第13話 王1 ※オスカー視点
アシュワールドの王オスカーは、現在二十三歳の若き王だが、即位したのが十七歳という若さだったため、すでに王歴六年が経過していた。
王となったオスカーが初めに着手したのは、先代の王であった兄と側近たちのせいで腐敗した世を正すこと。
愚兄を見て育ったオスカーは、反対に賢弟と有名であった。頭脳明晰、眉目秀麗はオスカーのためにある言葉だと噂され、いずれは大公として愚兄の王を支えるのだと思われていた。実際そうなるはずだったオスカーは、女、酒、薬に溺れ若い頃の面影などなくなった巨漢の愚王が急死すると、王として君臨した。兄が側近に任せきっていた腐敗した王政を粛清するのに二年、同時に王政を正常化させるのに三年、そして王位六年が経過した現在、王オスカーの世は安定期に入っていた。
アシュワールドの王の執務室では、王オスカーと側近で伯爵でもあるシリルが対面していた。
「他に急ぎの確認事項は?」
「今サイン頂いた事項で終わりです。他にはありません」
「急ぎの事項でなくてもいい。今から確認するから、持ってこい」
「もうありません」
「……無いわけないだろう」
「今日はもうないんですよ! 朝から書類仕事はやり終えて、重要会議も出て、急ぎも平常業務も全てこなし終わってるんです! もう捻出のしようがないんです! いい加減、休んでくださいませんか!? というか、私を休ませてください!」
シリルは最後は半泣きで叫んでいる。
「陛下、ご自分の処理能力が化け物レベルなの、知っているでしょう! 陛下が王となって、文官を総入れ替えしたのは良いですが、処理能力が高い人物ばかり集まってしまって、陛下のような仕事中毒者続出ですよ! 何日も平気で家に帰らず風呂も入らない男たちが多くて、女官や女中から臭いと苦情が入っているの、知っていますか!?」
「風呂は入れ」
「私に言わないでください! それに私は入ってますから! というか、論点はそこではないんです! 仕事はないと言っているのだから、仕事を探すのを止めてくださいませんか? 陛下が仕事を止めないから、陛下を慕う文官たちも真似してしまいますし、このままじゃ花形花婿候補の職業の文官たちが、異例の嫁のきてがない職業になってしまいます!」
「大げさな。それに俺のせいではない」
肩をすくめたオスカーは、シリルの小言を無視して口を開けた。
「そろそろ<暗闇>から定期連絡はないか?」
<暗闇>とは、王直属の諜報部隊である。国内外に散らばっている。
「い、急ぎのものはありません」
「急ぎでないものは?」
このまま仕事を終了にしたかったのだろう、抵抗気味な顔をしたシリルだが、嫌々ながら口を開いた。
「プーマ王国に放っている<暗闇>から定期連絡がありました。現在の第一王子を支持する貴族一派の割合は三割ほど。微増というところですね。中立派の根回しが上手くいっていない様子です。ただ国民からの支持は第一王子の方が断然高いです。そろそろ第二王子が留学先から卒業して帰国する予定なので、本格的に後継者争いが始まるかと」
「ふーん」
「国境の監視を強化しますか?」
「すでに平常時より一割増ししているだろう。まだそのままでいい。お前は、ダリオがこのまま負けると思うか?」
ダリオとはプーマ王国第一王子である。ダリオは昔アシュワールドの王立学園に留学していた時期があり、同じ年齢のオスカーとシリルと同じ教室で勉学に励んだ旧友でもあった。
「現状ではそうなる確率が高いかと。陛下がもう少し支援されるなら、話は別ですが」
「旧友とはいえ、これ以上の支援は過剰だ。ダリオにはすでに相当の貸しがある。それも、あいつが死ねば、一切返ってこない貸しだ。俺に貸したい理由でも発生しない限り、今後は傍観するのみ」
プーマ王国の第二王子を支持する者の中には、戦争に好意的な過激な一派がいる。第一王子が後継者争いに負ければ、多少なりともアシュワールドにとって影響はあるが、未来はどう転ぶか分からない。アシュワールドとしては、どちらに転んでも対応できるよう、すでに準備を進めている。
「他の<暗闇>からの定期報告は?」
「ありません」
「緊急のものでもいいが」
「もう本当にありません! お願いですから、休んでくださいませんか? 陛下が王となって、一度も一日の休暇など取っていないでしょう。久しぶりに街にお忍びで出かけてみてはいかがですか? もうすぐ夕方ですから、そろそろ酒の営業も始まるでしょうし」
「酒は自室で飲むからいい」
「この仕事中毒者!」
「仕事は趣味なんだ」
「ええ、ええ、分かってます。これまで王としての仕事が忙しくて、陛下が麻痺しているのは分かってます。仕事がないと暇なんですよね? ですが、陛下のせいで、私も休めないんです! 新婚の妻に愛想を尽かされて捨てられたら、私はどうすればいいんですか!?」
「妻に捨てられても残るのが仕事だろう。仕事があってよかったな」
「この薄情者ー!」
シリルは本格的に泣きだした。
「陛下のお陰で妻と結婚できたからか、仕事と言えば妻は快く送り出してくれるんです! でも、そんなのいらない! 陛下と私どっちが大切? とか聞かれたい! 家に帰っても妻の寝顔しか見られないし、もう妻不足で辛くて辛くて」
「俺のお陰なら、もっと敬意を払って仕事しろ」
「してるでしょう! 身を粉にして働いてますよ! でも、そろそろ陛下の暇の相手は限界なんです! それに、陛下にも妻を持つ幸せを味わっていただきたいのに、いっこうに婚約してくださらないし!」
今から一年ほど前から、王に結婚してもらおうと、側近たちが動いた。舞踏会、夜会といったパーティーに、妙齢の令嬢たちを放ち、王オスカーの周りにハンターの目をした令嬢たちが集まった。ところが、令嬢同士の足の引っ張り合いが発生し、争いが勃発。職業が王、しかも眉目秀麗とあっては、他を蹴落としてでも得たい最高級の旦那候補なのだろう。
しかし、さすがに王の婚約者の座を得ようとする目的で殺人事件でも起きたら問題である。王をハンター令嬢たちの前に出すのは中止し、方向性を変えることとなった。
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