24.スカウト(追い返さないとは言っていない)

 復帰配信から一週間が経った。


 装備が充実してきたこともあって、元の深さくらいまでなら潜れるようになったし、中級の四層以降も、前以上に現実的な範疇となってきた。これまで上着は、G型の皮を使っていたが、思い切って防刃パーカーと多収納ジャケットも買った。逃げ隠れの方向性を捨てる、という覚悟の為、形から入った。


 毎日のように潜りつつ、配信も続けていた成果なのか、はたまた初日のトラブルの反響がまだ残っているのか、予想されていた程の視聴者数の落ち込みもなく、登録者は10万人を突破、同時接続は1~2万くらいを推移といった状況だ。平日の昼間でも万越えするのは、我ながら良い感じに波に乗れていると思う。

 と言うか、応援コメントの比率が目に見えて上がっており、以前よりも波が大きくなっているようにすら感じる。これから自分がどうなるのか、ちょっと俺にもよく分からない。10万人なんて、本来俺のような個人の配信者で、簡単に行くような数字ではないのだ。勢いが怖い。


 そういった背景もあり、今を維持する為にも、そろそろ中級四層以降の攻略を本格始動させるかあ、などと考えていたある日の朝。

 その封筒が郵便受けに突っ込まれていた。


「え、なにこれ?『特別奨学金制度対象者認定のお報せ』?」

 

 え、ほんとにナニコレ。

 「明胤学園高等部」とかいうロゴが入ってるけど……


「え゛、明胤みょういん学園!?ってあの!?」

(((「専業潜行者、そして成功者への道に最も近いと言われる、名門育成機関」、ですか。御大層な能書きですね)))


 どうやら俺の記憶を参照したらしいカンナが、食パンにブルーベリージャムを重ね塗りながら、「何を大袈裟な」と鼻で笑っているが、俺からすると一大事である。


 大学を除き、国が最も資金を注ぎ込んでいるとされる、一流学校機関。小・中・高とエスカレーター式であり、幼少期の時点で才能が認められていないと、そもそも入学が許されない魔境。稀に編入者を採ることもあるが、その条件も極めて厳しく、話は上がれど実際に通ったという例はほとんどない。

 極端な実力主義で、教師陣にも現役のグランドマスターやら引退したチャンピオンやら、そうそうたる顔触れが並べられている。

 前も言った通りディーパーとは、生産者からスターまで、幅広い活躍が可能な職種だ。その上でこの学園の卒業生というプレミアが乗っかれば、進学も就職も安泰となること間違いなし。あらゆる企業の学歴フィルターと書類選考を貫通する、とまで言われているくらいの、規格外な学校なのだ。

 まあ「規格外」と言いつつ、同格が他にも2つくらい存在するし、海外に目を向ければ、上には上があるものだが………。


「でも国内トップクラスな事は間違いないし、そんなところから奨学金がどうとか言われるなんて…」

(((文面に目を通した上での所感ですが、編入試験に挑戦しないか、という勧誘、のようですね。試験と、入学後の学業、それから実技面において、優秀な成績さえ収めていれば、入学費用や学費その他を、学園側で負担して頂けるようです)))

「ええ~、ガチめに意味わかんないんだけど。最近名が売れ始めただけのガキに、ちょっと厚遇過ぎやしない?」

(((ふむ、考えられる相手方の意図としては、幾つか候補がありますが)))


 そこでカンナはパンを頬張りながら、少しだけ考えるような仕草を見せ、


(((これが「編入」へのお誘いではなく、「編入試験」へのお誘いであるのが、事態を複雑にしていますね)))

「と、言うと?」

(((例えばススム君の配信を見た何方どなたかが、それだけでススム君の隠れた才を見抜き、どうしても欲しくなった、と仮定しましょう)))

「俺にそんな物が!」

(((「仮定」です、調子に乗らないで下さい十点減点)))

「はい」


 そこまでキツく言わなくてもいいじゃん。


(((ただその場合、何故直接編入という形を取らず、試験を受けさせるという段階を挟むのか、という理由が不明になります。そこでススム君が十分な点を取れなければ、手に入れたい才人を見す見す逃す、という事になりますから)))

「そういう試験を受けないと入れないシステムだから、形式的なものだけは受けて欲しい、とか」

(((其れが此方こちらにとって、最も有難い可能性ですね)))

 なるほど!

