53.ま た 会 っ た な part2

 詠訵に続く事、歩いて10分くらい。

 学園の北東部、第3号棟。

 軍の研究施設として使われていた建物の一つらしく、味も素っ気もない、3階建ての四角い外観である。

 別に「人体実験」とか「化学兵器開発」とか、そういうおどろおどろしい曰くは無いが、戦後80年近くにもなって、改修と補修だけで生き残ってきたそれは、独特の淀みを感じさせる。まあ、先入観マシマシの感想だから、当てにはならないけど。


「最近思ったんだけどさ、こういう建物とか学校そのものとか、クリスティアは何で壊させたりしなかったんだろうな?ボロ勝ちに近い勝ち方して、こっちから『許して下さい』って言われてる立場だったのに、優し過ぎない?当時の丹本って世界の敵だったわけだし、もっと技術力とかを削ろうって、思わなかったのかな?」

「どうなんだろうね?当時から旧ナ連の台頭と対立を、予見してたのかもしれないし、それとも案外、丹本に抵抗されたくなかった、っていう可能性もあるよ」

「え?でもあれは勝つだろ、どうやったって」

「戦ってる当人は生死が懸かってるし、国としても長引けば損になるだけで、なのに深級ダンジョンを囲んで徹底抗戦なんてされちゃったら、大変でしょ?」

「それは…、確かになあ」


 ダンジョンを枯らす勢いでコアを獲りまくって、それを武器に粘る、なんて心中戦法を実行されたら最悪だ。面倒だし勿体ない。勝ってもダンジョンの無い貧弱な荒野、万が一撃退されてしまったら、それまでの戦力投入が全て無駄になる。


「それに、いきなり新規で、たくさんのダンジョンを管理しなきゃ、ってなるのも、それはそれで困るんじゃない?だったら、元々そこに居た人達にやらせて、利益だけ搾る方が楽だし。

 後は、例の爆弾を落としたせいで、ダンジョンが変質しちゃうかも分からなかったんだと思う。何が起こるか腰を引きながら観察して、有事の時には丹本を最前線に立たせて、解決させるつもりだった、とか?」

「あー、“不可踏域アノイクミーヌ”みたいになってた可能性もあるよな、アレ。ゲームとか漫画とかと違って、勝った負けたじゃ、終わらないもんだな………」


 質の良いダンジョンを持つ丹本相手には、ある程度譲歩した落とし所を用意しておかないと、損失しか生まれない。そういう判断があったのだろうか。



 といった雑談はさておき、建物内にあったのは、何の変哲もない部屋と廊下だけである。入って正面の階段には目もくれず、迷わず右手の扉へ進む。

 そこにあった、病室みたいなスライド式ドアの前で、彼女は立ち止まった。「新跡開拓部」というプレートがあるから、ここが部室なのだろう。

 さあ入るか!となった所で、何故か詠訵がためらっている。いや、慎重になっている?

 そお…っと扉を引き、小さく開いた隙間から、中を窺っているみたいだ。

 なんだ?と思っていると、


「ごめんカミザ君。先に私が色々と確認してくるから、ちょっとだけ待っててくれると嬉しいな」


 なんて言い始めた。

 俺としては何も問題は無いが、詠訵の側に何か不都合があったのだろうか。日を改めようか、という提案を聞く前に、彼女は入っていってしまったから、俺は大人しく外で待つ事にした。


 運動部か、それか格闘技系の部活だろうか。ランニングの掛け声が聞こえてきた。

 この建物は、新開部以外には何に使っているのだろうか?魔具作りとか言ってたから、もっと鍛冶屋とか製鉄所みたいに、金属音がいるものだと思っていたけど、実際は静かなものである。

 手持ち無沙汰で待っているのもなんだし、カンナも退屈そうだったから、お手洗いの場所の確認がてら、反対側のドアも見に行ってみる。

 こっちにもプレートがあった。「白取研究室」。白取さん?誰だったっけ?試験対策として、教師陣の情報は一通り調べたと思ってたんだけど、そんな人——


「ああ!お前は!」

「あー!お前は!」


 背中にぶつけられる、二つの声。

 もう99%確定だけど、一応ちゃんと振り返って、顔を確定させる。

 ………うーわ、最悪だよ。


「何ですか?先輩?こんな所にまで粘着して、そんなに俺が嫌いですか?逆に好きですか?」

「な、ふざけんな!お前がオレサマの行く先に居たんだろうが!このチマチマ小人コビトローマン!何故ここに居る!?」

「低身長の何が悪いんですかあ!?図体ばかりあっても、ぜい肉メインなら意味ないですよねえ!?ぶくぶくデブ先輩!友だちの紹介です!」

「ただでさえ心許ない攻撃力が、軽い体重のせいで余計にゴミ同然になってるだろうが!見ただけでお前が弱いって分かるぞ!この足切り未満ローマン!友達ィ!?…まさか新開部に入ろうと言ってんのかあ!?」

「パーティは組めたから、素早さメインのかく乱型Pポーンなら通用するだろうが!役割分担ですよ!視野が単眼レベルに狭いんですかあ!?無駄部位一杯先輩!その『まさか』ですよ!まさか先輩も新開部ですか!?」

「それで?他の奴が倒してくれるのを、口を開けて待ってるのか?いいツラの皮だなあ!?このヒモガキローマン!当然だろう!オレサマ以上にダンジョンに選ばれた男が何処に居る!?」

「当面の話に決まってるだろ!俺の向上心ナメクサり過ぎですよ!メタボ児童先輩!そのふくれた自信はどっから——」


「ちょっ!カミザ君!?先輩!?二人とも待って!」


 俺達の口論を聞きつけたらしい詠訵の声に、ストップを掛けられる形での停戦となった。


(((あれ、終わりですか?残念です。あと十六小節くらいは、聞いていられましたよ?)))

