128.未練がましいこって

 7月14日、日曜日。

 特別指導クラスが使う、明胤学園第15号棟、第一教室。

 その扉の前まで来て、乗研竜二は我に返った。

 

 自分の行動が、理解出来なかった。

 今更、どのツラ下げて、この教室に入ろうと言うのか。

 全て諦める、そう決めながら、心の何処かで、探しているのか。

 戻って来る為の言い訳を。

 「仕方がないから、また始めるか」、そう言えるだけの理由付けを。


 馬鹿馬鹿しい。

 自分の弱さが、今になってぶり返す青さが、嫌になる。


 まさか、あの同室の少年に、真っ直ぐな馬鹿に、

 感化されたわけでも、あるまいに。

 

 ドアノブに触れていた指を、一本ずつ引き剥がし、回れ右をして背を向ける。

 元来た方へ、戻る。

 自分には、それがお似合いだ。

 それしかない。そうしなければならない。

 でないと「私、やっぱりもう一回聞いてきます!」


 扉が、開いた。

 出て来たのは、詠訵とか言う、ランク7の優等生だ。

 しかし今の彼女は、法を破った身体能力強化に手を染めそうな程に、焦っている様子だった。


「あ、乗研先輩…!」

「いや、俺はてめえらがアホやってるのを笑いに来ただけで」「そうだ、乗研先輩って、ススム君と同室でしたよね!?」


 彼の苦し過ぎる言い訳すら、彼女の耳には入っていない。

 鬼気迫る様子の詠訵に詰め寄られ、「あ、ああ、そうだな」などと、つい素直に答えてしまった。


「昨日!昨日の夜、どうでした!?気分が悪いとか、何処かへ行くとか、言ってませんでした!?ううんそうじゃなくて今朝は!今朝はどうでした!?平気そうでした!?誰かと何かあったとか」「ヨミっちゃん!落ち着いて!」


 友人らしい訅和交里が、彼女を抑えた事で、漸く彼は解放された。が、「何かが起こっている」という、言いようのない不快感は、そのまま彼を逃がさない。


「あ、その、ごめんなさい、私……」

「おい、態度クソデカ下郎」


 暫時の落ち着きを取り戻した彼女の後ろから、「お前が言うな」と返したくなるような綽名あだなで呼んで来る、ニークト=悟迅・ルカイオス。


「お前、ジェットチビから、何か聞いてないか?」

「あ?チビがどうしたってんだ。さっきから、一体何の話だか——」



「奴が、日魅在進が、集合時間に現れん」



 それを聞いて、乗研の中で、違和感が一つに繋がった。


「軽々しいようでいて、責務や約束には真面目な奴だ。何の連絡も寄越さず、無断欠席など、考えられん」

「………」


 少しの逡巡の後、厄介事に巻き込まれるのを承知の上で、彼はニークトに聞いた。


「寮には?」

「何?」

「寮には聞かなかったのか?」

「バカが。聞いたに決まってるだろ。聞いた上で、外出記録はあるから、寮からは出ていると言われ、それでこうやって困り果ててるんだよ」

 

 ああ、やっぱりだ。

 予想通り、面倒な事態だ。


「俺は昨日の夜から、いつもみてえに外泊だ」

「……それは、寮を借りている意味があるのか?」


 尤もな疑問だが、今見るべき問題はそこでなく、


「聞けよ。昨日の夜から、だ。チビは俺が出て行った時も、部屋に居て、普通だった」

「そうか…」

「だが、」

 

 あの、クソいけ好かない寮長。

 似合わぬ殊勝さを出して、訪ねて来た生徒。

 その横に居た、もう一人。


「その時チビに、万の野郎が会いに来てやがった」

バン……バン西白シーパイか!?」

「そうだ。お前らがこれから戦う、あいつだ。一緒に確か、朱雀大路とか言う奴も居た」

「朱雀大路……!何らかのくらましの使い手だと思っていたが……まさか…!」

「例えばの能力の使い手だとすると、掛かった方もパーティー以外には隠すだろうな。自分だけその初見殺しに引っ掛かるのは納得いかねえ上に、見せられるのは願望か、それとも絶望だ。自身の弱みを曝け出すに近く、聞かれたくもねえだろうよ」


