姉ちゃんの本がもたらしたもの

 そんな感動の一幕から一晩明けた今、早くも学園中に朗読部から二名の受賞者が出たことが知れ渡った。もちろん一番喜んでいたのは浅見先生で大々的に公表したのも浅見先生だ。


 俺の場合は感情的になるのが分かっていたから、本格的な練習は自宅での自主練のみ。時々陽平からの茶々を受けながらも当時のことを二人で思い出しては、より鮮明で具体的な感情を引き寄せた。


 だから浅見先生が俺の語り口調を知るよしはない、はずなのだが。


 またしてもストーカー事件よろしく、さも見たように語り尽くしてくれたようで。全校集会で発表されるより早く、俺の所業は全生徒の知るところとなった。それを機にまたしてもクラスメイトから囲まれる日々が訪れる。


 距離感はもとより、一番困るのは「なんの本、読んだの?」という質問だ。匿名とは言え、あれに書かれてるのは俺の過去だぞ。おぞましい上にクソ恥ずかしいから絶対に知られたくねーんだよ!


 だから必死に誤魔化していたのに、浅見先生に続いて大喜びの学園長が緊急集会を開きやがって。誰がどの本を読んで受賞したのか、我が物顔で全員に伝えてくれましたとさ。発表された時は白目を剥いて失神しかけたからな。


 優里先輩も他の部員もみな誇らしげにしていたけど、俺は壇上に上がるどころかカーテンに隠れてやり過ごしたかった。


 受賞は嬉しいが目立つのは嬉しくない。誰かこの微妙な心境を分かってくれ。しかも輝かしい栄光ならともかく、俺の場合は自慢できる内容ではないからな。「おまえの黒歴史、最高だったよ!」と言われてるようで、なんとも複雑だった。


 そうそう。そういえば陽平の姉ちゃんから電話がきてさ。今回のコンテストは放送局主催の大きなものだったから、俺の名前と一緒に姉ちゃんの作品も報道されて売り上げがグンと伸びたんだって。


 小さい頃からあんたを取材してきて本当に良かったと感謝されたが、ここにきても俺の心境は複雑だった。


 そして姉ちゃんの作品『男から嫌われない女になるために』は一躍大ヒットを飛ばし、なんと映画化が決定。報告してきた時の陽平の顔ったらなかった。俺の顔を見るなり腹を抱えて爆笑しやがって。その後も顔を見るたびに吹き出すんだぞ。


 俺の黒歴史がついに全国へ開示されるのだ。報告を受けた日は終日、口からエクトプラズムが垂れ流しになっていた。


「メインキャストは絶対にカッコイイ奴にしてもらうからさ! 心配すんなよ、彰!」と電話の奥で意気込む姉ちゃんに、んなことはどうでもよろしい! と突っ込む気さえ失ってまたしても白目を剥いた。


 映画化の話はメディアでも取り上げられたので、これまた浅見先生と学園長は大喜び。昼休憩で学園長自らがマイクを握り、俺の功績に伴い映画化が決定したのだと言いふらす。ついでに最も恩恵を受けた姉ちゃんから学園に向けて本の寄付があり、各クラスに一冊ずつ配られることになった。


 もう俺のまわりには地獄しかない。


 休憩時間にその話題が出ないことはないし、個人的に購入した本を手にする奴まで出てきて肩身は狭くなる一方だ。俺の人生が人知れず暴露されているこの現状、マジで居た堪れない。


 俺と優里先輩の功績、そして瞬く間に広がった映画化の話題で朗読部は一手に注目を集めることとなり、大勢の入部希望者で溢れ返った。適度な広さだった部室は今や狭く感じられる。新たに広い部室を申請しているそうだが、早く移動したいものだ。


「先生もそれ読んでるんですか」


 ごった返す部室の中で椅子に腰掛ける浅見先生の手に姉ちゃんの本を見つけてしまい、俺は本日何十回目かのため息をついた。なぜ微笑みながら読んでるんだ。面白いのか? そうなのか? 頼むからマジでやめて。


