167.それぞれの絆、それぞれの決着
壁に大穴が開いた旧校舎、その3階。
「あー、もー!くやしー!!」
仰向けで大の字になって、駄々っ子のように手足をバタつかせる詠訵三四。
周囲では養護教諭達が、困ったように担架を持て余していた。
「あと10秒!ううん、5秒!いや3秒!魔力が続けば勝ってたのにぃいい!」
「バカ言っちゃダメじゃないのぉ……」
「2対1で、押し切れないのに、その上負けたとあれば、それこそ八志教室の名折れよん……」
と言うか、
「「危なかったぁ……」」
シエテ・シエラが脱落し、残す所雲日根一人、という、まさにその時その刹那、詠訵の完全詠唱が解けた。
勝負を急ぎ魔力を注ぎ込み過ぎて、維持できなくなったのだ。
元は25mプール一杯分程もあったのに、ユニットバスの浴槽程度にまで小さくなっていた雲日根が、再度の詠唱まで無防備となった彼女に死に物狂いで飛び掛かり、沈め、溺れさせることで、間一髪の勝利を得た。
教室内でも特に相性の良いコンビで組んで、一人相手に、敗北寸前まで追い込まれてからの、敵のミスによる逆転。
しかもこの女、係員の手で水を吐かされた途端、目を覚まし簡易詠唱をしながら気道内に残った水を体外へ排出、戦闘に戻ろうとした。外傷もトラウマ等もなく、まるで効いていない。やって来た医療班が、お役御免になっている始末。
八志教室の二人にとっては、正直「勝った」という感慨は薄かった。
「繋がった」、「耐えた」、それか「生き残った」、
その感想が大きく占める。
「貴女とは、二度と戦いたくないわぁ……」
「右に同じよん……」
「でも、実戦じゃ『勝てませんでした』じゃ通用しませんし、次こそは——」
と、外壁に何かが連続してぶつかるような音が近付いて来る。
それを聞いた詠訵は言葉を切って、こてん、と目を閉じ四肢の力を抜いた。
「……?何を」「ミヨちゃん!」
そこに到着したのは、垂直に駆け上がって来た日魅在進である。
「大丈夫!?意識が!?」
彼は一目散に詠訵の許に向かい、隣にしゃがみ込む。
「ミヨちゃん!?聞こえる!?」
「ごぼごぼ……、溺れる……」
「やっぱり溺水か!先生方、何してるんですか!早く彼女を担架に乗せてください!」
「え?ああ、いや、あのですね」
「ススムくぅん……」
「ミヨちゃん!大丈夫!今助けが来たから!さあ早く!」
「どちらかと言えば君が重傷に見えるが!?」
「呼吸……」
「え?なに?何か言った!?」
「人工呼吸して……口で……」
その言葉が出るや否や、彼は彼女を両腕でひょいと抱え上げ、担架の上に放り出した。
「ぐぇっ!」
「連れて行って下さい」
「ちょ、ススム君!?」
「『心配してる人に対する狸寝入り罪』で収監しといて下さい」
「ああ~!待って~!」
「いや、まあ、診療の義務があるので、連れて行くのはそうなんだが」
「……え?」
詠訵から顔を背け、拗ねたような顔をしていた彼は、何か言葉を掛けられたかのように、その先の宙を見上げ、何かに思い至ったような顔をして、
「あ、しまった」
次の瞬間腰の
「ススムくぅぅぅぅん!!???!?!」
スーツのロックを解除された詠訵が担架から飛び降り、慌ただしく引き返してきて治療を始める。
まるっきり、数秒前と逆の図となった。
その場に居合わせ、スプラッターコメディめいた一連を見ていた他の数人は、
互いへの、シラーっとした目配せだけで、
(なんだこのカップル………)と以心伝心したのが分かる。
そして、
空調のせいだろうか?
その場の気流が、
くすくすと控え目な、
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「要らない!オレサマは一人で歩けるぞ!」
「そうは言うがなあ……」
「自覚症状が無い方が、怪我ってのは危険なんだぞ?」
「傷口は治りかけが一番大事なんだ!大人しく寝ていろ!」
「斬れたのは殆ど脂肪だ!オレサマの脂肪は硬い!」
「そういう問題ではなく」
スーツのロックダウンが解かれ、魔法による治療で胸の傷が塞がるか塞がらないか辺りで、ニークトは勝手に立ち上がり、自力で戻ると言い出した。
治癒能力を使いながらそれを叱る大人を引き連れるように、ノシノシ歩き出してしまう肥満体。
「アータ、結局どっちだったのヨ?」
去り行く彼に、背中越しに訊ねる辺泥。
「……何がだ。人に物を聞くなら、言語としての体裁を整えてからにしろ」
止まって、しかし背を向けたまま答えるニークト。
「アタシ相手に、グッダグダだったのは、本気で倒そうとして?それとも、危機感が欠けた戦いなら、アタシは手の内を隠そうと、アータとの戦いを延ばすと分かってたから、わざとボコされてやってたわけ?」
「さあな。そんなこと一々、お前に教えてやるわけがないだろ。もう子供じゃないんだから自分で考えろよ、ランク8」
「アータの口から聞きたいのよ。アータ、女の子と矛を交える時、手を緩めるでしょ?頼まれてもないのに、配慮し始めちゃう。
「だとしたら随分寛容ネ?」、
あの弱さが選ばれた戦略なのか、
それしか持ち得なかった真の姿なのか、
それをハッキリさせないと、気持ち悪くて仕方がない。
「それもお前に関係ない。オレサマが誰を女と思うかは、オレサマが決める。生物学で決めるかもしれないし、もっと別の何かが決め手になるかもしれない。所詮はオレサマ自身にしか通用しない定義、オレサマの自己満だ。お前や他人を同じ見方に寄せさせる意味が無い。お前はオレサマに勝ったんだ。それでいいだろ」
「俺は最初から最後まで、“本気”だった」、それが答え。
「古風なヤツ。“紳士”なんて、イマドキ流行んないわヨ?」
「そうかよ。オレサマも別に、流行り
そこで特別に設けられた感想戦の時間が終わり、
二人はそれぞれの目的地へと離れていく。
「アタシはアータに勝ったけど、」
最早届かなくなってから、彼は呟く。
「アータも、アタシに勝ってたわヨ」
少なくとも、カミザススムに対する見立ては、
ニークトの方が正しかった。
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