第22話

「……剣とかって使えるの?」

「剣? それって型とかがあるってことか? ねえぞ、そんなもん。まあ、メス捌きなら誰にも負けねえけど」

「医者って凄いわね」

「何だよ急に」

「だって、人やモンスターの身体を刃物で切り裂いて、内臓とか触れるんでしょ?」


 確かに血や臓物が苦手という者は多い。最初は苦手でも慣れてしまえばどうってことはない。

 しかし医者を志しても、どうしても血が苦手、人を傷つけるのがムリという者もいて、医者の道を断念することだってある。


 幸いリントには、その苦手感はなかった。

 初めてモンスターの身体をメスで裂いた時は、さすがに緊張したし身体も震えた経験はある。それでも何度も手術をすればやはり慣れた。

 ただこの世界で手術というのはなかなかに異例なことでもある。


 人を診る医者の中にも、相当の腕がなければ手術など施せない。ほとんどは、治癒の魔術などを使って応急処置程度で終わり、あとは自己治癒に任せる。

 治癒魔術も万能ではないし、外見上は傷が塞がっていても、内部までは……という場合が多かったりして死亡するケースも多々あるのだ。


 患部をメスで切り、内臓を縫合したりする行為は、この世界であまり認めてもらえていないのである。

 それがモンスター相手なのだから、モンスター医の知識や腕が、人体のそれより高いレベルを要求されるのも必然だ。


 リントは元々獣医志望だったこともあり、よく動物たちの構造を本などで勉強していたこともあり、入口に入るのは簡単だった。

 しかし同じ犬や猫に見えるモンスターでも、内臓の位置や、種類や数なども違っており、学ぶのは本当に大変だ。今も、そしてこれからも一生勉強は終わらないだろう。


「――ん、あそこよ」


 ランテが指を差した先にあったのは一つのレンガ調の大きな塔状になっている建物。

 どこか古っぽさを感じさせる造りになっているが、どっしりと構えて天に上るように造られている造形は、何となくカッコ良いとリントに思わせた。


 何でもこの〝ギルド会館〟は、ランクが上がれば上がるほど、上の階に上がることができて、依頼内容や報酬も高くなるとのこと。

 赤い扉を開いて中に入ると、身体のゴツイ者たちがそこかしこにいた。


 壁の掲示板にたむろして、依頼が書かれた紙を眺めてどれにしようか悩んでいるようだ。

 中は板張りになっており、渇いた木のニオイが鼻をつく。

 目の前にはカウンターがあり、幾つか仕切りがあって、数人の受付嬢が座って客を待っている。


「確か……あった。一番右端の受付で発行してもらえるわよ」


 ランテのあとについていく前に、ちゃんとニュウたちがついてきているか確認する。

 大きな男ばかりいるので、ニュウは怯えたようにリントの袖を掴みにきた。


 何故かリリノールも、リントの裾を掴む。彼女もこの雰囲気は苦手のようだ。

 周りの男たちも、か弱そうな少女たちが現れたことを訝しんでいる様子ではあるので、多くの視線に気圧される気持ちは分かる。

 彼女たちとは逆に堂々としたランテについて行き、カウンターの前に立つ。


「すみません。入国許可証を発行したいんですけど」


 リントがそう言うと、受付嬢は「ではこの紙に必要事項をお書きください」と淡々と言い放ち、一枚の紙を手渡してきた。

 紙とペンを受け取り、カウンターの傍にあるテーブルに向かって紙に注目する。


 書き込むのは名前や生年月日に住所や職業など、ありきたりなプロフィールだ。すぐに書いて提出しに行く。

 相変わらず事務的な態度で紙を受け取った受付嬢からは、今度は小さな針と名刺みたいに小さい白いカードが手渡された。


 何でも今度はそこに血液を付着させてほしいとのこと。

 言われた通りに実行して、カードに血液を付ける。別段何も変化はない。


「それってね、過去の犯罪に関係あるかどうか調べるものなのよ」


 説明をしてくれたのはランテだ。


「犯罪を犯した人って、一斉にデータが世界中の〝ギルド〟に回されるのよ。犯罪現場とかで採集された痕跡とかってあるでしょ? 魔力とか体毛とか血液とか。そういうデータを登録しておき、こうやってその事件に関わっているかどうか調べるのよね」


 簡単にいえばDNA鑑定みたいなものだろう。

 仮に誰かの家で盗みを働いて、その時に落とした毛髪があるとしよう。そのデータを〝ギルド〟に登録される。


 そしてこうやって血液を調べられた時に、その時のデータと一致したら、極めて犯人の可能性が高いということだ。

 ただ〝ギルド〟にデータ登録されるのは、それなりに大きな犯罪に関係するデータだけだそうだが。


 そこは地球における警察システムとはかなり遅れているようだ。

 当然リントは問題なかった。もし何らかの大事件に関係しているのなら、カードが黒く染まるらしい。


 一分ほど待機を要求されたので待つ。

 その時間を利用して建物内を観察してみた。

 両端に上へ登る階段が設置されてあり、その奥には扉が見える。資格のない者は、そこから先には進めないようにしているようだ。


 この一階では、市役所の受付のようになっており、ソファやテーブル席に座って談笑している者たちもいれば、先程確認したように掲示板で依頼書を選んでいる輩がいる。

 ここにいる者たちのほとんどは、ランクを上げて人生に一花を咲かせようと考えているのだろうか。


 危険なモンスターを討伐できるような凄腕の猛者は、国からも目をつけられ、要職にだって就くことができるかもしれない。

 年に一回行われる国家試験――〝国家戦術師〟の資格を得るために〝ギルド〟に登録して腕を磨こうという者たちだっているだろう。


 聞けばすでに登録だけはランテもしているとのこと。ただ学生の身分では、勝手に依頼を受けることはできない。彼女はそれがもどかしいと言っているようだ。


「――お待たせ致しました。これが〝入国許可証〟になります」


 受付嬢から手渡されたのは一枚のカード。そこには紙に書いたプロフィールが書かれてある。これでこれからは、いちいちランテを呼ばなくても良くなった。

 同じように、ニュウの許可証も作ってもらうことに。

 そうしてここでの用事が済んだので〝ギルド〟を出た。




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