聖女抹殺指令―烈火の剣士と迷える少女

七野りく

プロローグ

「おお、来たなレオ! いや――ここはやはり『大戦を鎮めし七英雄』が一人、烈火れっかのレオ、と言うべきか? ん??」

「……勘弁してくださいよ、団長」

「はっはっはっ! 久方ぶりなのだ、まぁ許せっ!!」


 殆ど物のない殺風景な謁見の間に入って来た巨躯な男――傭兵団『白夜びゃくやの獅子』元団長ラウル・オーダーは、俺の顔を見るなり破顔した。

 天窓から陽光が差し込み、金髪を煌めかせる。

 こうして顔を合わすのは大戦が終結した後、傭兵団が聖都せいとで解散。

 俺が十五になって旅に出て以来だから……約三年ぶりか。

 正直『国王』なんて柄じゃないと思っていたけれど、玉座に腰かけた礼服姿のラウルには隠しようのない威厳が備わっている。


『大陸東方に獅子王ラウル・オーダーあり』


 各国に聴こえてきていた噂もあながち嘘じゃなさそうだ。 

 まだ三十代前半なのに……地位が人を作る、か。元第五王子だったとはいえ、大したもんだな。

 警護中の騎士達が、俺へ『頭を下げよ!』と目で催促してくる位には心酔されてもいるようだし、元団長殿は滅びかけた故国を確実に立て直しつつあるのだろう。

 俺が勝手に得心し紅の前髪を弄っていると、ラウルは警護中の騎士達へ命じた。


「皆、御苦労であった。下がってよい」

「陛下!」「いけませんっ!」「このような者と一対一で対談は……」「せめて、剣を預からせていただきく」「万が一のことを御考えくださいっ!」

 すると、ラウルの黒い双眸に雷が見えた。あ、まずい。

 獅子吼が轟く。


「レオが私を害することなぞ、天地がひっくり返ってもないっ! 七英雄の一人が警護についてくれるのだ。心配は一切不要っ!!」

『――……はっ』


 不承不承と言った様子で騎士達が退室していき――やがて巨大な金属扉が音を立ててしまった。

 腰に提げた愛剣の紅鞘を叩き、肩をわざとらしく竦める。


「剣、お渡ししておきましょうか? 獅子王陛下」

「やめろやめろ。お前にそんな態度を取られると身体が痒くなる。さっきも言ったが――良く来てくれた。感謝する。息災で何よりだ」

「いえ。そろそろ東へ戻ろうと思っていたところだったので」


 大戦終結後、俺は大陸全土を一人放浪していた。

 物心ついた頃から見たことがなかった『平和』というものを、誰よりもそれを望んでいた亡き師匠に代わり、この眼に焼き付ける為にだ。

 長きに亘って続いた戦乱の爪痕は余りにも深く、比較的余裕がある筈の大陸西方の列強国ですら、辺境地域の荒廃は著しかったものの……少しずつ、けれど確実にその傷口が癒えつつあるのは素人目にも分かった。

 人々の話の中には、精霊教内で数百年ぶりに『聖女』が現れ多くの民を救っている、なんて眉唾ものもあったけれど、少なくとも――こう確信は出来た。

 

 俺や師匠、他の英雄達が命を懸けた価値はあった! 確かにあったっ!! と。


 ラウルの書簡を名も無き村落で受け取ったのは、そんな折だった。

 外套の埃を手で払い、端的に問う。


「で? 俺を呼び出した理由は何なんです?? 『烈火のレオの力をどうしても借りねばならぬ。理由は書けぬ故、急ぎ帰国せよ』なんて……らしくないですね。まずは本題から述べよ! そう教えてくれたのは、貴方だったと記憶していますが」

「…………」


 ラウルの太い眉がピクリと動いた。

 陽が雲に隠れ、謁見の間に陰が差す。

 深刻そうな声が響き渡る。


「招集されたのはお前だけではない。……『七英雄』全員だ。今頃、東方七国しちこく同盟の王達が各人に説明していることだろう」

「……全員ですって」


 思わず問い返してしまう

 剣呑だ。余りにも剣呑な話だ。

 俺や師匠と共に狂える皇帝を討ち、大戦を終わらせた六人の英雄達。


 世界最強の格闘家『星震ほしふるわせ』

 世界最悪の呪術士『七枚羽しちまいばね

 世界最凶の魔法士『大賢者』

 世界最優の大剣士『氷刃』

 世界最速の暗殺者『ち手』 

 世界最高の飛翔士『天鷹てんよう』 


 それぞれが単独で国を相手取れる。

 ……そんな連中を王達が招集した?

 いったい何が起きて。

 ラウルが苦衷を滲ませる。


「先だって……聖都より『星詠ほしよみ』が七国同盟に齎された。お前も知っていようが、あれの予言はまず外れぬ」

「! 『星詠み』が!?」


 今の世界に神はいない。

 けれど……極一部の地域には、その力の残滓がある。

 中でも人族領域の最西端、聖都に遺された『星詠み』と呼ばれる生きた魔導書は、気紛れに様々な予言をし、そのことごとくを的中させてきた。


 大陸全土を巻き込んだ大戦の勃発すらも。


 つまり、今回もそれと同様なことを……感情に呼応して舞いそうになる炎を無理矢理抑え込む。

 どんな時も冷静に。そうすれば貴方は誰にも負けないわ、レオ。

 亡き師匠の言葉を心中で繰り返し、ラウルを促す。


「続けてください」

「……事が事だ。お前達を招集する前に、各国で極秘会談を重ね、予言の裏付けを行った。まず間違いない。我等だけでなく、列強も巻き込まれば良かったのだが……」


 苦衷を滲ませ、若き王は頭を振った。

 旅をしてきたからこそ理解出来る。西方に広大な領土を持つ彼等は各地の復興に忙しく、東方情勢に興味がない。

 列強を動かせないのならば、各国の持つ最強の大駒は『七英雄』となる。


 同時に……そうせざるを得ない相手。


 そんな『敵』は、今の大陸で数える程しかいない。

 背筋を伸ばしたラウルの鋭い視線が俺を貫いた。

 続く言葉で心臓が凍り付く。


「烈火のレオ。今は亡き剣聖の愛弟子であり、その全てを継いだお前に『聖女抹殺』を依頼したい。否とは言ってくれるな。為さねば……この世界そのものが滅びるかもしれんのだ」

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