113.そこをなんとかどうにかこうにか part2
「別に意地を張ってるつもりはねえがな」
「張ってるじゃないですか!今からでも、“
悲しみと焦りと怒り、それらが混ざりこんで判別が困難だが、
この声は多分、担任の星宿先生だ。
「必要ねえ事をやらない、つってるだけだろうが。どうして『意地』なんて話になるんだ?」
「だから、それが——」
「それに、ジジイは…ボスは、そういう
「そんなの、精一杯お願いしてみないと——」
「あと、お前はアイツの立場の、微妙さも分かっちゃいねえ。『一定水準』以上?それじゃあダメだ。それで日和ったら、遠からず国はアイツを放り出す。もっと、言い訳も言い掛かりも利かないような、明々白々歴々とした何か。そういう実績を示さなけりゃ、世間は、いや、世界はアイツを認めない」
「この前のギアーズでの一見で、世論は傾きつつあります!それでいいでしょう!?」
「傾いてるだけだ。世論なんてのはな、一個スキャンダルを投下してやれば、真偽問わずに引っ繰り返るぜ?マイナスを打ち消す事は、無限に面倒だってのにな」
「だとしても、そうだとしても——」
——カミザススムに、あなたの生死を賭けるなんて!
は?
え、
何の話?
「そうまでする理由が、ありますか!?」
「おいおい、そいつは大袈裟だぜ?賭けてんのはキャリアと、ディーパーって肩書くらいだ」
「あなたの場合、同じ事でしょう!?」
は?は?
………は?
どういう事?
なんでそんな話になってんの?
「そうだとしても、未来ある若者の為に散るなら、良い晩節だわなあ」
「はぐらかさないで!真面目に答えて下さい!」
「別に惚けてるつもりはねえがな。偽らざる本心だ」
「本気であのカミザススムに、それに相応しい程の価値があると——」
「おいミツ、そいつは
そう言ったシャン先生の声が、
俺の許にも冷たい表情を運んできた。
「あ……」
「ミツ、教師が生徒に序列を付けるなぁ、良くねえだろ?」
「シャン、先生……」
「
「それでもよ」、声が、空気が幾分か和らぐ。
「少なくとも俺達に助けを求めてる生徒を、『誰々だから』ってシャットアウトするんじゃねえよ。熱心な二人が居て、こいつは助けてこいつは助けない、それはおかしいぜ?助けるにしろ見捨てるにしろ、同じ行いには同じ物を返してやるべき。だろ?」
「ま、最近までサボってた俺が教師を語っても、カッコつかないんだがな」、言いながら軽く笑った事で、ようやく気圧が元に戻った。
「走って届く範囲に、手を伸ばしている奴がいりゃ、それが誰であろうと、色々放り出して向かいたくなっちまう。俺は、そういうバカってだけだ」
「………」
「それに、アイツの努力と成長は、お前も見ただろ?それ程の熱意に、何も返さない。それがお前の、教師としてのスタンスか?」
「………分かってます。人として正しい事が何なのか、っていうのくらい」
「でも、」星宿先生は、今にも泣き出しそうに聞こえた。
「でも私は、生徒の頑張りに報いたいのと同じように、恩師に貰った分だけでも返したいって、そう思います。思わずにはいられません……!」
「そいつは……、俺が生き急ぎってだけだよ。悪いな」
「謝るくらいなら、行動を改めたらどうですか……?」
「俺に返し損ねた分が出たら、お前の生徒に還元しといてくれ」
「………ふん!」
「誰も『恩師』が貴方とは言ってないですよーだ」、その音がこっちに近付いて来たので、俺は慌てて隣にあった扉に隠れた。
「こいつは一本取られたぜ」、シャン先生は部屋の中からそう声を掛け、星宿先生が去った後も、暫く教室に残っていたが、数分後に出て行った。
「き、気まずい……」
気まずさが爆発してつい引っ込んでしまった。
それにしても、俺の編入にあたって、想像を超えるゴタゴタがあったらしい。
まさかシャン先生の将来が、俺の活躍度合いに掛かっているとは。
一気に頭が冷えた。
正直校内大会に関しては、成績が上がる事はあっても、下げられる事はないから、「やれるだけやってみるかー」、くらいの軽い心構えだった。
しかし、事はもっと切迫しているらしい。
俺の編入は、シャン先生が莫大な対価を担保として差し出し、それでやっとこさ薄氷の上。俺がちょっとでも期待値を下回ると、シャン先生が責任を取る形で職を失い、後ろ盾の無い俺も一緒に蹴り出される、なんて悪夢が、実際に起こるかもしれないのだ。
と言うか、そう簡単に元チャンピオンを手放すなよ。丹本の宝だろ。何考えてんだ?
いや、簡単なつもりは、実は無いのか?
俺の事を、逆に高く見積もり過ぎてる?
明胤学園の、運営に携わる大人達の中でも、俺を嫌ってるのが主流派なの?
チャンピオンがディーパー辞めるくらいじゃないと、将来を計る事すら、考えて貰えないのだろうか。何とも気が沈む話である。
「ど、どうしよう………」
途端に不安になってきた。
どの程度勝ち進めば、相手が納得するのか分からないし、初戦敗退なんてした日には、即日退学も現実的なのでは?
