152.電撃的水攻め作戦
「ぬん?」
ニークトはその時、磯の香りを嗅いだ気がした。
何らかの魔力の気配と結びついて、冬の海辺を思わせる寒気となった。
「シエラか?」
彼女の魔法が、これに近い匂いがする。
ニークトには、“ルカイオス”にとっては、相手にしたくない物語。
だが、この早期に発動して来るとは、考えていなかった。
あれは水を、川や海を生んで、操る。
が、移動させるのは一苦労だ。
敵を射程内に収め、それから発動しなければ、身の回りを水浸しにする、というだけの魔法となってしまう。
一部を飛ばす事も出来るが、小回りが利かず室内戦闘では不向き。
「それに、何だ…?以前嗅いだ時より、冷たい…?」
魔力に敏感な日魅在の意見を聞こうと、彼が無線を起動する前に、
「な!?」
異変!
遠くからでも位置が割れる位の、かなり大きい塊が、
動いた!
否!
“転送”された!
その語彙が最適!
「何だ今のは!?」
1階で消えて、3階に出現した。
詠唱の解除と再発動、といったスピードでなく、時間的連続性の中で、位置座標だけが大きくずれ込んだ。
「何が起こっている…!?」
「待て」、
ニークトは切り替える、
「何かが、起こっている、それだけだ…!」
分かる筈が無い。情報が少な過ぎる。
今年の八志教室は、ここまでパラスケヴィ・エカトほぼ単独で勝ち進んで来ている。
敵メンバーの半分が模擬戦にも姿を現さず、よって知る由がそもそも無かった。
ほとんど実戦の中でのみ、その強さを鍛え上げた面々。
「事象を解くより先に、動くべきだ…!」
匂いを頼りに日魅在と六本木を探し、回収するのだ。
彼ら二人が居れば、連絡も連携も密に「なん…!?」
それは出来ない、
彼らは許さない。
ニークトの端末に、パーティーメンバーの脱落報告が届いた。
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「………あ、面倒……こういう時って、空気読まない?読むよ…?読む、絶対」
少女は、たった今自身の
「どこに居んのか分かんない……、普通は気を利かせて、時短に協力するでしょう…?大会のスケジューリングが押さないように、って……、しない?するよ?する、絶対」
日が高く、その為に照らされない、教室の中程。
彼女は椅子に掛けながら、机の上を指で何往復も
「あらぁ?どうしたのぉ?」
と、後ろから腕を絡めて来るもう一人。
「
「捕まえられなかったぁ?」
「一人逃しました……」
「って言う事は、一人は
「それはそうとも言いますけど……」
「よしよぉし、最高の働きよぉ。流石は
抱きしめながら、頬同士を密着させ、頭を撫で回す雲日根。
「逃がした魚は、もう一回釣ればいいのぉ。アニーちゃんと一緒に、追いましょおぅ?」
「で、八志先生に、たっくさん褒めて貰うのぉ」、
そう言われて、少女はやっと気力を取り戻し、立ち上がる。
「場所さえ分かれば、問題無い。そうでしょおぅ?波瀬ちゃん?」
「その通りです雲日根先輩。私の“
駒が一つ倒れ、戦局は傾き、
次に死ぬのは誰か。
墓碑銘は既に刻まれている。
「
「勝つわよぉ。八志先生の出世が遅れるなんて、ましてや担当を降ろされるなんて、針の先程の可能性すら、絶対にあってはいけないことだものぉ」
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「んー……あんまり……」
狩狼は旧校舎に向かいながら、地形を確認、六本木から人形を受け取った後、陣取る場所を物色する。
「やっぱ、時計台…?」
狙撃に適した高所は、旧校舎のそこしか無い。
正面から見れば、3つの棟と、それを繋げる廊下部分に分かれている建物の、中央棟に立っている。
如何にも壁が脆そうな木造建築。
それに安直なチョイス。すぐに位置バレする。
防御面に問題大アリ。
「ガッコー、低くて、だるー……」
長距離狙撃を警戒し、数少ない遮蔽を経由しながら、詠訵の居る旧校舎2階を目指す。
この後、六本木を待って、彼女の魔法から生み出される、魔法強化・魔力耐性向上効果を持つヤギのおじいさんと、遠視能力を持つアルパカのおばあさん、その二つを受け取る手筈だ。
最後の一つ、他の人形を身代わりに持ち主を守る、パンダの赤ちゃんは、六本木と詠訵が共用で使う事になっている。
それから狩狼は適当な狙撃地点に——
通知。
「だつら…っ!?」
左手首の裏に装着している端末を慌てて開き確認。
「ろくぴ……!」
日魅在と六本木が微減。
しかし六本木の方は、何らかの理由で特殊脱落扱いになっている。
この短時間で、呼吸を奪う事が可能な距離まで、接近された?
