくここにいる者たちは全員が討伐屋として高ランクに位置する腕利きなのだろう。

 場数も相当こなしていることがありありと伝わってくる。

 しばらくするとエレファントライナーの子供は動かなくなった。


「……も、もういいんじゃねえか?」


 スキンヘッドの男の言葉に、灰髪男が「そうだな」と小さく声を発し、ゆっくりと近づく。

 しかしその時、閉じられていた子供の瞳がカッと見開いた。


「ヤバイッ! 距離を取れっ!」


 灰髪男の言葉とほぼ同時に、子供が身体をその場で高速回転しだし、雷の網を弾き飛ばしてしまった。さらに弾き飛ばされた網は、真っ直ぐ杖を持った男のもとへ飛んでいき、今度は彼が――。


「ががががががががががぁっ!?」


 まさか自身の呪文で逆に被害を受けるとは思ってもいなかっただろう。


「ちぃっ、一旦離れろ!」


 解放された子供が、低く唸りながら男たちを睨みつけている。


「……魔術を弾くだけじゃなく、弾いた呪文を逆に利用するなんて」


 感心するような言葉だが、灰髪男の頬は明らかに引き攣られている。


「さすがは子供にして大人の能力を持つと言われるエレファントライナーの子だ。まったく骨が折れる仕事だな」

「リーダー、どうする? ここは一旦退くか?」


 スキンヘッドの男が険しい顔つきのまま尋ねた。灰髪男は、この隊のリーダーだったようだ。


「いいや。あっちも無傷じゃねえ。このまま逃がせば、回復されちまってさらに厄介になる。ここで仕留めるぞ」

「そうこなくっちゃな!」


 間違いなく子供もダメージを負っているし、動きだって鈍くなっているはずだ。

 このままダメージを蓄積していけば、必ず倒せると灰髪男は判断したのだろう。


「ちまちまやるのは性分じゃねえが、ここは仕方ねえ。マルックスが回復するまで、俺とお前で相手するぞ! トードー、マルックスのことを頼むぞ!」


 杖を持っていた男はマルックス、その彼に近づき介抱しているのがトードーという男らしい。


 ――そして。


 数分が過ぎた頃、中央にエレファントライナーの子供を置き、その周りには四人の男たちが睨みを利かせていた。

 男たちも傷ついて疲弊はしているが、それよりも格段に傷つき息を乱す子供の存在がある。

 体中に負った無数の傷。そこから血を流しながらも、倒れることなく必死に生きようとする意志は、男たちを容易に攻め込まさせずにいた。


「……ったく、大したもんだ。これで生まれたばっかだって言うんだからよぉ」


 灰髪男もまた、何度か突進攻撃や鼻での物理攻撃を受けてダメージを負っている。


「ナイスな根性だぜ。意思疎通ができりゃ、チームに欲しいくらいだな」

「おいおいリーダー、情が湧くのもいいけどよ、そろそろ仕留めねえと、逆にこっちがやられちまうぜ!」

「分かってるさ、ドラン」


 スキンヘッドの男はドランという名前らしい。彼に嗜まれて、灰髪男が深呼吸をして表情を引き締める。

 チラリと回復したブラックスに視線を向けると、彼がコクリと頷く。

 視線を彼から子供へと戻す。


「……悪いな、これでチェックメイトだわ」


 灰髪男がその手に持っていた剣を子供に向かって投げつけた。しかし単純な攻撃だからか、子供はあっさりとジャンプして避ける。剣が地面に斜めに突き刺さった。

 そこへブラックスが、杖を――――突き刺さった地面に向ける。


「サンダーショックッ!」


 電撃が刀身へと向かい、驚くことにまるで光を反射するかのように、刀身に当たった電撃が屈折して、剣の上空にいる子供の腹部に突き刺さった。


「ピギャァァァァァァァァッ!?」


 予想外の一撃に成す術もなく無防備に受けてしまう。

 突き刺さった電撃は、腹を突き破って内臓までも焦がしているような勢いだ。

 そのままエレファントライナーの子供が地面に落下し、身体を痙攣させている。


 すでに虫の息状態なのは明白。

 灰髪男が静かに近づき、相手の首元に剣の切っ先を向ける。


「……よってたかって悪いな。一応お前さんの命を奪う者として名乗っとくぜ。俺はグロウザ。グロウザ・バッカスだ」


 覚悟を秘めた瞳を、痺れながらも必死に睨み返してくるエレファントライナーの子へと向けられている。


「……最後まですげえ奴だよ。忘れねえぜ―――じゃあな」


 剣を突き刺そうと力を込めた刹那――――グロウザの動きが止まってしまう。


「っ……身体が……う、動かん……っ!?」


 歯を食いしばりながらも、まるで金縛りにあったかのように身動きを止めてしまっているグロウザだが、その表情は驚愕に歪められている。


「お、おい……誰か……!?」


 仲間に助けを求めようとしたのだろう。しかし視線の先にいたスキンヘッドの男――ドランが、静かに倒れていく。


「お、おいドランッ!」


 ドサリ……と、ブラックスもまた倒れる。

 当然最後にトードーへと視線が向く。


 彼もまた立ったまま白目を剥いたと思ったら、そのまま膝を折る。だが今までと違ったのは、彼の背後に一人の人物が立っていたこと。

 そこに立っていたのは――葉で作ったであろう仮面で顔を隠した謎の人物だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る