寝室へ突入開始
先生の部屋は二〇五号室。屋根付きのコンクリートの階段を上がった二階の角部屋だ。アパートは全室埋まっており、隣の住人は七十を超えたお婆さんが一人。
いつも寝るのが早いらしく、基本的に夜は静かだという。そのお婆さんがじつは死人だったってオチか? ホラーとしてはありがちな展開だ。
訝しがる俺に浅見先生は首を振った。
「ちゃんと朝も生きた状態でゴミを出しているもの」
「その言い方、なんか失礼じゃないですか」
「彰くんが変なことを言うからよ。さあどうぞ」
「お邪魔します……」
玄関をくぐるとふわりとした甘い匂いが鼻腔をくすぐった。柔軟剤の香りだろうか、ホッとするような香りに幾分か緊張した心が和らぐ気がした。
廊下から正面に続く広めのリビングにはクリーム色のソファと長方形のガラステーブル、大型テレビなどが見え、その脇にいくつかの観葉植物がナチュラル調の鉢に収まっていた。
差しだされたふかふかのスリッパに履き替えてワックスのきいた板張りの廊下を歩む。リビングの入り口にはカウンター式のキッチンと反対側にドアが一つ。おそらくここは寝室だろう。
まさか女嫌いの俺がこんな理由で一人暮らしの女性の部屋にお邪魔することになるなんて誰が想像しただろうか。しかも遊びに行くという過程を見事にすっ飛ばしてお泊まりだぞ。
健全な男子高校生ならドキドキもんのシチュエーションだろう。もちろん俺だってドキドキしてるぞ、違う意味で。
部屋は全体的に小綺麗だし、調度品もクリーム色やピンクが目立つ。見た目のわりに可愛いものが好きなのか、ソファに立てかけられたハート型のクッションが目を引いた。
何も物色しているわけじゃない。どこかに膝を抱えた白塗りの子供が潜んでるんじゃねーかと怯えているだけだ。
腰をつく暇もなくソファの下やテレビの裏側など、死角となる場所を念入りにチェックしていると浅見先生の声が背中を叩いた。
「ところでその大荷物どうしたの?」
「対幽霊装備一式です」
「何よそれ」
「今のところは大丈夫そうですね……。そうだ。俺、ちょっと着替えたいんで部屋から出て行ってもらっていいですか」
「えっ、ええ。そうよね。もちろんいいわよ。こんな時間ですもの、わたしも着替えなくちゃ」
とたんにボッと顔を赤らめた浅見先生はチラチラと振り返りながら寝室へ姿を消して行った。
(なんで顔を赤くしたんだ?)
相変わらず女の考えることは分からないな。
小首を傾げ、よいこらせっと腰を下ろした俺はバックからごそごそと中身を取りだす。
まずは銀行強盗が好みそうな真っ黒いフェイスマスクにサバイバル用の暗視カメラ。それと迷彩服一式に同じ柄のタクティカルベスト。そんでプロテクターパットとタクティカルグローブ。よしよし、全部あるな。それらをすべて装着したのちに、しっかりヘルメットをかぶった。
これはむかし親父がハマっていたサバゲーの装備一式。全体像としてはSWATなどの特殊部隊を想像してもらえればいい。本物に比べたら心許ない造りではあるが、見た目だけは完璧。初めて着たけどなかなか様になっているんじゃないか? まさか幽霊相手に着用する羽目になるとは思わなかったけどな。
これを持参した理由は二つ。着ているだけで強くなれる気がするし、全身をくまなく覆われているので安心感がでかいということ。一応そこそこしっかりした造りをしているので、ポルターガイストなどが起きた場合、俺の身くらいは守れるはずだ。最後に形ばかりのエアガンを携えて準備完了。
着慣れないせいもあって完全武装を整えるまでに結構時間を食ってしまった。
部屋には煌々と明かりが照っているのに暗視カメラもないだろうと、一先ず首に下げたゴーグルに切り替えて浅見先生を待ち構える。
それなのに待てど暮らせど寝室から先生が出てこない。
さらに待つこと十分。まだ出てこない。
俺はゴーグルの中で眉根を寄せる。
一瞬、先に寝たのかとも思ったけど……あれだけ怖がっていたのに俺を放置して一人で寝るか? 人を深夜零時に呼んでおいて? 自分だけベッドで爆睡なんて? 幽霊はあなたに任せたわ、とでも?
(いや、待てよ。じつは既に奴らの手に落ちたってことは!?)
最悪の可能性に気づいた俺はエアガンをすちゃりと構え慎重に寝室へ近づくと、ドアの前まで来て耳を押しつけた。
(何やらごそごそと音がします、隊長)
(ならば死んではいないようだな)
(既に標的を殺した敵がテレビに引っかかっているという可能性も)
(我々を襲うつもりならリビングのテレビから出てくるはずだ。誰もいない寝室でテレビに引っかかるマヌケな幽霊がいるもんか)
(ぷぷっ)
(やはり現状確認が最優先。何を見ても怯えるなよ、彰一等兵。突撃開始)
(了解!)
一人プレイで妄想のチーム戦を実施。俺は
「手を挙げろ!」
一歩踏みだし、低姿勢でエアガンを向けた俺にドレッサーの前で腰かけていた人物が驚いたように振り返る。そして互いにピシリと固まってから――。
「ぎゃああああああああっ」
「きゃああああああああっ」
割れんばかりの悲鳴をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます