小玉スイカ女優登場

 だが肉食系女子に人生を蹂躙されてきた俺からすると、この手の女は苦手な部類に入る。いや、どんな女も大概苦手だが。


「今日はまだ授業がないけれど、明日からは通常通りなのよ。メガネが見えなくちゃ困るじゃない」

「そう、ですね。でも前の席にしてもらえれば見えるので」


 危うく、そうっすね。と言いそうになって言葉遣いを改める。


 陰キャ陰キャ。俺は陰キャだ。


 言葉遣いに陰キャカテゴリがあるか知らんが、できる限り大人しく見せておいたほうがいいはず。


「そうね。そのくらいなら担任の先生も融通してくれるんじゃないかしら? クラスはどこ?」

「えーっと」

あきら!! おまえBだった! 俺、C!」


 昇降口を飛び出してきた陽平はキョロキョロと辺りを見渡し、俺を見つけると大声で叫んだ。


「あ。陽平ようへいくん。みてきてくれてありがとう」

「……くん?」


 その直後、こてんと首をかしげて俺を見る。


 先生もつられて陽平を振り返ったので、俺は分厚いメガネの奥で「合わせろ合わせろ合わせろ」と呪いのように念じながら笑顔を向けた。


 隣に先生がいることに気付いた陽平は、ポンと手を打ってから口元を押さえ、くるっと背を向けた。肩が震えているところをみると、あいつ笑ってるな。


 ジト目で見つめること数十秒。ようやく笑いが引っ込んだらしい。陽平は息を整えながらこちらを振り返り、にっこりと爽やかさを演じながら歩み寄ってきた。


「あ〜……当然じゃないか、彰くん。僕たち友達だろ?」


(何キャラだよ)


 互いに同じことを思ったに違いない。


「彰くんっていうのね。お友達とはクラス違いで残念だったけれど、隣だし合同実習もあるわ。わたしは浅見玲香あさみれいか。これからよろしくね。彰くん」

「はい。よろしくお願いします」


 桜吹雪に黒髪をなびかせる浅見先生は、綺麗な微笑を浮かべてその場を後にした。直後、表情を崩した陽平にがしりと抱きつかれた。勢いがありすぎて、もはやタックルに等しい。


「すっげー美人! な、見た!?」


 目を輝かせる陽平の視線はいまだに浅見先生の後ろ姿に釘づけ。俺は呆れ混じりに溜め息をつく。

 

「見たに決まってんだろ。何言ってんの、おまえ」

「おまえが何言ってんだよ。あんなセクシー教師見てハァハァ言わねーなんて本当に残念な男だな」


 首がもげそうなほど項垂れた陽平は軽くシカトして、俺は陽平の肩にポンと手を置いた。


「はいはい。じゃあ行きましょうね〜陽平くん」

「くん付けはやめろ。鳥肌たつわ」

「慣れろ」

「やだ」


 笑顔の中に殺意を抱き、俺たちは静かに押し問答を繰り広げながら互いの教室にたどり着いた。


「んじゃ、うまくやれよ。彰」

「如月くんと呼べ」

「ぜってぇヤダ!!」


 C組の扉をくぐりながら、べーっと舌をだした陽平に睨みをきかせつつ、俺はB組へ足を踏み入れる。


 極力控えめにドアを開いたつもりだったのに、すでに入室していたクラスメイトが一斉にこちらを振り返った。早くもグループを作った女子、バカ騒ぎをしていた男子が値踏みするような目でみてくる。


「うわ。だっさ」

「きも。わたしムリー!」


 茶髪にミニスカの女子たちは、俺を見るや否や堂々と声を上げる。男子の中にそんなことを言う奴はいなかったが、興味なしとばかりにさっさと視線を逸らされた。


(よっしゃーっ! つかみはオッケー!!)


 俺はふつふつと込み上げる笑いをこらえながら席についた。席順は苗字の五十音順。幸か不幸か、ちょうど「き」の字が折り返し点になってしまったようで俺の席は窓際の一番後ろ。


 窓からは広いグランドを眺められ、陽当たりもいい。最後尾なので前の席の奴に隠れて居眠りもできる、席替えではまっ先に取り合いになる最高のポジションだ。


ラッキーと思う反面で、俺は瓶底メガネの奥で眉を寄せる。


 さすがにマズイな。すでに黒板の文字が見えねえ。でもまあ、一番後ろの席ならメガネをズラしても素顔はバレないだろう。しばらくすれば席替えもあるだろうしな。それまではありがたく窓際最後尾の恩恵を享受することにしよう。


 俺はキャッキャと騒ぐクラスメイトから顔を背け、頬杖をついて青空を見上げた。ああ、誰にも話しかけられないって、なんて自由なんだろう。じつに素晴らしい。ずっと手に入れたかった俺の時間。


(陽平、おまえには感謝する。マジでありがとう!)


 心の中でしみじみと陽平に祈りを捧げていると予鈴が鳴った。みんなも慌てて席につき、担任が現れるのを期待の目で待ち構える。


 チラチラとドアに視線が集まるなか、ガラッとドアが開いた。


 全体像が見えるより先にお出ましになったのは、白いシャツから突き出た小玉スイカ。


 そんなことで判断するべきではないと分かっているが、判断できてしまったのだから仕方がない。


「うお……っ! マジか!」


 隣の男子が口を押さえて声をもらした。他の男子もみな似たような反応だ。ガッツポーズをして立ち上がった奴や、発狂しながらスマホで写真を撮ってる奴までいた。


 コツコツとヒールの音を鳴らし、エロスの顕現ともいえる浅見先生が堂々と姿を現す。

 急にボルテージの上がったクラスの中で、俺だけが冷静かつ泰然と先生を見つめていた。


「みなさん、入学おめでとうございます。わたしがみなさんの担任となりました、浅見玲香といいます。これから一年間よろしくお願いしますね」


 にっこり笑ったAV女優、浅見先生は、妖艶と愛らしさを兼ねた無敵の笑顔で男子生徒の心を鷲づかみにしたようだった。

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