28.ここまでしっかりコケるのは久しぶりな気もする

「ぐぅうううう……!」

(((公共の場で、出てはいけない声が、出ていますよ?)))

 いや、だってさあ、だってさあ!

「あんなのアリかよ…、殺し合いのやり方が、いきなり近代化してんじゃん……!」

(((治療代、足りて良かったですね)))

「その前に死ななかった事がラッキー以外の何物でもないよ…」

 

 治癒系の魔法の使い手に、有料で看て貰えるサービスがある。国から許可を貰っているダンジョン管理事業所には、必ず一人はその為の人員を常置しなければならない。

 普通の医療機関と比べ、速く、確実で、効果も覿面。

 回復系ビショップに伝手の無いディーパーにとって、現役を続ける為にも不可欠な施設。そのせいで割高、どころか足元をガン見されるのだが、まあそれを含めて適正価格だ。

 だから、足の怪我の方は、取り敢えず解決したんだけど…


「どうすりゃいいんだよ………」


 帰りの電車内で、顔を両手で覆いながら、ついついボヤいてしまう。

 見敵要員と遠距離要員、そしてそれらの盾となりつつ炙り出す役も居て、更に即死させなければ、素早く回復係が飛んで来る。組織的な連携やめろ。なんでいきなりガチガチなんだよ。

 閃光ボールを使う手は……でもあれ自分も目を閉じなきゃいけないから、音響ボールと比べて使い勝手悪いんだよな。それに、あそこを越えても6層以降が残ってる。何個持って行けばいいんだ?結構、かなり高いんだぞ?いや、目くらまし程度じゃ、すぐに誤魔化しが利かなくなるな。

 弾切れは…、駄目だ、M型の弾丸は魔力で作られてる。そう簡単に底をついたりしない。


 じゃあどうするのか、そこから思考が進まない。


 いや知ってたよ?元々あの階層に到達してる人って結構いたし、それこそ配信とかで「ふざけんな死ね」って何度も言われてたから、そりゃあ警戒はしてたよ。

 でも、ここまで手も足も出ないとは…。ちょっと、複数人のチームで得られる利点っていうものを、軽く見ていた節がある。向こうは優先順位となく、俺一人を狙えばいいっていう局面が、こんなにも不利盤面になるとは。敵がしっかりとした“連携”を成立させたことで、ソロの壁を視認できるようになってしまった。


 それは元々あった。ただ、気付いてなかっただけだ。

 昇ってる時は、少し険しい道にしか見えなかった。実際そこに着いてみてやっと、超えられない断絶が、足下に広がっていると気付く。


 ああもう、何の解決策も示せないまま逃げ帰っちゃったじゃん。見てくれる人達の期待に応える、ってやる気出した直後にこれだ。失望させただろうなあ。

 馬鹿にされ続けるより、褒めてくれた人を裏切る方が、より深く精神にクる…。


 このまま行けると思えてた分、振り出しに戻された時の落差がこたえる。

 築いてきた人気が、信用が、崩れ去る音がする…。

 少しばかり無謀でも、あのまま玉砕覚悟で、前進し続けるべきだったかな…?そうすればまだ誠実だっただろうか。

 でも何の意味も見せ場も無く死ぬのが、目に見えてるんだよな…。俺が命を捨てただけで、あれを殲滅できるイメージが湧かない、と言うか。

 

 分かんねえ~。

 あああああああ~………、もおおおぉぉぉぉ………。

 詰むにしても、折り返し前だぞ…?何が史上初のローマンによる魔力操作だ。まるで役立たずじゃねえか。


(((ほぉら、余計な思考は、時間の浪費、ですよ?続きをどうぞ。しっかりと覚えなさい)))

 う゛、こんな時でも、この人はきっちりしてるね…。

(((無論です。自身の非才を嘆くのならば、それを補う術を模索する方が、遥かに建設的、と言う物でしょう?)))

 容赦が無さ過ぎる。今だけは、こう、もうちょっとソフトにお願いできないかな…?


 俺は渋々、歴史の教科書を読む作業に戻る。

 時刻は午後三時過ぎ。平日のこの時間だと、普通に座れてしまう。いていたお蔭で、俺のひとごと、と言うか苦悶の声が聞こえる程、近くに人が居なかったのは、不幸中の幸いだ。

 本当は配信外の稼ぎ優先タイムも含めて、あと3時間は潜っていたかったのだが、少なくとも今日中は安静にしろと、治療係の人に注意されてしまった。

 今日の稼ぎどころか、ここ数日分のプラスが吹き飛んだのに、スゴスゴ帰らざるを得ない。これがなかなかのストレスなのだ。収支割れしたディーパーは、真綿で首を絞められるような、そんな焦りに苛まれる。


 気だけが急いているから、文字の上を目が滑り、頭を通り抜けて耳から出て行く。



——1467年からの十数年間における甲都は丹本史の暗黒時代とも呼ばれこの間に起きた事についての記録は文字・絵画と媒体を問わず一切が失われているその後が戦禍と混迷の時代であることを含めて考えればこの空白には大きな戦乱が入るという説が有力だが仮定の域を出ない一説によると戦場の主役が重装の武士から足軽と呼ばれる軽装兵となったのもこの頃の話であるとされ——

  

(((はいそこまで)))

 目の前の文字列を、風に揺れる柳のような、緩やかで流麗な手指に遮られ、それで我に返った俺は、居住区への最寄り駅を乗り過ごした事に気付く。

(((仕方がありませんね……)))

 気まずい思いで顔色を伺う俺に、

(((少しだけ、何も考えずに休みなさい)))

 意外な程あっさりと、カンナが折れた。

(((今の貴方では、何をやっても時間の無駄です)))

「カンナ、ごめん、おれ、その」

(((そんな顔をしないで下さい)))

 彼女は呆れたように、窓の外へ視線を投げる。

(((この程度の不具合で、見捨てたりなど、しませんよ)))

 世間はアランティーヌデーだなんだと浮かれ、ハートマークやチョコレートを前面に出した広告が、景色の中を流れていた。

(((いつまでも、ままでは、いのでしょう?)))


 それでも、いつもみたいに笑ってくれないし、目も合わせてくれないんだな、なんて、


 自分でもイラつくくらい、

 女々しい不平が浮かんでしまった。

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