199.天気雨に圧し潰されながら part1

「すいません!すいません!開けて下さい!すいません!」


 町に下りてすぐ、目の前にあった民家のインターホンを連打し、それに飽き足らずドアをひたすらに叩く。


「すいません!助けてください!出て来てください!出て来て!」


 窓も戸も閉め切る事で、接触不可の態度を示していた家主も、只事ではない空気を感じ取ったのだろう。


「うるせえ!何ばそげな朝っぱらから!」


 出て来てくれた…!

 4、50代のおじさんだ。

 安堵と共に、袂に飛び込むみたいな勢いで詰め寄ってしまう。

 それだけ焦りながらも俺は、待っている間に幾らか脳の再起動が間に合い始め、言うべきことを選別しようと努めていた。


「あの、人が、人が死んでるんです…!」

「はあ?」

「お、おね、お願いします!警察に、連絡を!」

「お、おめ、何言ってるっちゃ?」

「えっと、ああっと、山道の、そう、場所が分からないですよね!山道の横にある家で、人が——」


 不審と心配が半々だったおじさんが、そこでサッと血相を変えて、


「そげな家知らね!」

「え?いやでも」

「おめ、あの坊主か!出てけ!」

「待って!ねえ待って!」

 

 俺を突き飛ばし、扉を閉めてしまった。

「なんで!なんでですか!なんで!」

 何が何だか分からなかったが、そのまま途方に暮れている訳にも行かず、上がる心拍と加熱される血流に蹴り飛ばされるように、別の家に駆けよって助けを請う。


「すいません!あの!お願いです!電話を貸して下さい!無理なら警察に連絡を!お願いです!出て来て!お願い!」

「誰だあ!?うわっ!何っちゃ!」


 今度の人は、比較的早く出てくれた。

 30前後の男の人だ。


「死んでたんです!人が!死んで!その、警察を!警察を呼んで下さい!あ、場所は!場所は上にある『日魅在』って家です!」

「な、なんだぁって!?」


 話を聞いてくれる!そう思った矢先に、彼は外を窺うように見回して、


「お、俺は知らね!」

「え?あ、でも、実際に」「んじゃあな!」

 

 また、同じような事になった。

 おかしい。

 おかしいだろ?

 何がおかしい?

 おじいちゃんおばあちゃんの家が、ゴミ屋敷になって、死体まで放置されてる事か?

 それもおかしいけど、

 それ以前に、

 なんでみんな、あの家の話になるだけで、そんなに蒼褪めるんだよ。

 そんなに怖がってるんだよ?

 だめだ。

 怪しまれるかもしれないけど、どの家の話かは言わないでお願いするしかない!


「すいません!すいません!ちょっと!出て来てください!人が!人が死んでるんです!死んでるんですよ!?」


 その次と、その次の次の家は、応答すらしてくれなかった。

 その次の家では、中から声だけで、取り付く島無く追い返された。

 そんな、端緒すら掴めないのが、何軒か続き、

 ある家でやっと、出て来てくれたと思ったら、


「おめえ!マスクしなきゃないだろ!」

「マスク?いや、それどころじゃ!」

「しかもおめ、もしかして、噂の学生でねえか!」

「え?噂?いや、そうじゃなくて!本当なんです!信じてください!」

「帰れ!」

 

 そう怒って、何を言っても出て来なくなってしまった。

 マスク?そんな物、予備含めてダンジョンに捨てて来てるんだよ!

 それが無いからなんなんだ!

 ふざけんな。

 死んでるんだぞ!

 人が、死んでるんだぞ!

 人が!

 人が、

 おじいちゃんと、おばあちゃんが、


「う、う、うううううう、ううう゛う゛う゛………」

 

 うだるような熱さが、水分も冷静さも奪っていき、頭痛と吐き気は酷くなる一方だ。

 冷たいお茶が飲みたい。

 クーラーが恋しい。

 帰って寝たい。

 帰る?帰るってどこに?

 あの家に?

 あの家には、おじいちゃんとおばあちゃんが、


「誰か!誰か!」


 いや、そうだ。

 もう、直接警察に行けば良いんだ。

 俺は走る。

 足の感覚が無く、雲の上を歩いているように不安定な走行。

 でも、急がなきゃ。

 急ぐ?もう死んでるのに?

 もう、手遅れなのに?


 それでも、それでも急がなきゃ!


 駐在所だ。

 何処かに駐在所がある筈だ!

 五角形の、朝日を表す、星みたいなマーク!あれがどっかの建物に付いてる筈なんだ!

 赤色の回転灯だってあるかも……

 !あった!


