160.遅延行為に全力投球してる… part2

「フン……」


 剣が下がるのも構わず、顔を俯け、肩を震わせ、グツグツと哂うニークト。


「見苦しい、聞き苦しい、世にも無惨な、負け犬共の雄叫びだ…。この大会で立場を失う奴が出るのは、今に始まった事じゃないだろ……」

〈そんなの仲間内でのギャンブルと同じ、つい嗅いじゃう香り付けの媚薬スパイス、あるべき適度な緊張感の為ヨ。だってのに、生死の境に匹敵する強迫になっちゃった。人生を賭けた一勝負を強いられるのよ?あのコ一人がイキイキする為に。

 で、それを招いた負け犬は、アータでしょ?アータがあのボウヤに勝ってれば、あそこまで調子づいて、学園中を敵に回す事も無かったでしょうに〉

 

 「それに、さっきのアレは何?」、

 辺泥はサブイボが立ったように、両腕を抱きさする。


〈アータ、自分の手札、全部あのボウヤに教えたでしょ?じゃなきゃ、あんなに精密な連携プレー、会って数ヶ月で出来ないもの〉

 

 彼が指摘しているのは、ニークトが「折れた」のではないか、という事だ。


〈カミザススムに、勝てる気が、勝つ気がしないのネ?『負け犬』根性、丸出しじゃないの〉

「何をバカな…。オレサマ程にもなると、隠そうが隠すまいが問題無く勝てると言うだけで——」


〈いいえ?アータは、そういうガサツな男じゃない〉


 辺泥は彼の意図を、透かし見ようとする。


〈アータは、本性はあたしと同じ。学園内の序列なんて、本当はどうでもいいでしょう?生存戦略が上手く行ってれば、怒りはしても殴り掛かりはしない。

 アンタッチャブルな権勢を持って、誰からも勝負を挑まれなくなれば良かった。表立ってアータを見下せない小物か、アータに興味の無い大物。その二つに分かれていれば、文句は無かった。

 それ以外の、無駄な争いはしない。自分の限界を隠せなくなるから。

 だのに、漏魔症と自分から対立して、敗けて、今度はその子の為に、食指が動かないお遊び大会に出しゃばっちゃって〉

「オレサマは奴の為に出た覚えはない!最近オレサマの事をナメた馬鹿が増えたから、教えてやろうとしてるだけだ!」

〈その“おぼっちゃま”の仮面も、いつまで続けるつもり?小心者の吼え声なんて、カワイイだけよ?〉

「何を根拠に…!」


 「簡単よ?」、

 虚構を剥がし、虚勢すら奪ってやる。


〈アータが自信に満ち溢れているなら、自分が正しく、偉いって思えてるなら、Kキングを誰にも渡しはしないもの〉


 硬くて咬み切りづらい獲物は、叩いて柔くした方が、もっと簡単に喰らえるから。


「………」

〈アータは最前列の器じゃないわヨ。簡単には取られない玉将として、後ろで腰を据えて、ふんぞり返って、指示を出してるのがお似合い。今回の大会だって、要所の判断は、実質アータがやってたでしょ?あのメンバーを強引に引っ張って、想定外を前にしても素早く対応形を作って……。そんな事、詠訵さんがヘッドじゃあ、間に合わないもの。

 いいえ、あたし達が、間に合わせないワ〉

「………」

〈そこまでやっといて、でもKキングを、最終決定を別に委ねてるのは、「なりたくない」から、違う?〉

「………」

〈だんまりィ?つまんないわネ~!アータはもっとワンワン口うるさいヤツでしょ?ショービズのワンコと違って、ご主人様に“待て”って言われても、ちゃんと逆らう悪いコなんでしょう?なんとか言ってみなさいヨー!〉

「俺が喋らないのは、その方が得だからだ」


 狼の顎と、ヘッドセット、二つの覆いにその素顔を隠したニークトが、平坦に押し均した声を、暗闇から引き出す。


「お前が俺とやり合う時間が長い程、こっちの勝ちが濃くなる」

〈それも、ウ、ソ〉


 真意を読ませまいという涙ぐましいその努力も、一呼吸で吹き消される。


〈詠訵さんとあの二人なら、五分ごぶ。例え彼女が勝てるとしても、そうなる前に、あのボウヤが、カミザススムが、プロトちゃんに転がされてるワ。アータも、それが分かってるでしょ?〉


 詠訵三四の能力で護られたカミザススムが、その運動性能を存分に活用して、パラスケヴィ・エカト一人に対し、二人で立ち向かう。そこまで揃って、“勝ち目”。

 

〈アータは一刻も早くあたしをくだして、詠訵さんのところにとんぼ返り。アニーとむくちゃんを片付けて、負ける前にボウヤを助け出す。そうするべきで、そうでないといけない〉


 急いでいるのは、ニークトの方。

 時間を掛ければ、負けるのは彼だ。


〈それでもアータは激しく攻めて来ない。どうしてかしら?簡単ネ。アータが“格下狩り”だからヨ。だって言うのに、如何にも『オレサマは十分でも二十分でも付き合うぞ』、みたいに見せようとしちゃってサ。あたしにバレバレだって、心の何処かで気付いてても、気にしてないフリなんて——〉


——アータってホント、

——“隠したがり”さんね?


〈どうするの?アーシはノビノビくっちゃべるわヨ?それこそ、30分でも1時間でも、ね〉

「…チィ………」

 

 ニークトは、前に前にと、出ざるを得ない。

 シミターを地面と水平に構え、何度目かの突進。

 剣を回し、左上から右下への切り下ろし。


「ゥゥゥウウオオオオンンン!」

〈剣を振るなら、〉

 

 辺泥は半歩引いて、上体をスウェーバックする。


〈もう少し踏み込みなさいナ〉


 続く左手のテレフォンパンチを正面から握り締め、内側の牙で切り卸す。


〈殺す気でいかなきゃ、勝ち目なんてねえぞ?〉


 懸命に出された右ローキックを、蹴り足を踏み折る事で止め、

 

 取った左腕を引き寄せながらの、反撃の左拳が狼の鼻っつら、正中線上を突き撃った。

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