 成程、戦力を潰しに来たか。

 確かにあの少年は他者に対し、無条件に負い目を抱いている、そんな奴だ。

 大人相手ならまだしも、「仲良くしたい」と近付いて来る、同年代を疑えるとは、到底思えない。


「その推測が当たりだとすると、“特異窟及び潜行行為に関する法”、第五条違反だ!丹本ディーパーの基本原則だぞ…!」

「バレねえ計画があるんだろうよ。例えば、学園の管理者、少なくとも担当教師を味方に付けている、だとか」


 彼の嫌われ具合を思えば、有り得ない話ではない。

 カミザススムが不正を訴え、魔力や魔法を使われた痕跡を検査する事になっても、調べる側か裁定側を抱き込んでいれば、何の問題も無かった事に出来る。


「くそ…マズいな、どうする…?早急に何方どちらかに対処しなければ……」

「あ、あの、それなら乗研先輩にお願いが…!」


 何かを求めようとした詠訵が、そこでスマートフォンの着信に気付き、応答する。


「もしもしごめんお母さん、今ちょっと忙しいから、また後で……え?何言ってるの?……ど、どうして…!?ちょっと!お母さん、待って!話しを聞いて!そんなのやめてよ!ねえ!」


 そこで通話が切れたらしく、耳から端末を離し、画面を見詰みつめて呆然としてしまう。


「おい、見世物女、何があった!おい!」

「誰かが……」


 その「誰か」に、おおよその見当が付いている言い方で、彼女は続ける。


「誰かが、私の両親に、校内大会の事で、何か吹き込んだらしくて……」

「何?」

「両親は、私が死にかけてから、出来るだけ危ない事して欲しくないって言ってて。だから、私、心配掛けると思って、ちゃんと大会について、事前に説得してたんです。これだけ万全を期してるし、過去に死亡事故も無いから、大丈夫だって」

「……それで、親御さんは何と?」


 教室の中から出て来ていた、パンチャ・シャンが先を促す。


「納得してくれた、筈だったんです。でも、今朝になって、私が家を出た直後くらいに、明胤の先生から電話が掛かって来たらしくて……。その話を聞いている内に」

「不安が大きくなって来た、と」

「学園に、私を参加させないよう、今からお願いするって、言ってました」

「学園側としちゃあ、流石に無視、ってわけにはいかねえな。少なくとも、お前と親御さんの間で、話が付くまでは、参加を許さないだろうぜ」

「どこまでも…!何処までも、徹底している…!」


 ニークトはその場で苛立ちそのままに、通路を左右に行き来していたが、


「乗研竜二!」


 そこで止まり、向き直って、


「頼む」


 頭を下げる。


「お前の部屋に、日魅在を起こしに行ってくれないか?シャン先生と、詠訵も同行させるから、奴を捕らえる魔法が呪い系列であっても、解除出来る。シャン先生!詠訵の男子寮入室許可をお願いします!」

「ああ、それはこっちで何とかするが…」

「待て待て待て、俺はまだ一言も、行くとは——」

「そして乗研、もう一つ」


 ニークトは、姿勢を一切変えずに、


「次の試合、お前も出場してくれ。戦わずとも、人数合わせでも良い」

「は?」


 これには乗研も、本格的に困惑した。


「おいコラ、算数は苦手か?チビが起きて合流すりゃあ、それで人数は足りてるだろうが」

「足りてねえんだよ」

「あ…?」

 

 分かり切った話だと思っていた彼は、

 シャンの言葉に、



「トロワの奴も、現れてねえ。あいつの方でも何かあったらしいが、そっちは手掛かりナシだ」



 その包囲網の、

 無慈悲さを知った。

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