あの魔力探知器が一緒に居て?
『こ、こちら
噂の生存者からの通信が、一つの答えを持ち寄るが、
『六本木さんは溺死!部屋一杯の水に呑まれた!』
——溺死?
それでは、尚分からない。
『白い人影に気を付けて!目を離しちゃダメだ!たぶん追尾型!とにかく視界の外に出たら近付いて来るんだと思う!人っぽい白い物体があれば見続けるんだ!』
『
『こちら
全員から「了解」を示す緑色のランプが点灯。
今の口振りだと、詠訵は屋上だろう。
狩狼も同地点に向かおうと考え、屋上を目指そうと顔を上げ、
「………!」
あれは、
あれが?
「Bポジー…!白いの見えた……!旧校舎、50m手前くらいー…!」
『もうそんな所にまで…!?』
『すぐに行く…!そこから動かすなよ!』
「分かって——」
——!?
「ちょ……、消えた、んだけど……!?」
『消えた?え!?消えた!?』
『どういう事?』
『……もしや瞬きすら許されんのか?』
『狩狼さん!すぐに再発見して!私も見る!二人なら交互に』『後ろだ!狩狼さん!見てない方!』
背後。
目と鼻の先。
『そいつは死角から接近して来る!』
「“
沈んだ。
前触れも無く、彼女は水中に居た。
それも、ただ満ちているだけでなく、水面から下方へ、浮上を拒む対流が発生している。
冷えては落ちる、捕食者の如き
旧校舎が近いが、それ以外に壁は無く、
けれど水位は変わらない!
流れ散っていかない!
「お…ご………」
塩辛い。
言葉の代わりに口から生まれ、
ポコポコ上がって行く気泡。
それを目で追えば、ゆっくりと水上を渡る一つ。
小舟か?
その行く手に大きな、島のように巨大な影。
魔法が生み出した物質か、それとも物語のイメージか。
こうなってしまえば、詠唱すら出来ない。
水を掻き、少しでも上を目指す、その真上に、船影が蓋をするように——
光を閉じる
貫くは四本、淵の中でも映え浮く青。
——ヨミヨ…!
あれを掴めば、まだ、
そう求めたせいだろうか、
狩狼は体感的に、
水の重さが一段と増したように感じて、
〈こぉらぁ……?〉
——!?
すぐ隣。
少女が一人、
浮いている。
浮いていると、言っていいのか?
どういう状態なんだ?
亡霊が、朧に姿を見せたような。
〈捕まったのだから、〉
あれは、八志教室の、
〈お約束の通り、大人しくなさいなぁ?〉
狩狼は、
水が、
“形”を変え、縄、或いは網状の流れを生み、
意思を持って、
自らを引き摺り込んでいる事を知った。
増していく水圧。
遠ざかる光源。
蜘蛛の糸は、
間に合わなかった。
——————————————————————————————————————
「こちら
早、過ぎる。
味方の駒を飛び越えられ、どころか出会う傍から倒されて、
「作戦を変更します…!メイン校舎内に、これを作って、寄越して来た誰かが居る筈です…!」
詠訵はそいつを、
傾斜する屋上の、自らとは反対の端に位置取った、暗い白を纏う怪奇を、片目ずつ、互い違いに開きながら、見続ける。
「おニク先輩の報告からも、敵Rの関与は確実、もしかしたら、Pの魔法も関係しているかもしれません…!」
彼女の魔法の耐性の為せる技か、それが近づく速度は明らかに遅く、まだ逃げ続ける事が出来る。
「NとQの二人で、術者を攻撃して下さい…!彼らは今、何にも守られていない筈です…!」
睨めっこをする彼女の足、それが置かれている屋上の
粘性でも持つみたいに振舞い、条理に逆らって壁を這い上る水溜まり、その先端が指を掛ける。
「それまで何とか、生き延びます…!」
視線を固定された、彼女の背中側、
精霊の物語を持つ魔法使いが、攻撃の予備動作に入った。
八志教室 対 特別指導クラス。
開始1分。
6対4。
特別指導クラスは、Kポジションが孤立、
囲まれ、
王手を掛けられていた。
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