「聞いたわ。これ、陽平くんのお姉様が書いたんですってね。素晴らしい本だと思うわ」

「そうですか?」

「ええ。もはや、わたしのバイブルよ」


 バイブル……そこまで? モテに困らない浅見先生が異性との接し方に悩むわけでもあるまいし。何か学べる部分があったとは思えないんだが。


「だって、ここに書いてあるのって彰くんのことよね」


 本を隠れ蓑にコソッと耳打ちした先生に俺は目を丸くする。


「なんで……」

「読んですぐ分かったもの」


 先生はふふっと笑って大事そうに本を胸に抱える。


「これであなたのことがやっと理解できたの。なぜあんなことを言ったのか、なぜ嫌がるのか全部分かった。それがとても嬉しいのよ」

「嬉しい、ですか?」

「嬉しいわ。だってわたしは……」


 浅見先生はメガネの奥で切れ長の目元を優しげに細め、最後の方はハッとしたように口元を押さえた。


「ごめんなさい、なんでもないわ。とにかくこの本は大事にするから」

「はい……」


 新入部員に呼ばれて笑顔で応じる浅見先生を俺は不思議な面差しで見つめる。


 あの本は俺の観点と姉ちゃんの観点が交えて描かれている。俺の観点からは過去に起きた出来事とそれによって受けたトラウマ。姉ちゃんからは俺の心理を汲み取った上で女性はどうすべきだったのかを啓す観点。


 この本の主人公が俺だと分かれば口で語るより早く俺という人間について理解できる。陽キャだった頃の出来事だから、もうアルバムみたいなもんだな。


 浅見先生はそれを手にして嬉しいと言う。


 正直に言って先生の心理は理解できないが、不思議な感覚に心が満ちていた。


 女嫌となった理由を女に話しても理解を得ることはできない。ずっとそう思ってきたから、端から対話することは諦めた。こっちの都合なんてお構いなしで自分勝手に周囲を振りまわす女とは、関わりあっても傷つけられるだけだと。


 浅見先生を突き放した時もそうだ。先生のことが嫌いだったわけじゃない。それなのに反射的に酷い言葉が口から突いて出た。あれは一種の防衛反応だった。気持ちに向き合うのが怖くて逃げ出したかっただけだ。


 本当は……恐れずにちゃんと話せば良かったんだ。そうすれば、あんなふうに傷つけることもなかったかもしれない。結果的に浅見先生は俺の要望を受け入れ、俺の望んだ現状を作り出してくれているんだから。


 俺は傷つけられると決め込んで、女という生き物を遠ざけてきた。今思えばなんて臆病だったんだろうか。


 確かに小学生の頃はそうすることが身を守る唯一の方法だった。あの頃は幼くてキツイ現実に対応する術を他に知らなかったんだ。


 だけど今は違う。


 俺のメンタルもだいぶ鍛えられたし、やろうと思えばきちんと対話できる。浅見先生に言われて気付かされたことだけど、思い込み一つで相手を判断するって最低だよな。


 確かに今まで俺が見てきたような多少の悪癖は含むのだろう。でも誰にだって短所の一つや二つあるもんだ。


 稀に早瀬みたいに凶暴なメンタルを持った女がいることも間違いので、完全に心を許すことはできないが。必ずしも全員がそうとは限らない。

 

 今さらそんなことに気付くなんて、本当に馬鹿でどうしようもないと思う。


 浅見先生の態度から今もなお契約に準じているのは明らかなのに、タイミングがつかめずにくだらないプライドが邪魔して謝ることもできず。もやもやとした気持ちだけが胸に根付いていた。


 だけどあの本は俺の心みたいなもんだ。俺の生き様と考えがそのまま綴られてる本。


 それを読んだ浅見先生が俺を理解したと言ってくれたから。あの時できなかった対話を本の中の俺としてくれたんじゃないかって、そう思えた。





【あとがき】


 読者の皆様、いつもご覧いただきありがとうございます。またブクマや★での評価、♡での反応もありがとうございます。いつも励みにさせて頂いております。


 先日は有難いことにレビューまで書いて頂き、大変嬉しかったです。


 これにて3章は閉幕。明日より新章へ突入となり、新たな学園イベントの幕開けとなります。3章はシリアスな展開も多めでしたが、ようやく彰の心も動き始めました。今後の進展によりご期待ください。


 また、本作はカクヨムコンに参加中です。

 今後も更新楽しみにしてるよ!という方は、ぜひブクマや★の評価を添えて下さると嬉しいです!


 今後も引き続き、笑いを交えながら二人の恋を応援して頂ければ幸いです。


 改めまして、ここまで追いかけて下さっている皆様、ありがとうございます!


 一色姫凛


 

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