第40話 噂2

 ヴォロネル王国の港に着いたレティツィアは、船の数に驚いていた。前にお見合いでレティツィアが船を使った時は一隻だったが、今回は五隻も用意されている。しかもレティツィアが乗る船以外は軍艦のように見える。


「我が国は軍艦にも力を入れているのですよ。アシュワールドの西側の海は海賊が出やすい地域ですしね。反対に海に面しているところが少ないプーマ王国は、海の戦いには弱い。万が一にも海上で襲わせないために、見かけで勝てないと思わせておく方がよいので」


 そうオスカーは言ったが、ヴォロネル王国にもこんな軍艦はない。シルヴィオも驚いていて「うちも軍艦欲しいな」とぶつぶつ言っている。ヴォロネル王国も海には強くないのだ。


 ひと際豪華な船にレティツィアとオスカー、シルヴィオは乗り込み、船は出発する。船の中は快適で、馬車の中のようにオスカーとシルヴィオの会話が花開き(?)つつ、夜が過ぎて、次の日の朝にアシュワールドの港に付いた。


 アシュワールドでも、王とヴォロネル王国の王女が婚約したことは周知の事実のようで、レティツィアが船から降りる際、港に大勢集まるアシュワールドの国民たちの大歓声が響き渡っている。国民に笑顔で手を振り、地に降りたレティツィアはシルヴィオを見た。ここで兄とはお別れである。


「レティ、ここからが正念場だからね。気を抜かないこと」

「はい」

「アシュワールド王、レティを宜しくお願いします」

「任せてください」


 シルヴィオとオスカーは、最後だけは気が合ったらしい。互いに頷いている。


「レティ、次に会う結婚式まで、怪我をせず病気もせず、元気でいるんだよ」

「はい、お兄様」


 うぐぐ、と泣きそうなレティツィアを最後に強く抱きしめて、シルヴィオは再び船に乗った。これからシルヴィオは国にとんぼ返りである。


 それからレティツィアたちは、豪華な馬車に乗った。これから行くのは、アシュワールドのアミュットという宝石が有名な街である。宝石の中でもルビーが特に有名らしく、アシュワールドの港から半日ほどの地であった。そして陸続きで行くならプーマ王国から近い土地である。


 馬車で少し走った後、途中でオスカーの部下という男性が馬車の中に入ってきた。


「レティ、俺の直属の諜報部隊<暗闇>の一人です」


 オスカーの紹介に、男はレティツィアに頭を下げた。


「で、どうだった?」

「やはり、標的は予想通りプーマ王国経由でこちらに向かっています。ただ、作ったばかりの騎士団は連れていません。あの騎士団は貴族のはみ出し者で作っている騎士団に過ぎませんし、命令通り動けないと判断したのでしょう。代わりに、急ごしらえではありますが、プーマ王国でプロの殺し屋や傭兵を雇ったようです」


 オスカーはビクっとしたレティツィアを抱き寄せる。


「大丈夫です、レティ。予想の範囲ですから。向こうの到着はどれくらいになりそうだ?」

「夜通し馬で走ったとして、明日の朝あたりだと思われます」

「分かった。引き続き、予定通りに動け」

「承知しました」


 男は去っていった。


 第二王子には、レティツィアが極秘にオスカーと婚約した時から、オスカーが監視を付けている。そのため、レティツィアが婚約したと知った後の第二王子の動きは、オスカーに報告が届いていた。


 レティツィアとオスカーの婚約を認められない第二王子は、どうにかしてレティツィアを追って来るだろうと予想出来ていた。誘拐未遂は雇った人間にやらせていたとしても、アシュワールド王という、第二王子でも簡単には妨害できない相手であれば、焦って本人自ら動くであろうことも。


 しかしヴォロネル王国の道中では、護衛が多すぎて手は出せず、海でも軍艦がいて手が出せないとなれば、決戦の地は噂でわざわざ広めた「王女たちは宝石の有名な土地に立ち寄る」という場所しかない。アシュワールドの王宮に入ってしまえば、王宮の守りは硬くて、もうレティツィアを奪うことはできないのだから。誘導されているとは知らず、第二王子は予想通りレティツィアの元へ向かっている。


 街アミュットに到着したレティツィア一行は、王族所有の離宮に入った。オスカーが王になって、ほぼ使っていないらしいが、そこまで大きくない離宮は家庭的で可愛らしい建物だった。離宮は大きくないが、敷地は広く、庭は綺麗に整えられている。


 ずっと馬車だったため、軽く運動をしておこうとレティツィアはオスカーと庭を散歩していると、使用人に呼ばれた。オスカーと共に屋内の応接室に入ると、そこには宝石商がいた。


 なぜかオスカーに次々と宝石を耳元や首元に当てられて、気づいたら大量にルビーのアクセサリーを購入することになっていた。


 あくまでも「王女たちは宝石の有名な土地に立ち寄る」というのは、プーマ王国近くの地を決戦の場所にするための口車だったはず、と宝石商がいなくなった後オスカーに言うと、オスカーが笑いながら口を開いた。


「時々は本当のことを混ぜておかないと、嘘が見抜かれますからね。あの宝石商は俺がレティにたくさん宝石を買ったと噂を撒くことでしょう。そして第二王子にその噂は間違いなく届く。それに、レティにルビーを贈ろうとは前々から思っていたのです。レティは絶対に赤の宝石が似合うから」

「嬉しいのですが……買いすぎではないでしょうか? さきほどの宝石商は、オスカー様がわたくしを大変寵愛していると思っている様子でした。すでにヴォロネル王国で流した噂が広がっていますし、そのうち、オスカー様がわたくしのためなら何でもするとでも、噂が広がってしまいそうです」

「別にいいですよ。間違っていません。俺はレティのためなら、何でもします。それに、俺がレティを溺愛していると知れば、誰も俺のレティに手を出そうとはしないでしょう。それでも、そんな無謀な男がいたら、潰しますが」

「溺愛……」


 潰すという物騒な言葉より、違う言葉が嬉しくてレティツィアが顔を赤くすると、オスカーは微笑んでレティツィアの額にキスを落とす。


「知らないのですか? 俺は婚約者に夢中なのです。レティのことを愛しています」

「……わたくしも、オスカー様を愛しています」

「嬉しいです。……そんな愛しい婚約者にお願いがあります」

「なんでしょう?」

「そろそろ、唇にキスをする許可をいただけますか?」

「……っ」


 赤い顔でちらっと遠くに控えている侍女マリアに目を向けると、マリアは静かに一礼して部屋の外へ行ってしまった。すでに婚約をしたから唇にキスは問題ないらしい。


 どうしようと恥ずかしく思うものの、大好きなオスカーにキスはして欲しい。最大限の勇気を持って、レティツィアは口を開いた。


「……はい」


 レティツィアの返事に笑みを浮かべ、視界がオスカーでいっぱいになると、唇に軽くオスカーの唇が触れて、すぐに離れる。嬉しいやら恥ずかしいやらで涙目になっていると、まだ目の前いっぱいにいたオスカーの唇が再び近づいた。吐息まで食べられてしまいそうな熱い口づけに、レティツィアの思考は停止するのだった。

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