「すいません!駐在さん!聞いてください!お、お願いだから!聞いてください!」


 最後の望みとばかりに、俺はガラスを破らんという勢いで入り口に激突し、ほとんど押し込むように引き戸をこじ開ける。


「な、なんだ君は!?」


 この町で見た人間の中では比較的若めな、警官制服姿のお兄さんが、目を丸くして立ち上がりかけ、何事か目をしばたたかせ、中腰で止まってしまった。


「き、君は……!」

「あの!助けてください!死んじゃって!」

 

 彼は俺を見て、何故か気まずそうに視線を逸らし、


「すまない。この町から、出て行ってくれないか?」


 信じられない事を言った。


「……は?いや出てく出てかないの話じゃなくて!」

「君と話すのは、マズいんだ!マズいんだよ!」

「マズいってなんですか!だって!だっておじいちゃんとおばあちゃんが!」

「『おじいちゃん』、って事は、やっぱり日魅在さんとこの……ダメだ!僕は助けになれない!出て行ってくれ!僕の前に姿を現さないでくれ!」

「な、なんで!?死んだんだぞ!死んだんだぞ!?今!名前を言った!なら知ってるだろ!山道から外れた所にある!あそこに——」

「あなた?お客さん?どうしたのそんな剣幕で?」


 押し問答をしていると、奥から女性が顔を出した。

 駐在さんの家族、奥さんだろうか?

 屋内でも付けられた、口を隠す白い不織布が、妙に気になった。

 彼女は俺を見るなり、「あ、あなた…!カミザ……!」と呟き、ワナワナと震え出し、


「何なのよ!なんだって言うのよ!」

 

 ヒステリックに叫び、手近な物を引っ掴んでは投げつけ始めた。


「う!うわっ!?」

「なんでウチに来るのよ!出てけ!出てけえええ!!」

「大丈夫!大丈夫だ!すぐにお引き取り頂くから!」

「当然でしょ!?だからこんなド田舎来たくなかったのよ!あんなに反対したのに!なんで私ばっかりこんな目に!」

「すまない!悪かった!僕が悪かったから!落ち着いてくれ!」

「今すぐ追い出して!もうあんなの御免よ!私イヤだからね!?」

「分かってる!分かってる!君!悪いがそういう事だ!消えてくれ!」

「そういう事ってなんだよ!死んでるんだから!助けてくれてもいいじゃんか!助けてよ!」


「うるさああああああい!!きえろおおお!!いなくなれええええ!!」


「おい!落ち着け!おい!」

 

 沸騰した彼女は、攻撃の手を益々激しくし、俺は飛んで来る薬缶や招き猫から頭を守り、何歩か後退、外に出てしまう。


「おい!君!そういう事なんだ!君が入った場所は、!存在しないんだ!」

「は、はぁあ……?」


 何言ってんだよ。

 わけわかんねえよ。

 いいから、

 いいからはやく、

 助けてくれよ。


「さっき、さっき言ったじゃん…!『日魅在』って…!言ってたじゃん……!」

「そんな人は、この町には住んでないんだ!どこにも居ないんだよ!誰に聞いても同じだ!」

「俺は、住民票を見て、ここまで来てて……」

「知らない!僕は君の言う人物について知らない!そんな人達が住んでた場所についても知らない!知らないんだ!山道の先に家なんてない!そっちには誰も住んでない!」


 なんで、

 なんでそんな事言うんだ?

 だって、

 家はあそこにあって、

 二人は、そこに住んでて、

 そこで、死んで——


「そんな奴見た事も聞いた事もないわよ疫病神ィィィィイイイ!!」


 背後まで振りかぶった腕から、鉛筆削り器が放たれ、額を強叩きょうこうした。

 それで頭痛がピークに達し、脳幹がころころと裏返り、腰の下への伝達に不備が生じ、遂にスッ転んで腰を打ってしまう。

 そんな俺を助け起こそうとする素振りもなく、ピシャリと扉が閉じられ、頼みの綱が断ち切られた。


 なんだよ。

 なにがどうなってんだよ。

 言ってること、おかしいじゃんか。

 あそこに家はあるだろ。

 おじいちゃんも、おばあちゃんも、生きてただろ。

 今は死んでるけど、それまで生きてただろ。

 それとも、死体が現れて、それから記憶が生まれたとでも言うのか?

 そんな、そんな可哀想な生命が、思い出があるって言うのか?

 全部嘘だって?

 俺は、自分を愛してくれる家族が欲しくって、

 それを願ったから、

 思い出が添付された、って、いうのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る