第12話

 目の前には見上げるほどの高い外壁に守られた巨大な街がある。

 その街から距離にして三百メートルほど離れた草原地帯。そこにあった岩場の陰に空からやってきたリントたちが降り立った。


 さすがにセイントホークという珍しいモンスターで、街中に降り立つと問題が生じると考えたので、目立たないように離れた場所に降りることにしたのだ。

 センカに感謝の言葉をかけると、応じるように鳴き声を上げながら去って行った。


「久々に【リンドブルム王国】に来るなぁ。診療所からそんなに離れてねえって言っても、五キロくらいは距離あるし歩きではやっぱ面倒だよなぁ……って、どうした二人とも?」


 空の旅がそんなに恐ろしかったのか、ランテとリリノールが四つん這いで身体を震わせていた。見様によっては少し興奮しないでもない。


「あ、あのね……先生……もう……少しゆっくり飛んでほしかったわよ……っ」

「こ、怖がっだよぉぉ~」

「情けねえなぁ。それでも誇りある《リンドブルム学園》の学生かよ。そんなんじゃ、立派な魔術師になんかなれねえぞ?」

「モンスターに乗って飛ぶなんて……初めての経験なんだから……しょうがないでしょうがぁ……」

「逆に喜べって。普通できねえ体験ができたんだしよ。ま、気持ちは分からんでもねえけど」


 黒い診察鞄から竹筒を二本取り出し、二人に渡す。


「こんなこともあろうかと、ニュウが飲み水用意してくれてるから飲めば」

「ニュウちゃんが私のために!? ちょうだい!」


 さすがはニュウ好きのリリノール。目を輝かせて、竹筒に入った水をガブガブ美味そうに喉を潤していく。

 ランテもリリノールほどではないにしても、飲み水はありがたいようで受け取って飲む。


「んじゃ、歩けるようになったら行くか」


 三人で、少し距離がある【リンドブルム王国】まで歩を進めることに。

 入口には大きな門があり、上下の開閉式になっているらしい。


 ランテとリリノールが学生証を身分証明として、門の前にいる門番に見せて門を開けてもらう。

 しかしやはりというところか、門番の注意はリントへと向き「……そちらは?」と尋ねてきた。


「医者よ。気にしなくていいわ」


 それだけを言うと、門番はあっさりと「分かりました」と了承した。


(……ずいぶんランテの信頼度が高いんだなぁ。……! そういや、ニュウが言ってたっけ。ランテはあのエフレスター家の息女って)


 この王国ではかなりの権力者である貴族の御令嬢。だからこその対応なのかもしれない。

 そうして門が人が通れるくらいの高さにまで開いてから、リントたちは通過していく。


 そのままの足で、さっそく学園にあるという飼育小屋へと向かう。

 学園に来たのは初めてだったが、話に聞いていた通りの規模で思わず言葉を失う。


(デ、デケエ……ッ)


 一体敷地面積がどれくらいになるのか想像もできないほど広大である。


(おいおい、カフェとかっと東京ドームみたいなもんがあるんだけど……?)


 歩きながら周囲を観察していると、普通はない……と思う。少なくともリントの知識上では、だが。

 一体何の建物なのか分からないものもたくさんあって、塔や小さいが城みたいな建造物まである。


(か、金はあるとこにあるんだなぁ)


 これを見たらきっとニュウは全身を震わせながら「す、少しくらい恵んでほしいでありますぅ」とか言いそうである。いや、絶対言うだろう。

 途中、リリノールが教師に報告してくると言ってどこかへ去っていき、今はランテと二人で学園内を歩いている。


「そういや、ランテ……は、何年目なんだ?」

「アタシとリリノはまだ一年よ。ここは三学年生だから、卒業は十八になったらね」

「ふぅん。卒業したら将来何がしたいとかって決めてるのか?」

「ええ、もちろんよ」

「凄いんだなぁ」

「……嫌味?」

「は? ……何で?」

「先生なんて十八で診療所を経営してるじゃない」

「あ~まあそうだけど、別に嫌味で言ったわけじゃねえって。本当に凄いって思ってるし。だって普通はその歳で将来の夢なんか持ってないしな」


 日本で生きていた時なんて、ランテくらいの年齢は遊ぶことしか考えていなかった気がする。

 周りにいる友人たちもそうだったが、大学に行って決めればいいんじゃね? 的な感じで過ごしていた。

 だからこそ、将来の夢があるランテを立派だと素直に思えたのである。


「何になりたいのか、聞いてもいいか?」

「……〝国家戦術師〟の資格を取りたいのよ」

「へぇ。家の意向とかか?」

「違うわ。その逆よ。家から早く自立したいからなの」

「! ……そうなのか?」

「そうよ。お父様には、さっさと婿を取って家庭に入れって言われてるわ。けど本心は、優秀な男子を生んでもらいたいのよ」

「……なるほどねぇ」


 格式高い家柄の息女だからこその決められたレールというわけだ。

 この世界では男尊女卑の傾向が強い。昔の日本だってそうだったが、どちらかといえば男の方が優秀だと認識されており、家督を継ぐのも専ら男子である。


 特に魔術師などの家系では、遺伝資質を大いに頼っており、高貴な家柄の者との婚姻で、より優秀な遺伝子を作ることが望まれているのだ。

 彼女の家も例外ではなく、当主の意向としては、学園などに入って時間をムダにしている暇があったら、さっさと優秀な遺伝子を貰って男子を生むまで励め、ということなのだろう。




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