そして今、
胸ぐらをつかんだ手が力なく落ちた。
なんだよ、それ。そんなの無理だろ。
どうしようもなくて絶望したよ。
悔しくて、悲しくて、つらすぎて。
涙の代わりに乾いた笑いがもれた。
俺はこんなこと望んじゃいなかった。
いつだってただ楽しくやっていたかっただけだ。
それなのに、なんで。俺が何をしたって言うんだよ……
毎度、自暴自棄になった俺を救ったのは陽平だった。
こんな顔、要らねえと愚痴る俺に「そーかー? 顔が良くて何が悪いんだよ。近所のオバチャンからはよくお菓子もらえるしさあ。バレンタインもチョコいっぱいもらえるじゃん。悪いことばっかじゃないと思うけどなあ」なーんて、笑いながら答える。
今思えば、あいつは昔から能天気で食い意地が悪かった。でもそのお気楽さが笑いを生む。凹んでは立ち直り、俺は何度も友情を育んだ。
でも結局は友達とトラブって泣き喚く。俺の名前を免罪符代わりにしては友達を裏切る女たちを心底恨んだよ。幾度もそんなことを繰り返してようやく気付いたんだ。
そうか、女を遠ざければいいんだって。
顔だけはどうやっても変えられない。なら性格を変えるんだ。大事な友達をこれ以上失わないためにも常に女に対しては冷たく当たるように心がけた。それが小五の話。
齢十歳だぞ。本当なら男女関係なく無邪気に遊ぶ年頃だ。何が悲しくてこんな苦労を背負わないといけないんだよ。でも友達を取り戻したかったんだ。男か女かを選ぶなら、この時の俺は間違いなく男だった。
なのに近寄ってくるのは俺の大事な友達を傷つけた女だけ。仲良くしたかった友達は女が近づくほどに距離を置く。
当時の俺を知る人間で軽々しくモテて良かったじゃん、なんて言う奴は誰もいない。一度は離れていったのに、見かねて戻ってきてくれた奴までいたからな。
でも、冷たくしただけじゃダメだったんだ。女嫌いとしてはまだ駆け出しだったし、冷たくしているつもりで甘かったところもあったと思う。もちろんトラブルは以前よりも減った。でもまた同じことが起きてさ。マジでこれ以上どうしていいか分からなかった。
落ち込むだけ落ち込んで、俺の努力を無下にする女にふつふつと怒りを覚えた。もともとやられっぱなしは嫌いだし、メソメソ泣くような男じゃないからさ。まあ、あれだ。ついにと言うか、ようやくと言うか。プッツン切れたよな。
怒り狂う俺に、陽平はケラケラと笑いながら起死回生の策を巡らせることに。
「あいつ、女は死ぬほど嫌いなんだって。近寄られると鳥肌立つってゆーから、あんまイジメないでね〜!」
友達と遊ぶたび、どこ行くたびに、大々的にそう言いふらした。俺と馬が合うだけあって陽平のフットワークは羽より軽く、友好関係は海より広い。ま、それはさすがに言い過ぎだが。
女が近寄ればサッと間に入り、にこやかに追い払ってくれる。あの時の陽平ほど頼もしい存在はなかった。女を遠ざける一方で男友達を呼び集め、伝えたくても伝えられなかった理不尽さを俺の代わりに話して聞かせる。
兎にも角にも俺が「女嫌い」だという噂はあっという間に広がり、俺をライバル視していた男友達も女に対して冷たい態度を取るようになった理由をようやく理解してくれたようだ。
半分は同情だったろうが、一度離れた手前気まずそうにしながらも、ちょくちょく話しかけてくるようになってさ。
陽平のお陰で俺のまわりは次第に男ばかりで埋まるようになり、女は本気で嫌われるのを懸念してあまり近寄らなくなった。俺は陽平に多大な感謝を述べつつ男友達には常々、女嫌いであることをしつこいくらいに伝えた。
誰の口からも俺が女に興味がないのだと吹聴してもらえるようにだ。それ以降、遊ぶ時には男だけ。女が一人でも混ざれば参加せず、朝の挨拶すらしなくなった。女さえいなければ友達との関係は良好で、楽しい日々を送れるのだから。
あまりに距離を開けすぎて半年経っても女子の名前を覚えられず、三者面談の時に先生から軽く説教を受けたこともある。女の子が嫌いでも、せめてクラスメイトの名前くらいは覚えなさいって。あれは小六だったか。その頃には俺の女嫌いは先生方も知るところとなっていた。
ついでに事情を知った両親からも心配されるようになってしまったので、それからは当たり障りのない程度には会話を心がけた。
中学に上がると俺の親衛隊は陽平だけでなくなり、常に男がまわりをガードするようになる。
もちろん、俺を守るという建前で自分の好きな女を俺に寄せ付けない思惑もあっただろう。でもそれでいいんだ。そうするように俺が頼んだからな。でもちょっとした隙をついて魔の手が伸びる。
結果、高校入学を控えたあの日、俺と陽平の出した答えがこれだ。
『もういっそのこと顔、隠しちまえ』
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