第6話
「もう、先生は興味のないことに関したらほんとーにサッパリしているであります」
プンプンと膨れっ面の獣人の少女。その姿はとても愛らしくて、見ていて飽きない。
「先生が失礼な感じで申し訳ないのであります」
「あ、ううん。こっちこそ、お医者さんなのに結構失礼なこと言ったし」
変態とか……。
しかし出会い頭にアレだったので、仕方ないといえば仕方ないような気もする。
「あ、でも先生の腕は確かなのでありますよ! 前に瀕死寸前のモンスターだって先生がちゃんと治療して野に返しましたし!」
「へ? モ、モンスター? えと……人じゃなく?」
「はいであります! 何故ならここは、モンスター専門の診療所でありますから!」
「モンスター専門? へぇ、そうなんだぁ」
別に珍しくはない。最近ではモンスターをペットにする人も増えてきており、街にもモンスターを看る医者だって職業として認められてきている。まだ数は少ないようだが。
「けど、何でこんな辺鄙なところに? あ、ごめん」
「いいえ、仰る通りなのであります。元々ここには古い教会があって、そこを先生が譲り受けて診療所にしたとのことでありますから」
「……腕が良いなら、街とかに開いた方が良かったんじゃ……?」
「先生はその……何といいますか……人という存在をあまり好意的に見ておらず……はい」
恐縮するように、少女は肩を竦めながら言った。
「何かあったの?」
「ちょっとランテ。あんまり人の過去を詮索したらダメだよぉ」
「あ、そうよね。ごめんね、えっと……」
「あ、申し遅れましたであります! ニュウとお呼びくださいであります! まだ未熟者ではありますが、れっきとしたモンスター医の助手であります!」
「凄いんだね~、ニュウちゃんって。まだ十四歳なのに、もうお仕事してるんだぁ。あ、私はリリノール・ブランケット。リリとかリリノって呼びやすい方で呼んでね」
「では、リリノさんで!」
「アタシはランテ・フォル・エフレスターよ。よろしくね、ニュウ」
「こちらこそであります! ……ん? エフレスター?」
「あ、やっぱり知ってる? ランテはあのエフレスター家の人間なんだよ」
そうリリノールが説明すると、ニュウの目が大きく開かれた。
「と、ということは、あの【リンドブルム王国】の王侯貴族の一つ――エフレスター公爵家の方だったのでありますかぁ!?」
「ま、まあね……はぁ」
「ほへ? あ、あの……どうしてそのようなうんざりとしたお顔を?」
「ふふ、ランテは家のことを言われるのってあまり好きじゃないみたいなの」
「はぅ!? そ、そうだったのでありますか! それはとても申し訳ないことを!」
慌てて頭を下げるニュウに、逆に恐縮してしまうランテ。
「ああいいっていいって! アタシだって分かってるのよ。どこに行ったって、名前がついて回ってくるってことくらい」
「は、はぁ」
「だから早く立派な魔術師になって自立して家を出て行きたいの」
「ちなみに私たちはまだ学生なんだよぉ」
「なるほど。つまりはニュウと同じく、見習いということなのでありますな!」
「ふふふ、そうだよぉ。ああもう、ニュウちゃんって可愛いなぁ」
「ふにぃ~! 何で頭を撫でるでありますかぁ!」
「え~だって、妹みたいで可愛いんだも~ん」
リリノールは、楽しそうにニュウの頭を撫でるが、ニュウは恥ずかしげに彼女から距離を取る。ランテは、リリノールが無類の可愛いもの好きだということを知っているので、これは当然の行為だということは分かっていた。
「あ~んもう。逃げちゃダメだよぉ。もっと撫でさせてよぉ」
「ニュ、ニュウは子供ではないでありますぅ!」
「ふふふ、そんなに照れて。本当に可愛いなぁ」
「こ~らリリノ、あんまりニュウをからかわないの。……そういえばニュウ、ここって診療所なのに人気がまったくないよね?」
「う……まあ、働いているのは先生とニュウの二人だけでありますから」
