第10話

「ほわぁぁぁ~!」


 ブンブンブンとニュウの尻尾が激しく動く。

 包装された箱の中には、小さな袋に入った黄金色のカステラが幾つも収められてあった。


「た、食べてもよいのでありますか!?」

「うん、今開けてあげるね~。……はい、どうぞ」

「頂くのであります!」


 一つ袋を開けてもらい、それを手渡されたニュウが「あむ!」と待ち切れないかのように頬張る。


「!? ~~~~~~っ!」


 声にならない喜びの表情を浮かべるニュウ。余程美味いのだろう。尻尾など千切れんばかりに揺れている。

 リントも一つ頂き食べてみた。


「……お、確かに美味いな」


 これはコーヒーにも絶妙に合う菓子である。まるで雲のようにふんわりとしており、かつ上部のザラメ部分はとても甘い。また中には小豆も混入しているのか、食感も癖になりそうな感じだ。

 気づけばニュウはすでに三つも平らげている。


「お、おいおいニュウ、あんまり食べ過ぎると太……あ、いや何でもありません」


 物凄い殺気を込めた視線で睨みつけられる。一瞬だが自分の死のビジョンが浮かんでしまったほどに恐怖を感じた。


「ふふふ、女の子にそれは禁句ですよぉ、リント先生」


 リリノールは楽しそうに、ニュウの幸せそうな顔を見ている。

 四人で一緒に茶菓子と飲み物を頂いてまったりしていたが、リントがそろそろ打ち解けたのではと思い口を開く。


「それで? 今日は先日のことを謝りに来ただけか?」


 問いに対し、持っていたカップを置いて説明をしてくれたのはランテだった。


「実は……ですね」

「あ~別に敬語じゃなくてもいいぞ。二人ともな。そんな歳も変わんねえと思うしさ」

「……そう……かな? いいの?」


 リントも「ああ」と返事をすると、「分かった」とランテが言い続きを話し始める。


「実はね、学園に飼育小屋があって」

「飼育小屋? ……モンスターでも飼ってるのか?」

「うん。そのモンスターがね、最近調子悪いらしいの」

「……種族……どんなモンスターなんだ?」

「……聞いてくれるの?」

「モンスター絡みなんだろ? だったらオレが聞き逃すわけがねえって」


 調子が悪いという問題を抱えているならばなおさらである。


「えと……」


 ランテが隣に座っているリリノールに視線を向けると、彼女が引き継いで説明をし始める。


「確かクローバーキャトルっていうモンスターなんだけどねぇ」

「クローバーキャトルか……一体だけか?」

「らしいんだぁ。一応牛舎みたいなところがあって、そこに数体ほどいて、そこの一体だけが最近具合が悪くてねぇ」

「どういうふうに悪い? 飯は食うか?」

「あまり食べないみたいなのぉ」

「……どんなものを食べさせてる?」

「……ごめんなさい。そこまで聞いてなくて」

「……便は? 出が悪いとか血が混じってるとか聞いてるか?」

「えと……それも……」

「そっか。……一応忠告しておくとして、普段と少しでも違うことがあるなら、それを必ず医者に伝えること。特に食事や便などの情報は必ずチェックしてほしい」

「あ、はい。ごめん、なさい」

「あ、勘違いしないで。この子は別に飼育係とかじゃなくて」

「別に怒ってるわけじゃねえぞ」

「あ、そう、なんだ……」


 別にリリノールが飼育していたわけでもないらしいし、たとえ飼育者だったとしても無知をそのまま怒るようなことはしない。それに対し反論してくるようならムッとしてしまうが。


「ただ、医者としては判断材料がほしいってだけ。その方がより正確な診断ができるからな。もし次に診療所を利用するなら気を付けてほしいってこと」

「う、うん、分かった」

「はぁい。気を付けるぅ」


 素直な二人で医者としては嬉しい。中には医者が万能だと思っている利用者もいて、少しの情報ですべてを把握できると勘違いしている。

 医者だって情報がなければ判断のしようがないのだ。せめて食事関係や便の調子などが分かれば、病の見当の手助けになる。


「かかりつけ医はいらっしゃらないのでありますか?」


 聞いたのはニュウだ。


「一応いるにはいるらしいんだけど、原因が分からないみたいなのよ。聞いてみたけど、国に住んでるモンスター医って、まだ成り立てで経験もそれほどないらしくて」

「ちっ、そんなのが大国のモンスター医療を任されてるってのか? 狂気だなそりゃ」


 大国になると人も多いし、ペットモンスターを飼っている者もそれなりだろう。だったら専門の医者も腕の確かなベテランを用意した方が良いに決まっている。

 ただモンスター医の数などそうはいないし、ベテランとなればもっと少ない。


 ペットモンスターが流行っているといっても、ここ最近で流行りだしただけで、医者の数や腕が追いついていないのは仕方ないといえば仕方ない。

 それに今の風潮。リントの前世――日本でのペットの扱いと比べて、ここはおざなり過ぎることも否めない。


 具合が悪くなったら、飼い辛くなったら、飽きたら、簡単に野に捨てる。

 ペットに対して日本のようにモラルや法律も存在しないので、わざわざ金を出してまで病気や怪我を治す飼い主も少ないのだ。

 まるで壊れた玩具を捨てて買い直す要領で、簡単にモンスターを捨ててしまう。


「もしかしてお二人は、先生に診察依頼を頼みにきたのでありますか?」

「う、うん。そうなんだけど……」


 恐縮するように上目遣いでランテがリントを見てくるが、リントはスッと立ち上がると、


「ニュウ、準備をしろ」

「はいなのであります!」


 可愛らしく敬礼をすると、ニュウがトトトトトと診察室へと消えていく。

 一片の迷いのない二人の行動に、ランテたちがキョトンとしてしまっている。


「ん? どうした、さっさと行くぞ」

「え……っと、診てくれるの?」

「当然だろ」

「当然……なんだ」

「具合の悪いモンスターがいて、助けてほしいと言うならオレは助ける。それがオレの〝医道〟だ」


 たとえ飼い主に診察料が払えなくとも、助けを求めるならばできる限りのことをする。

 それが医を志したリントの信念だから。




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