(別にラップバトルしてるんじゃないからな?)


「せ、先輩。どうして今日に限って部室に来てるんですか」

「オレサマの尊顔を定期的に見せてやれば、自分達が所属する部が、如何に名誉な場所なのか、忘れる事もないだろう?」

「インゲン栄養な事ッス!」

「イン…?……、!“大変栄誉な事”だ八守ィ!」

「それッス!ひれ伏すッス!」

「自分に『尊顔』とか言うなよな」

「何か言ったか!?」


 こいつらうるせえ!ボリュームを絞るという能が無いのか!?

(((先程の御自身を、思い返してみては?)))

 はい、すいません。俺もうるさかったです。


「見世物女ァ!ローマンを新開部に入れようとしていると言うのは本当か!?」

「はあ…、こうなるから先輩が居ない間に、話を通したかったんですよ」

「認めん!オレサマは認めんぞ!こんな三下を!四流を!落伍者を!オレサマと同じ部に所属させるなど!それ以前にお前は明胤を去れ!出来得る限り最速でだ!」

「良く知らないけど、先輩にそれを決める権限あるんですか?」

「ある!オレサマにはある!」

「ないでしょう!?嘘つかないでください!」

「五月蠅い黙れ!これ以上オレサマに従えないと言うなら——」


「言うならどうしますか!?ルカイオス君!」


 そこで現れたるは、

 えー………、

 何だこの人。

 防護服と言うか、宇宙服と言うか、そういう格好の人間が、「白取研究室」側のドアを引き開けた。


「私は嘆いています!ええ!残念ですとも!ルカイオス君、貴方が!私から!探求の機会を奪ってしまうかr………ゲホッゲホッ!失礼」


 全身から伸びるチューブが、左右対称に配列されて、ボンベだかコンテナだかを背負い、フゴーシュゴーと荒い息を吐く。そんなに苦しげにするなら、もっと省エネな動きをすればいいのだが、仕草は一々芝居掛かって、喉を酷使して声も張る。


「し、白取しらとり先生………」

「白取先生!こいつに深掘るだけの価値があると思われますか!?」

「ありますよ!ええ!ありますとも!彼にはこの学園内に居て頂きたい!そして叶うならば!是非とも我が新開部に所属頂きたい!」

「しかし…!」

「ええ!分かっております!『認められない』!それも貴方の個人的感情で!違いますか?」

「それは、」


「違いますか?」


 その部分だけ、トーンが急降下した。

 わけの分からない奇人が、一瞬間だけ、底知れぬ化け物の畏怖を放つ。


「………その通りです」


 うお、あの高慢ちきボンボンが引き下がってる。凄いな、これが明胤の教職員か。


「貴方が不満を持っているのは分かりました!いいでしょう!提案があります!ええ!きっと気に入るでしょう!やんごとなき家系に生まれ、高貴の身、圧倒的強者として生きる貴方になら、必ずや受け入れて頂ける筈!」

 

 あっ、待って、これ嫌な流れだ。この感じ、無茶振り前の空気に似てる。


「ルカイオス君!模擬戦ルールで彼と決闘しなさい!貴方は勝てば新開部の門戸を閉ざせる!私は彼の力を手っ取り早く観察出来る!彼は勝てば反対を押し切る機会を得る!ウィン-ウィン-ウィン!うぃぃぃぃいいゲホッゲホーッ!」


 ああ、やっぱりそうなるのね。

 なんか、分かってた。

 話の流れと場の空気的に、「通りたくば倒してから行け」、みたいな感じになるの。

 いや俺部活見学の段階なんだが?まだ入るとは一言も——


(((ススムくん?)))

(……話を聞こう…)

(((私は大層、この集団に興味が湧きました)))

(はい、そういうわけで?)

(((次の課題です。決闘でその青年に、勝利しなさい)))

 はい知ってた。娯楽に飢えたカンナが、この変人を放っておくわけがなかった。

(((ススムくんは私から、楽しみを奪ったりなんて、しませんよね?)))


 「期待してますよ?」、クスクスと袖の陰で笑うカンナ。

 「不本意だ。無駄な時間が必要になった」、勝つ前提でキレてるニークト。

 「えっと、ごめんね?」、申し訳なさそうな顔も可愛い詠訵。

 「ああ!楽しみです!ゲホゴホッ!」、元気なんだか死にそうなんだか分からない白取先生。


 そうだな…。

 この先輩が、どれだけ偉いのかは知らないが、

 俺の積み重ねと、「強くなれる」と保証したカンナと、信じてくれてるリスナーのみんなやじいちゃん、

 彼ら全てを、馬鹿にし過ぎだ。

 配信者とその視聴者自体を、下に見てるところもあるし、


 実は俺だって、本気でムカついてる。


「分かりました、受けて立ちます」


 丸々とした「ご尊顔」とやらが、ボッコボコのボコになって、倍のデカさに腫れ上がるのを、楽しみにしてればいいんだ!この雪だるま体型め!


 流石にこれを、面と向かって言う勇気は無かった。

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