「……患者さんは?」
「……ゼロであります」
「……ま、まあ患者さんがいないってことは、いいことじゃない!」
「そ、それはそうでありますが、このままでは家計がぁ……」
うぅ~と涙目になるニュウを見ていると、つい抱きしめたい衝動にかられてしまう。
いや、衝動に負けて、すでにリリノールが彼女を抱きしめて頭を撫でているが。
「え、えっと……じゃ、じゃあ宣伝しておいてあげるわよ」
「っ!? ほ、ほんとーでありますかぁ!?」
リリノールの腕の中から逃れ、ランテに詰め寄るニュウ。その顔は必死さを物語っていた。
「う、うん。あの先生にはお世話になったのも事実だし。このまま何もしないってのも、何か変な気分だしね」
「そ、それはと~っても助かるのであります! できれば裕福なお方であるならば幸いであります!」
「く、苦労してるのね……」
「うぅ……先生は物欲というか、金銭欲というものがこれっぽっちもないので……」
話に聞くと、これまで看てきた患者に対し、当然金銭を要求するも、明らかに普通の医院と比べても格安だということが分かった。
利用者としては喜ばしい限りだが、立地条件のせいで元々の患者数が少ないのと、無償でも良いというリントの対応により、経営が圧迫されているとのこと。
現実的なニュウの大変さは、話を聞いていると涙が出てきそうになるほどだ。よくこれまで生活してきたと思う。
ただ食糧が底をついても、今回のようにリントがどこかから食材を調達してきたり、たまに世話になっている薬屋に薬剤を売ったりしていることで食い繋いできているらしい。
「……けどさ、あんだけ強いんだったら、〝ギルド〟に入ってモンスター討伐した方が稼げると思うんだけど。あの実力なら、簡単にモンスターを狩れると思うし」
何気なく口にしたその言葉だったが、一気に室内の気温が下がったような気がして……。
「まさかモンスターの命を守るこの場所で、そんな言葉を吐くなんてな」
いつからそこにいたのか、視線を向けると診察室の扉の前に、リントが立っていた。
明らかにその表情は不快さを表しており、瞳の奥には怒気が含まれている。
「せ、先生……!」
ニュウが焦ったように彼に顔を向けている。
「ていうかまだいたのか。聞こえてたけど別に宣伝なんかしなくていい。余計なことをしなくていいからさっさと帰ってくれ」
冷たい言葉が鋭利な刃物のように心に突き刺さる。
――拒絶。
まるで敵でも見るかのような視線だった。
リントがそのままランテたちの脇を通り抜け、外へと出て行く。
彼の態度だけでなく、あわあわとなっているニュウの顔を見て悟った。
自分が今、確実に地雷を踏んでしまったことを。
迂闊だった。ここは病院で、彼はモンスターの命を守る医者。今の自分の言葉は、彼の立場をまっこうから否定したようなものだった。
「あ、その……っ、ごめんなさ……」
謝ろうと振り返ったが、すでに彼は外へ出た後だった。
「……ランテ……」
笑顔を絶やさなかったリリノールも、さすがに表情に陰りを見せている。
「あ、あの……先生が申し訳ないのであります」
「ううん、ニュウ。今のは完全にアタシの失言だったもの」
「ああなると、先生は落ち着くまで誰も近づけないのであります。できればこのまま……」
出て行った方が良い。そうニュウの瞳は語っていた。
「…………分かったわ。行こう、リリノ」
「う、うん」
待合室のソファから立ち上がり、外へと出る。もしかしたらそこにリントがいるかもと思ったが、彼の気配は微塵も感じない。
何度も何度もニュウに謝られたが、悪いのは自分だと分かっているランテは、逆に彼女に謝った。
それから彼女に帰り道を聞いて、自分たちが住む【リンドブルム王国】へと帰って行く。
強烈な罪悪感を抱え――二人で無言を貫いたまま。
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