205.旅に出ます、探さないでください part1

 8月19日、月曜日。

 明胤学園第3号棟。新跡開拓部、通称「新開部」の部室。

 ここしばらくは、夏休み明けの学園祭に向けての準備で、活気溢れる部屋だったのだが、今は重い沈黙が、影を落としている。


「くっらー……」


 その場の空気に容赦なく言及したのは、明胤最強の名を冠する事を許された童女、生徒会総長パラスケヴィ・エカトである。


「なにこのやる気の無さ、あいつ居なくても自由研究くらい出来るでしょ」

「総長、そういう話ではないのだ」

「そういう話じゃん!」


 殊文呬迹に諫められるも、彼女は憤懣を露にする。


「なんだよ!出て行ったって!あーあ!アタシ程じゃないにしろ、骨のあるヤツだって思ってたんだけどなー!」

「日魅在先輩は、身内を亡くされたのだ。そういう事だってある」

「それでなんで家出になるわけー!?イミワカンナイ!」


 この場に、この学園に、ある少年が居ない。それが問題だった。


「別に引き籠ったりしてる分には、ぜんぜんいーよ!そういうもんじゃん!でも、なんでいなくなっちゃうのさあ!この学園から、世間から逃げて、負けを認めるって事じゃん!」

「そうとは限らない。今は何処かで、一時的に心の整理を付けているのかもしれない」

「もう戻らないって書置きを残してえ?」

「それは……動揺して、思ってもいないことを……」

「それがアリなら何でも言えちゃうじゃんバーーーカ!」


「プロトちゃん……」


 疲れたような、しかし、高温を溜め込んだような声が、女児の激昂を止める。


「ちょっと……静かに……できる……?」


 息も絶え絶えな彼女は、その場の誰もが気圧されてしまいそうな、一種の迫力を放っていた。


「ススム君にとっては、そう単純な話じゃ、ないんだと思う……」

「…な……なによ、単純じゃない話って………」

「分かんない。分かんないけど………」


 けれど彼女は、詠訵三四には、一つだけ断言出来る事があった。


「ススム君は、休む事はあっても、戦うのをやめる人じゃない…。ただ、戦い方が、あまりに不器用なんだよ……」

「ぶ、きっちょ、って……?」

「ススム君は、何かから私達を遠ざけて、一人で生きる事を、戦いだと思ってる。そう考えた、原因にも心当たりは、あるし……」


 彼女はそこで、親切心か、或いは興味本位だけで、この場に残ってくれている人物に、視線を向ける。


「ガネッシュさんとの約束を、何の事情も無く、破る人じゃないと思います。少なくとも、いつものススム君なら、『守れそうにない』事を、連絡する筈です」

「私も、彼と話が出来ないのは、残念な限りですからなあ………」


 ガネッシュ・チャールハートは、沈痛な面持ちで首を振った。


「その心当たりと言うのは、」

 

 問いかけるは新開部顧問、白取〇鶙。


「彼の行き先の手懸りになりそうですか?ええ、是非とも開示して頂きたいのですが……」

「すいません、白取先生」


 絵に描いたような優等生で、生徒だけでなく教師陣からも受けが良い詠訵だが、


「それで見つかる、とは思えませんし、それに、彼のプライバシーに関わる事ですから」


 その質問はピシャリと撥ね退けた。


「………そうですか。ええ、それでは仕方のない事です」


 白取は深く追及せず、思索に戻る。


「気持ちは分かるけど、ヨミっちゃん、今は待つしかないよ」


 詠訵の親友、訅和交里が背をさすって励まそうとする。


「シャン先生が掛け合って、捜索願いを出してくれたし、警察なら見つけてくれるよ。ほら、カミっちって、抜けた所あるでしょ?そんな上手く潜伏出来ないって」

「そーそー!家出しょーねんは、ホドーされて連れ戻されるって、相場が決まってんの!」

「幸い夏休み期間中だ。その間なら、どこに行こうと学園は問題としない。2学期から普通に復帰できる。申請中のディーパーランク昇格にも、滞りは出ないだろう」

「そ、うだね………。そうだよね………。ススム君じゃあ、逃げようと思っても、器用に逃げられないよね……。ある意味安心だね……」


 口では彼らの言ってる事を認めながら、心のどこかで、嫌な予感を抑え切れない詠訵。


 ガネッシュはそんな彼女を見て、自らの懸念を喉元に留めた。

 

 果たして今のカミザススムにとって、「安心」などという物があるのか、と。

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