138.一発カマしてやろうぜ! part1

 この魔法を使わなくなって、随分久しい。

 別に使えなかったのではなく、ただその気が起きなかっただけで………

 それは、結局使えないのと変わらないか。


「君みたいな落ちこぼれは、居るだけで周囲の、そして国の迷惑なんだよ」

 

 成程、その通りだ。

 良い事を言う奴だと、素直にそう思う。

 彼はそれに言い返す為に、この場に来たのではないのだし。


「何故今更、どういうつもりでこのアリーナに、誇り高き護国戦士達の聖域に、足を踏み入れる事が出来たんだ?歳だけ重ねた、みっともないやからが」


 厚顔無恥、という指摘だ。

 そう、その通り。

 彼は、全くの、恥知らずだ。

 プライドなんて、とうの昔に捨ててしまったと、そう思っていた。

 それでも、実は何処かに、変な意地があったのだ。

 それに気付いても、やり直すには、時を逸し過ぎている。


「何でもいい。何にせよ、僕に見つかった時点で、君は、君達は、終わりだ」

 

 ただ、彼のプライドより、

 せめて末節を汚さぬ潔さより、

 守らなければならない事がある。

 貫き通されるべき物がある。

 彼はその為に、ここに居る。

 

「恥じろ落第者。恥じて恥じて、その後に詫びて——」

「テメエんとこの教師は、『誇り高き戦士』になりたかったら、それっぽい無駄口を叩けだとか、そういうアホらしい事を教えてんのか?」


 乗研竜二は、万西白のお喋りに、親切にも終止符を打ってやった。


「俺が言えた事じゃ、ねえんだがよ?テメエ、盤外で不当な騙し討ちをしといて、同じ口でよく『戦士』だとか『誇り』だとか、言えたもんだよなあ?」


 「誇れよ。ツラの皮の厚さだと、俺もお前にゃ負けるぜ」、

 態度で威圧する。

 小さな子どもを相手にするように、

 見て分かる弱者に対するように。


 これを受けた相手は、主に三つの反応を返す。

 恐れるか、

 いかるか、

 見縊みくびるか。


 どれであっても、

 乗研には旨みしかない。


 自分の情けなさを隠す為の仮面。

 どれだけ残念に見えても、それこそが作戦なのだと、そう言い張れる在り方。

 後ろ向きな処世術だが、

 お蔭で相手に、特に手練れに軽んじられるのだけは、上手くなった。

 

「驚いたよ。君に憐れみを抱いてしまう自分に。僕にそれを抱かせる、君の惨めさに」


 彼の場合は、三番目だったらしい。

 これで少し、趨勢を握り易くなった。

 が、それは決して、彼が主導権を取った、という事ではない。


 彼はこれまで、本気の戦いから、

 自分の何かを賭けた、失う恐れを越えた上での闘いから、

 長らく遠ざかっていた。

 

 対する万は、教室の代表である棗と共に、直近で幾度も熾烈な戦闘を、時には死闘を潜り抜け、今や脂が乗りに乗っている。


 7割劣勢が、6割くらいにはなったか。

 それが乗研の戦力評価だ。


「良いのかよ?愛しの隊長サンを、助けに行かなくて」


 乗研が知る、万の最も弱い部分。

 そこを刺激されても、効きは薄い。


「君がKキングであろうがなかろうが、君を倒せば、勝ちが決まる事に、変わりはないさ……」


 ゴーグルの下で、片眉くらいは浮いたかもしれないが、

 確かめようのない事だった。


——平常心……、堅固を主軸とした、揺れぬ心、ってとこか?


 乗研が彼を見つけた時、彼はその場を一歩も動かずに、少し離れた本物の敵を、一目で看破した。

 幻覚等、惑わせるタイプの能力への耐性。

 そのギラつく魔力で、光を跳ね返している、ようにも見える。

 それでいて自分から、積極的に探しに行かない。

 逃げるわけでもないので、キングだから敵に会いたくない、という事ではない。

 ニークトが推測していたように、激しく動かない事、それが能力向上の条件だろう。

 一動作で攻撃できる、その間合いまで、こちらから近づかなければ、向こうも迂闊に手が出せないが……


——いや、ここでこいつを放置しておくのも、後々問題になりやがる。


 敵方のパーティーメンバーは、彼がその場を動かない事を、先刻承知の上だろう。

 合流地点として、一番分かりやすいのは、この男だ。

 せいじゅうの物語で統一された彼らは、二人以上になった時に、先ほどの合体魔法のように、強力な相乗効果を発生させる場合がある。

 だからこそ、自分達も分かれる事を承知の上で、全員を孤立させる作戦を採った。


 彼と相性の良い誰かが、能力発動前の記憶を頼りに、ここまでやって来るかもしれない。

 勿論乗研は、方向感覚まで引っ掻き回してやった、つもりである。

 だが、彼らの魔法は想像以上の規模であり、自分の能力は、それに便乗する形で底上げされているという現状。

 どこまで通用しているのか、それが分からない。

 少なくとも、半分闇雲に進むしかない、特指クラスのメンバーよりは、彼らが有利には違いない。



 ランドマークとなる物は、潰しておくべきだ。

 そしてその中で、最も重要度が高い拠点の一つが、こいつ自身なのだ。

 

 

 そう考えれば、進むべき方角は、決まる。

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