166.雷なら雷らしく

「そこに来るよねえええ!!」


 パラスケヴィ・エカトの魔法能力によって、日魅在進の移動経路は制限され、このまま攻撃を当てようとしても、その位置を決め撃てるようになってしまった。

 衝撃波による攻撃も、プロトの認識速度を振り切って、予想外の挙動を取れるからこそ。

 そうでなければ、ちょっと強めの風を出す魔法と同じ。

 そんな潜行者は幾らでも居て、彼らではプロトに敵わなかった。


 速さでは上で、動作検知のアンテナも広くさとく、常に先手。

 空間支配力も高い為、思考や行動の強制も容易。


 確かに、攻め手が当たれば、彼女に勝てるかもしれない。

 当て続ける事が、出来るなら。


 だがしかし、

 “道”を、

 戦場の流れを、

 自分の手で作り出す。

 それこそが彼女の真の強み。


 カミザススムでも、

 足りないのだ。

 超えないのだ。


 線を引いて、

 順路にすれば、

 速いだけの奴なんて——

 


 そこに遠吠えが響き渡る。



「「!!」」

 

 雷電の中、同時にそれを耳にした二人。

 いたのは、鈍い金色の毛を持つ狼。


 ここには居ない、ニークトの眷属!


「なに?」


 気を逸らしたプロトに対し、

 もう一方に迷いは無かった。


「なんなの!?」


 日魅在進が狼に向かって直線飛翔!

 それを待っていたのか、天の計らいか、獣の体躯が弾け飛び、中から歪曲剣が射出され、


 彼はそれのキャッチに成功!


「剣!?なんで!?答えてよ!」


 奴はこれまで、体術の延長として、短刃しか使ってこなかった。

 剣は得意武器では——


——本当に?


 ローマンは魔力が使えない。

 身体強化も出来ない。

 自身を上回る質量を持ち上げられない。

 だから、プロトのように、小柄が巨大な剣で戦う、という事が出来ない。


 けれど、今は中世じゃないのだ。武器が大きい方が、必ずしも強いとは限らない。


 身体能力が低い奴が、刃渡りの長い刃物を持つより、小型魔具を利用して、戦った方が幾らも賢い。

 かつてのカミザススムは、“兵装”を使いこなせないからこそ、ユーティリティナイフとケーブルという二つの“便利道具”を、攻撃力の主軸としていたのだ。


 だが奴は、

 なんて事だ、

 その前提が、

 異なってしまった。


 高レベルの身体能力強化によって、魔具でもなんでもない、ただの剣を振るだけで、モンスターを殺せるようになっている。

 給付金が不要となるくらいの収入を得た事で、強力な魔具を買う事も出来る。

 明胤という学び舎に所属し、訓練を受けられる環境に身を置いている。


 そんな彼が、

 剣を使えないと、

 どうしてそう思ったのか?


「隠し、玉……!?」


 プロトを相手にした時、武器のリーチはかえってディスアドバンテージになる。

 電流に触れ得る面積が、広がってしまうからだ。

 それに気付かないほど間抜けな奴でないのは、もう嫌と言う程知らされている。

 

「さっきまでは、アタシに攻撃が当たるか分からないから…!」


 だからその戦法は、抱えられたまま、使われない筈だった。

 

 しかしながら、

 そいつはプロトに通用する攻撃方法を得た。

 ニークトは眷属越しにそれを見て、

 「今なら行ける」と、

 「これなら勝てる」と、

 特大のパスを打ったのだ。


「何が、どの流派で…!?どっちから……!?」


 剣で、何をしてくるのか?

 刃の上に魔力が通ったのを感じる。

 プロトが円刃でやるのと、似た使い方。

 魔力を特定軌道で高速循環させる、チェーンソー的発想の攻撃。


 細い道の上に魔力を並べ、逸脱しないように滑らせるなんて、繊細な作業。

 強化幅が拡げられた分、大雑把な動きしかできなくなってるそいつが、単にいつものナイフの延長というだけで、それに集中力を割くとは思えない。


 何かある!

 これと言った勝算を用意している!


「だったらぁ!身動き出来ないようにすれば!」


 体を動かす範囲が広くなったのは事実!

 

「道を決めるのは、やり易くなってるんだからさぁ!」


 何十手先すら思い通り!

 奴が入れる隙間はここしかなく、

 その次はこっちに行くしかなく、

 その次は雷に通せんぼさせて、

 その次は今投げた円刃に一度止められて、

 その次はプロトから離れ過ぎるから——


「ここ!」


 彼女が行った先は、

 奴が彼女に向かいつつ、

 その途上で斬撃を浴びせるのに、

 一番良い位置!


