ムッシュの灯り

小深純平

第1話

 僕はいつの間にかお客さんにムッシュと呼ばれていた。

 3年前に定年退職して、さてなにをやろうかなと思い浮かんだのが毎日飲んでいるコーヒーのことだった。いつも飲んでいる焙煎コーヒー店のマスターに相談したら「うちのコーヒーをつかってよ」と快く答えてくれた。

 彼のアドバイスもありキッチンカーの出店にたどり着いた

 出店場所は知人の紹介で関東のQ市文化会館脇の駐車場を借りることにした。

 車はフランス製のシトロエンを改造したものだった。外観は銀色のボデイで車の横からは3人掛けのカウンターが突き出てその上には縞模様の天幕が垂れていた。カウンターの前には4人掛けの丸いテーブルがありその上にはランプが置かれていた。ランプは車の両脇にも下げられ灯油の炎が怪しげに揺らいでいた。

 営業時間は曖昧で、うす暗くなる夕方から始め10時頃には閉店の準備にとり掛かる。また雨が降っても強風でも閉店休業である。

 さてお客さんがムッシュと呼ぶようになった由縁であるが、1つには僕のいで立ちである、とがった顎にグリーンのベレー帽、ベージュ色のかっぽうぎ、ラコステの眼鏡、車はシトロエン、と僕の趣味嗜好はフランスよりである。また、シャンソンも好きで時折スマホで聞いているのをお客さんは知っていた。

 出店場所と営業時間が知れ渡るとお客さんが次々とやってきてお店は想定外に繁盛した。しかし、ムッシュはあまりお金には執着しなかったので自分の労力を超えるキャパには少し苦痛を感じていた。

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