286.フットワークどうなってんの!?

「が、ガネッシュさん…?」

「はい!なんでしょう!」

「あの、どれくらい本気で殴って良いんですか……?」

「ご心配には及びません!彼も求道者ならば、100%!120%!それ以外を求めるべくもないでしょう!ええ!全身全霊全力でどうぞ!」

「あ、ハハハハ……」


 いや口で言うのは簡単!

 なんでこれが許されてんだ!

 責任者ー!?学園とか国とか国連とかの偉い人ー!?


 と、俺がガクブルしているのは、相手が強いから、というだけではない。




 今日は実演お休みのつもりで呑気していた俺に、殊文君からの招集が掛かったのが、つい30分程前。

 少し興奮していたから、殊文君にしては珍しいなと、急いで帰って来てみたら、そこには今や見慣れた満載バックパック。


「やあやあ!いつぞやはどうも!」

「ガネッシュさん!」


 心強い巨漢にして、暗殺&フラッグ騒動でも助けに来てくれた優しき研究者、ガネッシュ・チャールハートさんその人だ。


「お楽しみな中、ご足労頂き恐縮で御座いますなあ!ご不在ならご不在で、致し方ないと申し上げたのですが」

「いいえいいえ!ガネッシュさんには色々とお世話になってるんですから!じゃんじゃん呼びつけちゃってください!」


 今回の明胤祭の展示物の幾つかは、ガネッシュさんの協力による物が結構含まれる。その上で更に顔を出してくれるなんて、多忙だろうに、面倒見が良い人だなあ…!頭が上がらない。


「夏休みの後半は、こちらの都合でお約束を破ってしまい、すいませんでした」

「なんの!カミザ殿が無事というだけで、私にとっては十二分な僥倖で御座いますぞ!良くぞ生き延びて下さいました!」

 

 ジー……ン、ときた。い、良い人だなあ…!

 

「是非、時間が許す限りゆっくりしていって下さい…!何か見たいものとかありますか?実演の準備もありますし、出来る事ならなんでも言ってください」


 ガタン!背後で謎の物音がして、「お前に言ったんじゃないぞ色ボケ女!大人しくしてろ!」というニークト先輩の声が聞こえた。何やってんだろ?


「それでしたら!是非ともお頼みしたい事が御座いまして!」

「はい!何でしょう!」

「私と一戦、本気でお手合わせ願いたい!」

「はい!わかりまし……?……???」


 え?ごめん今何て言いました?


「是非私と殴り合って頂きたい!」


 わあお、すっごおい。簡単に言われたせいで、余計に脳が理解を拒否してるよ。

 女の子の小声とは正反対なのに、難聴系主人公みたいに聞き返したくなっちゃったもん。

(((ああ、この為ですか……)))

 そしてカンナは何で納得してるの!?そういう前兆があったなら共有しといてくれないかな!?


「いざ!“ガチンコ”を!“目には目を歯には歯を”!“やられたらやり返す”!“落とし前とケジメ”!“肉弾”による“タイマン”勝負を!」

「物騒な語彙が豊富!?」

「学者ですからなあ!」

「何が!????!?」

「サマーニャ様から覚えておいた方が丹本語を履修済みですぞ!」

「中等部主任んんんんん!!」

 

 ニークト先輩が叫びながら頭を抱える気配がした。俺も同じ想いです……。

 まだ話した事ないけど、どういう人なの!?丹本の教師がヤクザ映画の知識を外国の方にレクチャーしないでくださいよ!

 

「それはまあ冗談なのですが」

「あ、ですよね。良かった~…。本当に殴り合う事になったらどうしようかと思いました」

「いえいえ、そちらは本気ですぞ」

「あ、そうですか……」


 なんで?


「あなたの体質、漏魔症の魔力の使い方に、私は並々ならぬ興味を持っております!それは今更言うまでもない事でしょう!」

「ええ、それは、そうだろうなあ、とは……」

「ですのでそれを体験する、いいえ!するまたとないチャンス!飛びつかずにはいられないのです!」


 「肌で!魔学的直感で!その不可解に触れる事が許される!素晴らしいですなあ!」、

 が、ガネッシュさん?言い方が怖い、というか正直ちょっとキモいですよ……?


「聞けば肺や横隔膜、血管の作用すら強化し、更なる高みに至ったのだとか!あらゆる面で興味を抑え切れない!好奇心が溢れてしまう!そんな所に、直接拳を交わしていい場を提供するなど、そんなの…!そんなもの…!誘っているようなものではありませんか!」

「いやそうはならないでしょ」

「こちらは学者ですぞ!」

「それは免罪符じゃないですって!」

「そして私は腕に自信があります。その相手をするのなら、あなたも肚の底から全力で以て応えなければ“戦い”にならない!あなたが持つ可能性を全てこの身に受けられる!これ以上の“検証”があるでしょうか!?いや、ない!」


 わあ、綺麗な反語表現。

 おかしいな…?この人、もっと常識的な人だと思ってたんだけどなあ…?

 あれだ。本当に正気な人間は、“不可踏域アノイクミーヌ”に単身突っ込んだりはしない、って話だな、うん。この人に常人の感覚を期待した俺が間違ってました。幾ら善意を持つとはいえ、基準が狂いまくってるんだろう。


「こ、殊文君…!先生は…?白取先生は何処に…?」

「何か大切な用があるとかで、今は出払っている。つまり、断れる人間が総じてここには不在だ」


 眼鏡の奥から、勇気ある生贄を讃える目を向けられた。

 やめて?「あなたの犠牲は忘れない」みたいなのやめて?魂を鎮めようと拝まないで?切り離しに掛からないで?



 

 で、結果として押し切られました。

 わざわざ地下の模擬戦場を解放して、しかもオーディエンス誰でも入室可とのことです。なんかちょこちょこと話を聞きつけたらしい人達が、学園内外を問わずやって来て歓声を上げている。


 とにかくこれでもかと興行に利用されてるんですけど……!?

 イヤアノ、いつもの決闘とかとはわけが違いますよ…?チャンピオン相手ですよ…?

 能力が強いタイプじゃないからとか魔学の発展に必要だからって、お得意の豪腕で例外扱いを取り付けたらしいけど、本当ならチャンピオンがお遊びで詠唱するの、国際法違反ですよ…?

 勝ち負けとか以前に、禁止兵器対人間みたいなカードですけど…?

 交渉の末、互いに武器使用無しで落とせたからまだマシだけど………


 いや、分かってるのか。

 野次を聞いた感じ、ほとんどの人間がチャンピオンの戦う姿と、俺の負ける様が見れる事を餌に釣られて来たようだ。

 後は周囲を見回すと、「何でチャンピオンVS漏魔症とかいう八百長みたいな試合組まれてんだ?」という、心からの疑問を抱いている人も多い。


 まあ漏魔症云々はともかく、俺も概ね同意する。何で俺この人と殴り合う事になってんの?

 国に属してないしどこでも生き残れるくらいタフなせいで、怒れる人もいないし経済制裁も指名手配も意味が無い、無敵の人を相手にさあ………


「ススムくーん!やっつけちゃえー!」


 ミヨちゃん?発言に気を付けよう?相手世界最上位帯だからね?

 これ下手したら俺死ぬかもだからね?

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