199.天気雨に圧し潰されながら part2

 ギラギラした昼の太陽に、グサグサ肌を滅多刺めったざされながら、俺は何軒も、何軒もまわった。

 ピカピカの陽光と、クタクタの憔悴と、ガンガンの疼痛とうつうと、

 それらが作る酩酊が、俺を朦朧とさせ、

 何回慈悲を叫んだのか、

 どの呼び鈴を既に鳴らしたのか、

 俺が今何をしたいのか、

 そういう事まで、分からなくなっていた。

 だって、みんな、同じ事しかしないから。

 関わり合いになりたくないと、シャットアウトして、

 顔どころか、声すら出さない。

 それが続くから、

 ベルトコンベア式の単純作業の途中、意識が半分無くなるように、

 俺はほとんど夢遊病者となって、町中を行ったり来たりしていた。

 

 やがて、足の向くままに任せていたら、俺はその家に戻っていた。


 ほら、あるじゃん。

 どこか得意げな感想を抱く。

 でも、ここは、無いのだと言う。

 みんな、ここには、誰も居ないと言う。

 じゃあ、間違ってるのは、俺か。

 この中には、何も無い。狸とか、イリーガルとかに、化かされたんだ。

 この家は、ずっと放置されて、誰も知らないんだ。

 それか、幽霊屋敷的な、タブーなのかも。

 俺がさっき見たのも、怪談話みたいなもんだ。

 次に入った時、そこには何も無くて、誰も居なくて、


 俺は縁側から上がって、窓代わりの障子を開く。

 客間と、

 台所と、

 お茶の間。


「はは……」


 やっぱ笑っちゃうよ。

 普通にあるんだもん。

 全部、変わらずに、

 見た通りに。

 触って、嗅いで、揺らして、

 ちゃんと、あるんだもん。


「はははははは!」

 

 家の前で、死体を見ながら

 オレは頭を抱え、しゃがんで、立てなくなってしまう。

 うなじの肌を、プチプチと日で撃たれるのも、今やどうでも良い。


「分かんねえ……!分かんねえよぉぉぉぉぉぉ……!」

 

 顔を沈める水が、どういう分泌をされた物なのか、そんな事も分からない。


 

 オレには、何も分かんない。

 


「アアア、アアアアア!アアアアアアア!!」


 蝉時雨が降りつのる。

 日光と音響の区別が付かない。

 声を嗄らせど全ては徒労で、日はまた沈み、終わらない。


「あ゛あ゛あああ゛あああ゛あ゛あ゛!!あ゛あ゛あaaあ゛あaあ゛!!」


 蝉時雨が降り募る。

 対抗しようと喉を裂いても、

 人一人の嗚咽では、生命賛歌に敵わない。


「おお゛!お゛おおお!オオオオオオ゛ェ゛ェ゛ェェェ!」


 蝉時雨が降り募る。

 青く澄んだ夏の空の下、俺が熱唱してみた所で、

 1杯きりの空気すら、感動してくれっこない。


 


 蝉時雨が降り募る——




(((ススムくん、聞きなさい)))


 彼女は、

 風鈴よりも儚く、ガラスよりも透き通った声で、

 俺の無意義な戦いに、終止符を打ち、


(((これは、可能性の話ですが)))


 希望を、

 潰えたと思われた、道を示してくれる。


(((あなたが“羅刹デッター”に喰わせた分、まだ消化されていないやもしれません)))


 喰わせたのは、俺の持ち物。

 それが、まだ、残ってる?


(((彼等はこの家を、蜘蛛の巣に、砦にしていました。ならば、のイリーガルの本体は、殆どが家の内側にあります)))


 そして、奴の死と共に、同化し切れなかった分が、戻されたとしたら?

 俺みたいに、放り出されたとするなら?


(((敷地内。この家屋の周縁と、内部。その何処かに、あなたの携帯端末がある、可能性は、まだ残っています)))


 「探しなさい」、という言葉が、言語中枢に届く前に、俺は行動に移していた。


 掌や膝を擦り剥きながら、這いつくばる姿勢で、外を隈なく見て回り、

 それが終われば、家の中で、液が付着したゴミ袋を払い、元気にウゾめくウジ共を潰し、

 

 一声も出さずに、血眼で探し続けた。


 体感で数時間後、俺は落ちていたスマートフォンのサルベージに成功。


 110番に繋ぎ、そこで糸が切れたのか、受け身で頭を庇う事もせず、縁側に倒れ転んだ。


 頭だけ動かし、そこから外に目を向けて、

 おばあちゃんと見た、銀世界を思い出す。


 静かで、ゆるゆると、輝きながら、進む時間。


 俺の、思い出。

 確かに在った物の記憶。


 しかし当然、


 今そこに見えるのは、


 乾いた地肌だけだった。

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