社交界と、チョコレート

第46話 はじめての、タキシード

「どうだ? 似合うか?」


 オレは、白いタキシードを着て、デボラの前に立つ。


「すばらしいですわ、イクタ。お貸しした甲斐がありました」


 デボラは、肩と背中が露出したドレスを着ている。本番さながらに、赤いルージュでメイクもしていた。


 フリフリのドレスは見たことがあったが、今日のデボラは断然と成人女性を意識している。


 幼い体型ながら、こういう服を着るとグッと大人っぽくなるから、女性って不思議だ。


 場所は学食なのに、雰囲気はバッチリである。


 今日はデボラが、ダンスの練習に付き合ってくれるという。


「では、ダンスの練習をいたしましょう」


 デボラが、背筋を伸ばしてシャンと立つ。


「おう」


 オレは、デボラの手を取った。


 足を踏まないように、指示通り足を運ぶ。


 人にぶつからないように踊る稽古なので、椅子を人に見立ててわざと狭く配置している。


 ここはただの学食なのだが、さながらダンスホールと錯覚した。


「うふふ。今日はわたくしが、コーチですのね」


「そうだな」


 いつもは、デボラがオレに料理を習っている。


 今はオレの方が、教わる側だ。



 リックワード女子魔法科学校は、卒業式には社交界も兼ねる。


 魔法使いとして腕を磨くことも重要だが、彼女たちのほとんどは貴族だ。


 貴族女性にとっては、輿入れも重要なのである。

 いかに、有力な貴族の子息に見初められるか。そちらも、大事になってくるのだ。


 偉い貴族の権力を手に入れられれば、魔法使いとしての箔もつく。


 知恵・成績・学力・魔力だけでは、魔法使いになったとしても隠者扱い。このまま学校で職員として一生を終えるか、ダンジョンに引きこもって【魔女】となるか。


 出席者は、三年生だけではない。下級生も、社交界に出席する。しかも、輿入れが決まったら即卒業になったり。


 なのに、デボラは違う。どうしても、オレと踊りたいと言って聞かなかった。


 しかし、オレはダンスどころか社交界に呼ばれたことさえない。学食の料理なんかを、社交界に出すわけにもいかず。たいていオレたち学食の職員は、卒業式には呼ばれても、社交界には招待されない。社交界用の、専属シェフが来るためだ。



「うまいですわ。イクタ」


「ありがとう。デボラの教え方が、上手なんだ」


「うふふ。お世辞をコーチングした覚えは、ありませんでしてよ」


「いや、本心からだ。今日のデボラは、たのもしいな」


「あわわ。そんなことをおっしゃられたら……あっ」


 デボラが、ピンヒールを踏み外す。


「危ないデボラ!」


 とっさに、オレはデボラの腰を持つ。


「大丈夫か、デボラ?」


 デボラの顔が、すぐ近くにある。人工呼吸スレスレの状態だ。


「はわわ……」


「すまん。どかないと」


 頭をあげようとして、デボラに顔を引き寄せられた。


「あの、イクタ。もう少しこのままで」


「デボラ。こんなところ人に見られたら――」


 離れてほしいんだが?


「おー。ダンスの練習をしに来たぞー……おお!?」


 エドラが、他の生徒たちを引き連れて学食にやってきた。抱き合っている風に見えるオレたちを見て、ぎょっと目を丸くしていた。


「おー。お楽しみ中だったかー」


「違うんだ。これは」


 エドラに続いて、イルマも「あらー」と、後退りをする。


 なんとか説得し、オレは誤解を解いた。


 一通り、ダンスの練習をする。


 デボラがオレと踊りたいと言ったのを皮切りに、結局学食の常連全員と踊る羽目に。


 ただ一人、ミュンを除いて。ドレスさえ、着ていない。


「ミュンは、出席しないんだな?」


「うん。ドレスってガラじゃないし」


 オレが作ったラーメンを、ミュンは名残惜しそうにすすっていた。


「あたしは、もう騎士として働くことが決まっているからね」


「ご家族は、なんていっているんだ?」


「その家族の方が、『娘は嫁にやらん!』ってうるさくて」


 家族はそれぞれみたいだ。


「お前さん自身も、男には興味なし、と」


「だね」


 意外だったのは、パァイは出席するという。


「お前の方は、出るんだな?」


「出るというか、色気より食い気じゃのう」


 立食で出る料理目当てで、パァイは参加するという。


「社交界は夕方じゃからのう。卒業式は欠席して、そっちに顔を出すのじゃ」


 わかりやすい、食いしん坊だな。


「してミュンよ。てれずともよいぞな」


 パァイが肘で、ミュンを小突く。


「リードしてもらうがよい。こんな機会、卒業した後では二度とないぞよ」


「でも。あたし、ジャージだし」


「服は貸してやろうぞ。交換せい」


 ちょちょいっと、パァイが指を曲げ伸ばしする。


 ミュンが、パァイの着ているピンクのドレス姿になり、パァイがジャージになる。


「うーん、おっちゃんが相手してくれるなら、いいかも。今までおいしいラーメンを作ってくれたから」


「わかった。お手をどうぞ。お姫様」


 オレは、ミュンの手を取って足並みをそろえた。


 心なしか、ミュンの手はずっと熱かったなあ。


「でもデボラ、どうしてオレなんかと踊りたいんだ?」


「当日になればわかりますわ」



 で、当日を迎えた。


 それで、オレはようやく理解する。


「おお、蔵小路クラコウジ デボラ姫! 会いたかったですぞ!」


 デボラに言い寄ってきた貴族は、かつて彼女に無理やり求婚してきた男だった。

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