トドメの一撃
「そんなこと先生に言えません」
結果的にいい言い訳も思いつかず、突っぱねる形になってしまった。頼むから納得してくれと変な汗がでる。
便底メガネの奥で必死に視線を背ける俺に先生は妙に色っぽい微笑を浮かべ、「ふーん?」と流し目を向ける。その仕草がいちいちAV女優ぽい。先生、仕事間違えたんじゃないのか?
「恥ずかしいってこと?」
いや? 俺は先生にだってパンツみせろといえる人間だ。興味はないが、言える。それは無関心ゆえの強みみたいなもんだ。
「まあ…そうですね」
でも都合良く解釈してくれるならそれでいい。
やや歯切れの悪い同意を返すと、先生はふふっと笑みをこぼした。
「彰くんもやっぱり男の子なのね」
艶めかしい声で含みのある言い方をする浅見先生に、俺は瓶底メガネの奥で目をすわらせる。どうみても男の子だろう。いくら陰キャを装っていても女を装ったつもりはないぞ。
「じゃあ……いまも、気になってたりする?」
なんのことすか。
不審げに顔をしかめた俺の前で先生はテーブルに肘を置いて頬杖をつき、ゆっくりと足を組み直した。
それがまたスーパースローモーションで。
これ、コマ送りにしたら絶対どこかにパンツが写ってるぞ。
だが至近距離にいながら俺にそのパンツを捉えることは叶わない。なんせ瓶底メガネが俺とパンツの間にモザイクをかけているからだ。
特に興味もないのでちょうど良かったと思う。
誘導されてる感じが否めないが、視線で追いかけたとバレたら何を言われるか分かったもんじゃない。
「気になるって……夏希ちゃんのパンツですか? そこまでずっと考えたりしませんよ」
だからわざと視線をそらし、気づかないフリをした。
「もう。違うわよ。大人の女には興味ないのかしらと思って。彰くんはやっぱり同世代の女の子がいいのかしら」
「興味ないですね」
女に興味があるかと聞かれて反射的に否定してしまうのは、もう俺の
「興味、ないの?」
「まったく」
「へえ。じゃあ……わたしは、どう?」
どう、とは。嫌な空気だ。俺は何度かこういう空気を体験したことがある。ここは逃げるが勝ちだな。直感的に悟った俺は強制的に話を切り上げることにした。
「先生、話が終わったなら帰ってもいいですか?」
「だめよ」
なぜ。
踵を返し、ドアにかけた手をピタリと止める。
説教タイムは終わったはずだ。しかしダメといわれてしまっては出ていけない。
「他になにか用事でもあるんですか」
「あるわ」
「なんです」
声がだんだん低くなる。俺のなかで警報アラートが爆音で鳴り出した。早くここから出たい。
「わたしね、少し悪い癖があって。追いかけられると逃げたくなるのだけど、冷たくされると追いかけたくなっちゃうの」
浅見先生は椅子から立ち上がると俺との距離を一歩一歩、縮め始めた。どうやら嫌な予感が的中したらしい。額がじんわりと汗ばみ、コツコツと鳴るヒールの音が悪魔の足音に聞こえた。
そういえば陽平が言ってたっけ。この学園は生徒と先生がデキる確率が高い。もちろん狙っているのは男子生徒が大半だろうが、赴任する先生に若いひとが多いのは先生のほうもそれを狙ってるからだって。
まさか浅見先生もそうなのか?
浅見先生のタイプはこーゆー根暗そうな陰キャだったのか? グイグイくる陽キャではなく、控えめで性に興味がないようなウブな男。なるほどね。自分がもはやAV女優みたいなもんだから、ない物ねだりなんだろうな。
とすると、俺の取るべき行動はなんだ。
根暗でウブな陰キャがお好きなら、嫌いになるのはその逆。
追われれば逃げたくなり、逃げられれば追いたくなる。
先生もそうい言っていたし、ここは攻めに出たほうが良さそうだな。
仕方ない。ここなら他の奴にはバレないだろうし。
俺は心を鬼にして瓶底メガネに手をかけた。目にかかるボサボサの髪を上に掻き上げ、ネクタイに指をひっかけて緩め、シャツのボタンを何個か外す。
そして真後ろに迫った先生を振り返った。
俺の肩に手を伸ばそうとした先生の細い手首をパシッとつかみ、腰に手を回して引き寄せる。すっぽりと腕の中に収まった先生は驚いた顔をして俺を見上げた。間に挟まる小玉スイカがとても苦しそうに潰れているが気にしない。あたまひとつ分はデカい俺と先生の目が至近距離で交わった。
先生の存在感もたいしたものだが、本来の俺も負けてない。メガネを外して視界は良好。苦しかった首元も開放的。うざったい髪も邪魔しない。あるべき姿に戻った俺は先生が頬を赤らめるのを冷めた目でみながら、一番嫌がりそうな言葉を必死に思い浮かべる。
――正解はどれだ!
「彰くん?」
「俺が女に興味ないってマジで信じたわけ? そんな歩く性兵器みたいな体して、俺が興味持たないと思った? 遊んで欲しいなら遊んでやるよ」
マジで腹が立つ。俺は女から離れたいんだ。クラスメイトとの距離感はうまくいったのに、なんで先生とこうなるんだ!?
内心であたまを抱えながら俺様モードを発動した俺は、先生の手首をつかんだ手に力を入れて口紅で濡れた赤い唇に口を近づけ、
「彰く……!」
問答無用でキス……する寸前で動きを止め、ニヒルに嘲笑してみせた。
「嫌ならもう俺に構うな。いいな?」
キスなんかしてたまるか。
上手い具合に誤魔化して、目を丸くした先生を腕から解放する。ショックを受けたようにふらりと後ろによろめく先生を一瞥し、再び瓶底メガネを装着して髪の毛をおろす。最後にきっちりボタンを留めれば、完璧な陰キャくんの出来上がりだ。
これで任務は無事に完了。明日からは不用意に近づいたりしないだろう。
ああ、首元が苦しい。そして腹が減った。早く陽平んちに行きてえ。
「じゃあ、また明日。さようなら先生」
冷たく言い放ち、俺は今度こそ放送室を後にした。背後でバタンと重いドアの音がして、ドデカいため息をはく。
「すんげえ辛いカレーが食いてえわ」
一方。
ひとりで放送室に取り残された浅見は、ふらふらとよろめきながら椅子に腰を下ろした。
「なによ、あれ……」
今時みない厚底メガネをかけて、校則なんてあるようでないこの学園で唯一まともに制服を着こなす彼は、オシャレにも女の子にも無頓着なのだろうと思っていた。
バカのように騒ぐクラスメイトとも一線を引き、決して目立つことをしない。だけどそれはこの学園において逆に目立つ。
だから誰にも相手にされない彼に興味をそそられたのは必然的だった。日々、男子生徒からセクハラまがいのボディタッチや告白を受けている浅見からしてみると、彼はほっと一息つける人物だったのだ。
ちょっと肘で小突いたくらいで逃げるようなウブな子。
反応がとても新鮮だったから、ついつい可愛いと思ってしまって悪戯心に火がついた。
それなのに。
「なによ、あのイケメンっぷり!」
至近距離でみつめ合ったときを思いだし、浅見は顔を赤らめる。
「そして、急な俺様!」
つかまれた手首に残る鈍い痛みは、彼の男らしい息づかいを確かに刻み。
「好きっ!!」
浅見の心をごっそりと奪い去った。
【あとがき】
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