「ここなら、振ってくる!」


 彼女はまだ、相手のスピードに完全に慣れ切っていない。

 その間こそ、天秤が大きく偏る時間。

 

 このチャンスを逃す奴ではない!

 “今”、決めたいだろう!

 敵が攻撃して来る!

 絶対に!

 という事は、

 「分からない」だらけな中で、

 一つの事項を確定出来るという意味!


「順手持ち…!それなら…!」


 剣の軌道を予測。

 接触の直前も直前、

 コンマ一秒遅れただけで自身が縦断されるという地点、

 いや、まで引き付ける。

 最後は、確率だ。

 100%までは詰め切れない。

 未来は、3・4択の間を変動している。

 その中の一つ、その選択と心中するしかないのだ。


 一か八か。

 これが最後の絶縁破壊と心得ろ。


「こいこいこいこい……!」


 一秒が、一分に、一時間にもなるような、極度の集中。

 この状態でも、一呼吸たがえば、負ける。

 

              3m、

          2m、

      1m、

  50cm、


「ここで!」


 ここで日魅在進は、

 空中前転蜻蛉とんぼ返り!

 回った先はプロトの上!

 斬り下ろさんと腕を、右肘を引く!

 縦振りだ!

 それも敢えて回り道をして!


 プロトは、


「当ったりィ!」


 ドンピシャリ!読み切った!

 その斬閃を、剣を貫く稲妻を撃っている!


「止まっちゃったでしょウスノロォ!」

 

 体に当たる雷はこれまでずっと避けられた!

 だが、今までの“自身”の範囲からはみ出た分は、

 乃ち持ったばかりの剣先は、

 そこにピンポイントで当たる攻撃は、

 “自分”に当たる軌道だと認識し難い!

 プロトがそいつの急加速に振り回されたように、

 奴は自身の体積の急増加に振り落とされるのだ!

 電流は剣へと入り柄を経由して日魅在進の体内へ、

 剣の柄を経由して体内へ、

 剣の柄から、


——流れない?


            剣は、

            ただ空中に浮いた、

            一本の剣だった。


——うーん、と?


 手放している?

 ああ、そうなのか。

 という事は、

 既にそれは、敵の手中に無いという事で、

 剣とそいつが、繋がっていないという事で、

 ここで自分から、手を離す予定だったという事で、

 それで攻撃する気が、無かったという事で、

 そこに攻撃されるのが、分かってたって事で、


 最初から、

 「剣という奥の手」、そのものが、

 ブラ「ふぐぅっ!!?」

 

 左頬から顎を通り内側へ響く一衝ひとつき

 引いた肘からの魔力ジェットで加速した、上から下へのストレート。


「雷様なら——」


 極限まで引き延ばされた時間感覚の中で、

 彼女はそれが骨を砕き進む音を感じていた。


「——

   ち

   と

   け

   え

   え

   え

   え

   !

   !」


 読んで字の如く落雷!

 直下直降ちょっかちょっこう

 明滅、

 0.1秒の間、

 頭を撃った爆裂によって、

 雷光すら届かぬ暗闇へ、

 彼女の自我は飛ばされて、

 故に防御が間に合わず、

 十数m

   の

   高

   さ

   か

   ら

   地に叩きつけられた!


「げっはあああっッ!!?」

「ォォォォォォオオオオオ!!」


 ポイントが、

 もう、

 100を切って、

 ぺしゃんこにすべく降りて来る、

 あのキックを、

 避けて、

 防いで、


——ど、

——どうすればいいの?


 パニックの中、魔法の使い方すら忘れ、

 足裏が迫り、

 彼女は負けて、

 死——


「ぐぅううぅぅぅ……!」


 上に立った男が、左腕で彼女の致命を引き受け、止めた。


「!?壱先生!?」


 奴の驚く声が聞こえる。

 

「簡易詠唱で、減速して、この威力、ですか……!」


 壱前灯の魔法。

 指定したエネルギーを、萎えさせる能力。

 それが挟まって、しかし前を塞いだ手、そこを守るプロテクターが砕けていた。


「先生、どうして…!?」

「日魅在さん、ここまでです。試合は終わっています。これ以上の、私の生徒への無用な危害は、傷害行為であると見做みなしますよ」

「え……?」


 その少年は、それを聞いて端末を取り出し、


「ミヨちゃん……!」


 旧校舎を振り返って、慌てて駆け出した。

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