第10話 図書館の賢者

 図書館のドアを開けて、中へ。


「入っただけで、微量の魔力を感じますわ」


 デボラもさすが魔法使いだけあって、この気配を強く感じるか。


「本が、魔力を放っているんだ。それで人を誘導したりする」


 そういう怪しい書籍を管理するのも、この図書館の役目だ。


「またせたな。パァイ」


 入り口から、声をかける。


「パァイ? いないのか?」


 返事がない。また寝ていやがるな。


「あそこだろうな」


 段々を登って、床の辺りを探した。


 円形の図書館の内部は段々になっていて、各階に本棚がずらりと並んでいる。

 普通にタイトルを読めるものもあるが、日本語に翻訳されても難解なタイトルも多い。

『ゼロから始められる錬金術』なんて、サギくせえ。しかし内容は、無から有を作り出す本格的な書籍だったりする。ややこしい。


 中央列のちょうど真ん中らへんに、寝転がっている姿が。


「いたな」


 毒の植物図鑑の列に、一人の少女が眠っている。


「イクタ、人が倒れていますわ!」


「騒がない騒がない」


 オレは人差し指を、自分の唇に当てた。


「何事じゃ? 図書館では静かにせよ」


 人影が、ムクリと半身を起こす。

 足首まであるロングスカートが、盛大に捲れている。だが、パァイは気にする素振りはない。

 中身はボクサーショーツだし、こちらとてあまりうれしくはないのだが。


「メシだぜ。パァイ」


 デボラに催促をして、モーニングをパァイの前に。


「ご苦労」


 パァイは、そばにあった瓶底メガネをかけた。そばかすが目立つ顔に瓶底のメガネという、いかにも陰キャである。

 

 しかし彼女こそ、もっとも賢者に近いと称される錬金術師だ。

 見た目に反して、オレより半世紀以上年上である。


「よく吾輩が、この廊下で寝ているとわかったのう?」


「この間は、魔物図鑑の列で寝ていたからな」


 読破していったら、この列に行き着くというわけだ。


「よい推理力じゃぞ。して、その御婦人は」


「新入生の、蔵――」



蔵小路クラコウジ デボラどのじゃろ? お初にお目にかかる」



「まだ名乗ってもいませんわ!」


 デボラが、パァイの推理に舌を巻く。


「我が推理力を持ってすれば、簡単じゃろうが。ピンクのリボンタイは一年生。整った髪は貴族風。これまた、ブローチや腕時計などのブランドからして、相当名の知れた家系。以上から推理して、一年生で高名な貴族と言えば、蔵小路を置いて他に無し」


「恐れ入りました。パ、パァイヴィッキ先輩、よろしくお願いします」


 デボラが、パァイに頭を下げた。


「ウソつけ、火曜日のエルフおばさんから聞いたんだろ?」


「……さすが、イクタどの。抜群の推理力じゃ」


 オレが種明かしをすると、パァイもフンと笑う。


「うむ。いかにも吾輩はパァイヴィッキ・リンドロース。ここの三年生じゃ。といっても、授業にはほとんど出ておらぬ。賢者と生徒や一部教師にバレぬよう、みなにはただの図書館登校生にして万年図書委員の『パァイ』と呼ばせておる」


 早速パァイが、ホットドッグにかじりついた。手も洗わずに。


「うまい! これで快適に眠れる」


「どういう意味ですの?」


「ああ、パァイにとっては、これが『夜食』なんだよ」


 昼夜が逆転しているので、パァイはこれが晩メシである。 


 ちなみに、ドワーフのおばちゃんがくれたコロッケパンこそ、こいつの「本来の朝食」だ。食べるのは夕方だが。


「それで、お昼は顔をお出しにならないと」


「パァイのやつ、昼は寝ているからな」


「イクタは、パァイヴィッキ様のことは名前を覚えてらっしゃるのね?」


「なんたって、賢者様だからな」


 パァイはオレが名前を覚えている、数少ない客だ。


「なな? ヤキモチかの?」


 アイスコーヒーでノドを潤してから、パァイがニヤリと笑う。


「別にそんな。あだ名で呼んでらっしゃるし、気にはなりますわ」


「デボラどのが想像しておるようなマネには、ならんよ。誘うてはおるが、毎回手を出さぬ。手を出してよい年頃ぞ、といっておるのに」


 学生のコスプレをした年上を食う趣味は、ねえよ。 


「で、そのデボラどのが、これからお給仕に来てくれると」


「そういうこった」


 オレが紹介すると、デボラはまた頭を下げる。


「HRじゃろ?」


「は、はい。そういえば!」


 デボラが、腕時計を確認する。


「心配するな。時間なら止めてある」


 オレは毎回、パァイに料理を運ぶときは時間を止めるのだ。


「ずっとここで、寝ていらしたの?」


「そうだ。パァイはな、図書館通学者なんだ」


 つまり、学校の授業を一切受けず、図書館通いで登校扱いになっている生徒なのである。


「身体が痛くなりませんの?」


「吾輩くらいともなると、床だろうが岩山だろうが、低反発マット並みに快適に眠れる」


 そういう魔法を、開発したのだ。寝具を買うのが面倒になって。


「寝具じゃと、毎回買うのがおっくうになるじゃろ? またいいベッドや枕に出会うと、『寝具が変わると眠れない』体質になってしまう。それでは、修学旅行などに支障が出る」


 たしかに、マイまくらを持参して学校主催の旅行に赴く生徒も多い。


 なのでパァイは、自分用に「安眠魔法」を施すのだ。


「そこまで名の高い賢者パァイヴィッキ様が、どうして魔法科を? もうほとんどの魔法を、習得なされたのでしょう?」


「平たく言えば、学び直しじゃな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る