第28話 トレーニングの日々 ―――降霊
降霊
「ハァ! ハァッ! ハァ! ハァ!ハァ!…………ッ!!」
肩で息をしていたが、まだ体力が残っているのが自分でも分かった。昨日はこの時点で既に体力は残っていなかったのだ。それに腕時計を確認すると、昨日より五分早くこの場所に辿り着くことが出来ていた。
ユウのポケットの中には、すでに五つの色の小石が入っている。道は此処で途切れていて、六個目の小石はユウの行く手を遮るこの崖の上にある様だ。
少し息を整えてから、壁の様な崖に手を掛けた。崖はしっかりとした岩で出来ていて、崩れる心配は無さそうだ。
よく観察してみると確かに先生の言っていた通りに、手足をかける場所は幾らでもあった。試しに足が掛け易い場所から登り始めると数メートルは何とか登ることが出来たが、これ以上は登って行けそうにない。
一度下りてから、もう一度岩肌を注意深く確認してみると、岩肌には場所によってかなりの傾斜がある場所や手足がかけ難い箇所があるのが分かる。どうやら登っていくコースと手足の運ぶ順番が大事らしい。
………先生も、今日は早く戻って来いって言ってたしな。
今日は登るのを諦めて登っていくコースを考えたり、手足の運び方のシュミレーションに時間を使うことにした。じっと崖を見つめながら考えを巡らせて、明日に備える。
考えを纏めて頭の中に叩き込むと、ユウは来た道に踵を返した。後は先生達が待っている場所に辿り着いた時に体力がゼロになる様に考えながら来た道を戻るのみだ。
山道を全力で駆け抜けると、ユウの周りの景色が風の様に流れていった。
息を切らしてユウが倒れ込むと、先生と青葉が迎えてくれた。全身の筋肉を限界まで使い切って、体力は正に空っぽだ。
―――荒く息をしながら、大の字で天を仰ぐ。
「如月君、お疲れ様。6番目の祠には辿り着けた?」
「ハァ!ハァッ! い、いえ。ハァ!ハァ!今日は途中までです。ハァ!ハァッ!でも何となく道筋は見えました」
「そう、じゃあ明日には辿り着けるかもしれないわね。ふふっ、すごいペースで生命力が上がっているね」
そう言って先生は肩を貸してユウを立ち上がらせた。このまま限界まで使い切った筋肉を放置しておくと厄介なことになってしまう。もう一方の肩には青葉も肩を貸してくれて、稽古場の中にある道場へと足を向けた。
「ねぇ、如月君。今日は少し試してみたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「イテテ………何ですか、試したいことって?」
先生が、そう声を掛けてきたのはトレーニングの後、道場の横にある温泉で汗を流したユウを青葉と二人でマッサージしてくれている時だ。
こうして直ぐに疲労した筋肉を解ぐしておかないと、酷い筋肉疲労と筋肉痛に襲われてトレーニングどころか日々の生活も続けられなくなってしまう。
それにユウの全身は、擦り傷だらけで酷い有様だった。
筋肉をほぐした後は、先生特性の秘薬を塗り込む。この薬は傷口にはかなり沁みるが疲れを取り、小さな傷なら直ぐに治してしまう。この薬を塗れば後を引きずることは無いのだ。
「ううっ!!イテテ………!ありがとうございます。毎日すみません」
「ふふっ、いいのよ。毎日頑張ってくれてるから、これ位は当然。まだ痛いところはある?」
痛みで涙目になりながらお礼を言うと、二人も優しく返してくれた。
「い、いえ、もう大丈夫です。それより二人は大丈夫なんですか?」
ユウがそう声を掛けたのは、二人の道着の袖から見える包帯に気が付いたからだ。どうやら二人も相当過酷なトレーニングをしていたらしい。
最近はユウが加わって良い刺激になっているらしく、トレーニングにも良い影響が出ていると二人が話してくれたのが嬉しかった。
「ふふっ、心配してくれてありがとう。私達は入浴も傷の手当ても、もう済ませているわ。それよりさっきの話だけど、ちょっと付き合ってくれる?」
ユウの手当てが終わると、三人は道着から高校の制服に着替え、もう一度広場に戻った。空っぽだった体力は、二人のマッサージと秘薬のお陰か随分と回復していた。
「最初に話したと思うのだけれど、霊に対するには自分の持っている想思力で対するのが基本なのね。でも他にも方法は幾つかあるの。その一つは想思力が練り込まれている道具を使うこと」
「道具ですか?想思力って物に練り込めるんですか?」
「ええ、練り込めるわ。呪物やお守りがそうね。あと意識しなくても想いが物に憑いてしまう場合もある。例えば大切にしている物に無意識のうちに自分の想思力を練り混んでしまっていたりとかね。
貴方に渡したアミュレットも、強力な守りの想思力が練り込まれているのよ」
「コイツがですか?」
そう言うとユウは、胸にぶら下がっているアミュレットを手に取って、もう一度しげしげと見つめてみた。朝日を反射して鈍い光を放っているのは直径五センチに満たない金属製の見たことも無い文字が刻まれているプレートだ。
「ふふっ、そう見えてその子は、凄い力を持っているアミュレットなのよ。可愛がってあげてね」
先生はそう言って、愛おしそうにユウの手の平にあるアミュレットを指先で優しく撫でている。
勿論、先生から預かっているモノだったので大切にはしていたが、誰かの想思力が練り込まれているのなら意志があるってことだ。これからはパートナーとして、より一層大切にしていこうと思った。
