第39話 噂1
建国パーティーが行われた三日後の朝、ヴォロネル王国で驚くべきニュースが流れた。
『レティツィア王女とアシュワールド王、ご婚約!』
その突然のニュースは、紙に印刷され街で大量に配られたため、王都の街中ですぐに喜ばしいと噂が広まった。
そして、さらに驚くべきことに、その日の午前中にはアシュワールドから華々しく多くの騎士たちが現れた。彼らは、アシュワールドに戻る王とその婚約者を護衛する重要な役割があるらしい。しかしその騎士たちと一緒に来た豪華な馬車は、護衛という言葉が霞むくらい豪華絢爛で、国民は単にお祝い事として捉えただけだった。
「元気でいるのですよ。結婚式で、無事なあなたの顔を見せて頂戴」
「はい、お母様」
両親と兄たちと別れの挨拶と抱擁を済ませて、レティツィアはオスカーと三兄シルヴィオと共に豪華絢爛な馬車に乗り込む。
レティツィアを乗せた馬車とアシュワールドの騎士たち、そしてヴォロネル王国からもたくさんの騎士を出し、レティツィア一行の行列は、喜ばしい婚約行列であったと、後世まで語り継がれることになる。
王国中にこんな噂話が流れた。
「アシュワールド王は王女に一目惚れして、今すぐ婚約したいと王に告げたそうだ」
「早く結婚したいと、婚約期間を短くして王女の誕生日に結婚式をされるそうよ」
「結婚式まで一時も王女と離れたくないと、アシュワールド王は王女をすぐに連れ帰られることにしたそうだ」
「兄王子は王女を心配して、アシュワールドに入国するまでお見送りをするそうよ。たいそう仲の良い兄妹だったというから、それは心配でしょうねぇ」
「だが、アシュワールド王は王女にたいそう惚れていて、結婚式前にアシュワールドで宝石の有名な土地に立ち寄るそうだよ。王女に宝石をプレゼントしたいらしい」
「さすが、我が国の王女だ、愛されているな!」
人は他人の恋の話は大好きなものである。その噂はその日の内に国中に広がった。
それらの噂は当然、オスカーの計画通りに広めた噂である。情報操作された噂は、どこかで多少は変化するだろうが、第二王子にその噂が届けばいいだけだ。あとはオスカーの思惑通り、第二王子が踊ってくれればいい。
豪華な行列が王都を抜けた。馬車の中から国民たちに笑顔で手を振っていたレティツィアは、今のところ心配していた第二王子の襲撃もなく、ほっと息を付く。噂が出た当日に出発したので、どんなに早くその噂を第二王子が知ったとしても、すぐに妨害はできないだろうとは思っていた。しかし、それでもドキドキしていたレティツィアの心配は杞憂だったらしい。
「レティ、少し落ち着いたらいい。第二王子がヴォロネル王国で動かせる手駒は多くない。プーマ王国に戻って作った騎士団を呼ぶにしても、もう少し時間がかかるから。ずっと気を張っていたら疲れてしまうよ」
三兄シルヴィオが隣に座るレティツィアを右手で抱き寄せ、レティツィアの顔を覗き込んだ。
「……そうよね。つい心配してしまって。少し落ち着かなきゃね」
レティツィアはシルヴィオの左手を握り、何度か深呼吸をする。そうやって落ち着いてから、ふと前を見ると、オスカーがニコっと笑みをレティツィアに向けた。
「レティ、俺の隣に来て欲しいな」
「レティは俺の隣でいいんです。アシュワールドに行けば、ずっとレティを独り占めする気でしょう。あと一日くらい我慢できないのですか?」
「俺の婚約者ですし」
「俺の妹です」
ここ数日、三兄シルヴィオとオスカーは、どうしてかこの調子なのである。
「レティ、アシュワールド王は独占欲の強い男だよ! 止めておいた方がいい。今なら、まだ引き返せる! 婚約破棄してもいいんだ!」
「え!? やだ……オスカー様と結婚したいもの。それに、独占してもらえるのは嬉しいし……」
「あああ、レティがすっかり毒されている……」
シルヴィオはショックの顔でレティツィアを抱きしめる。一方、レティツィアの言葉を聞いたオスカーは機嫌が良い。
「だいたい、こんな突然横から出てきた男に可愛いレティを渡すつもりで、レティを大事に育てたわけではなかったのに……」
「そこは感謝しますよ。レティがこんなに可愛いのは、兄上たちのお陰でしょうね」
「兄上など呼ばないでいただきたい。俺より年上ですよね」
「ですが、レティの兄上ですし」
あはは、とレティツィアは苦笑いするしかない。
「ああ、心配だな。レティをこの男に嫁がせるなんて。レティ、俺も兄上たちもいないからね、この男にいじめられたら、すぐに手紙を送るんだ。俺が飛んで行くから」
「うん……」
オスカーにいじめられるとは思っていないが、シルヴィオの言葉で兄たちがいない生活の現実に寂しく思ってしまう。
「お兄様、オスカー様がね、お兄様たちには甘えていいって言ってくれたの。ね、オスカー様」
アシュワールドでオスカーが言ってくれた言葉。それを確認すると、オスカーは一瞬無言になったあと、少しして口を開いた。
「……そうだね」
ニコニコと嬉しくて笑ったレティツィアは、シルヴィオに口を開く。
「だから、たまには……時々……少し多く、わたくしに会いにアシュワールドに来て?」
「もちろん、行くよ! レティがちゃんと幸せにしているか確認しないとね。そしてたくさん甘やかしてあげる」
「うん!」
オスカーが笑顔で固まっているとは知らず、レティツィアは嬉しくてシルヴィオに抱きつくのだった。
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