悪い方にばかり想像が広がる。
そのままじっとしていても、マイナス思考はどこまでも深まってしまうだろう。
だったら、一旦は身体を動かして、脳内をシンプルに整理するのが良い。
「やるか、やられるか」、といった具合に。
そう思って、早速ダンジョンに潜りに行こうとして、
「あっ、」
自分がわざわざ取って返した理由を思い出し、教室のドアを振り返って、
「鍵が閉まってやがる………」
無事にその場でくずおれてしまった。
で、今日のこの状況に繋がるのである。
そう、お忘れだっただろうが、ここまでは回想だったのだ。
こっからが本題です。
裏話を耳に挟んでしまった俺は、落ち着きを失い、大いに慌てた。
何かできる事は無いか?このままでウチのパーティーは勝てるのか?複数回の連勝が成り立つか?やり損ねた予備の手が、あるんじゃないか?マジに明胤から追放されるとしたら、その前にやる事はなんだ?
そういう事がドンドン浮かんでしまっていた俺は、何をどうするという計画性も無く、ただ一つでも多くの事をやろうと、褒められたものではないテンパり方をして、せかせかと方々を廻り、
乗研先輩との対話の成立に、なんとかトライする、という無鉄砲なアイディアを実行してしまった。
「暑苦しいノリに付き合ってらんねえ、っつってんだ」
「お、思うところは色々とあるでしょうが、でもやっぱり、なんか惜しい感じがするんでスゥー……!」
「は!『惜しい感じ』ィ?テメエは俺の実力も人間性も知らねえじゃねえかよ。どの口でそんなペラッペラな言葉を吐いてんだ?」
「こ、この、何も知らない人間の口ですね……」
「ァア!?」
「ひぃッ!?」
コワイヨー!
やっぱりちょっと後悔し始めてます!
「喧嘩売ってんなら言い値で買うぞコラ!」
「そ、そうじゃなくてですね!」
何も知らないから、
「お、俺は先輩の事、ほとんど何も知らないから、出来れば知りたいって話です!」
「……ハア?」
サングラスのせいで目が合わず、表情が分からぬぅ。
どういう心情の「ハア?」なんだろう。
「知るか。テメエの自己中な願望じゃねえかよ」
「そ、そうですね。その通りです。『俺が』、先輩の事を知りたいし、その生き方を理解したい、って言いますか。まあ完全に俺からの要望です。ただ、出来れば、聞いてくれたらなあ…?って………」
「よく言うぜ。不測の事態に備えて、ベンチを充実させておきたいだけだろうが」
「………え?」
「え?」
え?
………??
………………ああっ!
「もしかして、乗研先輩、勘違いしてます?」
「は?何の話だ?」
「あの、俺はただ、お話したいなー…、って感じで、先輩に無理に、校内大会に出て貰うつもりは………」
「はぁア゛!?」
「ひぃぃぃすいません!俺の言い方がややっこかったです!」
凄んできた乗研先輩だったが、すんと落ち着くと、口を真横に伸ばしながら、
「分からねえな。それでテメエに、何の得がある」
おお、なんかボールが返って来た。キャッチボールが成立したぞ。
「いやあ、明胤学園とか言う、来られる筈がなかった場所に来て、会える筈がなかった人に会って、随分運が良いな、って自分でも思うんです。でもそういう出会いを、一々恐れて、殻に籠ったままだと、結局大した意味が無いように思っちゃって……」
カンナも居る以上、俺の中での学園の価値とは、世間的に認められる学歴、それだけだった。
だけど最近、そこでしか会えないような人と、知り合って顔を合わせる事。それこそ、最大長所だと、思い始めたのだ。
「学園に通う」という強制は、時に牢獄にもなるけれど、思いも寄らない邂逅を、運んでくれる風になる事もある。
「その、最近ちょっと色々あって、校内大会の結果次第で、学校に居られなくなるかもって……、あ、これは単なる個人的な不安で、『そういう事が決まった』って話じゃないんですけど」
先生達が言ってた事が、どこまで表沙汰にして良い事なのかも分からないし、確実にそうなるとも言い切れる物じゃない。
「まあ、その、大事な試験前って、色々足掻きたくなるものじゃないですか。それで、もしも本当に、大会でズッコケて、学園に居られなくなっちゃったら、その時に感じる後悔は、出来れば小さい方が良いよなーって」
だから、今の間に、この学園で出来る事で、まだやってない事は無いだろうか?なんて考えていたら、
「そう言えば、ルームメイトにまでなった人と、まともに会話してないなー、って……」
「それで、俺と話してえ、ってか?」
「はい!何の学びもないままお別れだと、勿体ないですから!折角なんで!」
精一杯ニコニコ顔を作って、「よろしく!」という開けた態度を取ったつもりだが、
「………なんだお前?」
どうも、先輩からすると、お気に召さなかったらしく。
「どけ」
洒落にならないくらい、地の底めいた低い声で言われてしまったら、俺もぴょんと跳んで従うしかなく、
「二度と俺に話し掛けんな」
背中を向け、そんな言葉を投げつけながら、出て行かれたら、
今更取り付く島なんて、もう見当たらないわけで。
やはり、どうしても感じてしまう恐怖を、見透かされたのだろうか?
うーん、残念だけど、乗研先輩と仲良くなる為には、もっと時間が必要な気がする。
その時間を得る為にも、校内大会では良い成績を残さないと。
パタンと閉まる扉を見ながら、
俺は決意を新たにするのだった。
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