「そしてもう一つの方法がこれね………ちょっと試しにこれを持ってくれない?」
「これは?」
「千年木の芯から削り取った木刀よ。その木刀には、その生命が終わった後も強大な生命力が宿り続けている。その身体を宿り木にして、降霊するの」
「降霊ですか………?何でまた」
「霊に対処するもう一つの方法。霊に対するのに、霊の助けを借りるってことよ」
「え?霊に、助けて貰うんですか?」
「ええ、つまりは、この木刀を仮の肉体として霊を降霊する。
呼び寄せることが出来るのは、貴方の今の実力に見合た霊なの。貴方の魂を気に入って力を貸したいって思ってくれている霊。その霊と協力して、霊に対処していくのよ。
降霊する場所やタイミング、貴方の体調やその時の心持ちなんかで力を貸してくれる魂は毎回、変わってくる」
「え?毎回変わるんですか?霊に助けて貰うって、いつも守ってくれているご先祖様の守護霊とかがいて助けてくれるとかそんなイメージですけど………」
「………ご先祖様の守護霊ね。そんな都合のいい存在なんて、いるとは思えないわ。だって、考えてもごらんなさい。もし貴方がそのご先祖様の立場になったら、自分の子孫だっていうだけで会ったこともない人をずっと守ったりする?その人がどんなに悪人で、いけ好かない嫌な人であっても守らなくちゃいけないなんて……それってどんな罰ゲームなの?」
………確かに。
言われてみれば、先生の言う通りだ。御先祖様にも守る人間を選ぶ権利くらいあってもよさそうなものだ。
ユウが苦い笑いを浮かべていると、それに気が付いた先生は優しい笑顔をくれた。
「………嫌な言い方をして、ごめんなさい。私が言いたいのは、貴方なら守ってくれるご先祖様もいるかもしれない。けれど、それは貴方が守りたいと思える人だからよ。
でも、たとえ守ってくれていなくても、ご先祖様を敬まうのは大切なことだと私も思う。何故なら彼や彼女達がいなければ私達は産まれてこなかったのだし、今のこの世界は、その人達の努力の上に成り立っているのだからね。
………だから私は思うの。それだけで感謝しても余りあるのに、その上、無償で守って貰おうなんて虫が良すぎるんじゃないかって」
その話している時の先生の顔が少し寂しそうに映ったのは、気のせいだろうか?
「でも、たとえ血の繋がりが無くても助けてくれる霊はいるの。勿論、生前に親しかった人達や亡くなってしまった肉親が助けてくれることもあるし、それ以外でも、その人の日々の生き様や、その人を気に入って助けたいと思うのは何も生きている人だけじゃないってことよ。
だからその時々に助けてくれる霊に力を借りて、一緒に戦ってもらうの。この戦い方は臨機応変さも必要になってくるけれど、自分一人だけでは出せない力が味方になってくれるのは心強いし、戦いの幅もかなり広がるわ」
「確かにそれは心強いですね。でも心配になっちゃいますね、俺に力を貸してくれる霊なんているんでしょうか?」
「ふふっ、貴方なら大丈夫よ。その点は全然、問題ないと思う」
先生はそう言ってくれたが、ユウには自信がなかった。自分が誰かに力を貸したいと思われるような人間にはどうしても思えなかったからだ。
そんなユウの様子を見て、先生と青葉は顔を見合わせている。二人共、何をそんなに心配しているのか、全然分からないといった顔だ。
「それじゃあ、実際にやってみましょうよ。力を貸してくれるかどうかは相手が決めることなんだから、貴方が心配していても仕方がないじゃない。降霊の方法はすごく単純よ。この木刀を握って、精神を集中してこう呼ぶの。
『大いなる神樹よ。その御身を暫しお貸し下さい!如月ユウは望む!降霊せよ!!』
「………………ッ!!」
突然、木刀を天高く突き上げて、元気一杯に叫び声を上げた先生の姿を見て、ユウは呆気にとられてしまった。
ユウがあんぐりと開けた口をパクパクしていると、ドヤ顔でポーズをきめた先生が話し掛けてきた。
「――――さあ如月君、早速貴方もやってみて。しっかりと大きな声で呼ぶことが重要なんだからね」
先生から木刀を手渡たされると、段々自分の顔が熱くなっていくのが分かる。
正直な気持ちを言おう。その様子を見たユウは若干……いや、かなり……引いていたのだ。
や、やりたくないって言ったら、やっぱり怒るんだろうなぁ………先生。
俺、あんな風にポーズをきめて叫ぶの?しかも、あんなに大きな声で?
……………あれは、けっこう恥ずかしいぞ?
そんな気持ちが、頭の中をぐるぐると廻る。
そんなことを考えていたからなのだろうか、先生に目で急かされて慌ててポーズをキメたユウの声は、蚊が鳴く程に小さかった。
「………お、大いなる神樹よ。その御身を暫しお貸し下さい。 如月ユウは望む。こ、降霊せよ……っ!」
し―――――――ん……
降霊術が失敗したのは、この静寂に包まれた空気で直ぐに分かった。それに、ユウを見つめている先生の視線が、とても冷たい。
「……あのぅ、先生。やっぱり先生みたいに、大声で叫ばないと駄目なんですか?あのポーズも込みで?それって結構……恥ずかしいん……ですけど?」
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