「ってことは違うかあ」

(((そう考えた方が良いでしょう)))


 俺にとって都合の良い方には転がらない。これ常識。


(((そこで懸念されるのが、この編入試験、寧ろ貴方を落としたいが為に、用意されたと考える事が出来る、という点です)))


 落としたい?


「いや、それこそ行動が矛盾してない?そもそも入学させたくないなら、俺にチャンスを与える事すらしないだろ?」

(((相手が個人なら、その理屈も通ります。然し、今我々に選択を迫っているのは、学園という組織、集団です)))

 「人が三人居れば派閥が出来る、よく言うでしょう?」、パンを食べ終わり空になった両手の指を、一本ずつ立てて見せる。


(((此処に二つの思惑があります。まず一つ目、illイリーガルモンスターと出会った直後に、魔力操作に目覚めた漏魔症罹患者、という珍しい検体を調べてみたいと考える者達)))


 俺を囲い込みたい連中。


(((もう一つ、漏魔症への嫌悪感からか、単純に戦闘能力において将来性が見えないからか、日魅在進と関わりたくない、そこに資金と時間を投入するのは無駄となる、と考える者達)))


 俺を弾きたい連中。


(((この二つのせめぎ合いの結果、「機会は与えるが門戸を広く開く事はない」、そういった折衷案で落ち着いた)))


 これが、考えられる上で、最も強く逆風となるシチュエーション。

 基本は歓迎されておらず、それを跳ね除けて入学出来たとして、モルモットとしての価値しか見出されていない。


(((如何します?無難に見送りますか?記念受験くらいは、経験しておきますか?)))


 カンナは今日も楽しそうだ。

 何を選んでも何処かが苦しくなるような、そんな選択肢が来る度に、嬉々として俺に、俺の意思で、選ばせようとしてくる。

 俺は考える。

 明胤学園の教育は、座学でも最先端を行く。中学すらまともに通えていない俺が、着いていけるレベルだとは、到底思えない。あと一年で、そんな学校の、「極めて難しい」とされる編入試験に挑み、俺を採りたくない奴らを黙らせるくらいの、圧倒的な成績を叩き出す。

 まず不可能だ。奇跡的にそれを越えても、待っているのは場違いな者を見る目。俺を実力者と認め、測る人間は、まずいないだろうと、そう断定していい、と思う。


 考えれば考える程、リスクだけはあるのに、リターンは何も保証されていない。初見の印象ほど、夢と希望の溢れた誘いでないことが、どんどん明らかになっていく。



「よし、決めた」


 まあ、でも、


「何が何でも受かってやる」

 

 避けて通る選択は無い。



(((良いんですか?目指すだけ無謀、成し得たとしても冷遇が待つ、そんな茨の道やも、しれませんよ?)))

「それでも、俺が成功者側に行ける、その可能性を1%でも残してくれてるなら、随分良心的な進路だって、そう思うよ」


 要は結果があればいい。何を為そうと、誰も見ていない、何も残せないこれまでとは違う。

 見られている。

 スベったなら、スベったなりの爪痕を刻める。プラスかマイナスか知らないが、ゼロじゃない。

 それに何より、

 守りに入ってそこそこの成功で足りるより、分かりやすい逆境の方がずっと——



「『』、だろ?」

(((然り。其れでこそ我が宿主しゅくしゅ)))



 俺が提供できる物なんて、娯楽だけなんだから。

 俺を嫌いな奴と、俺を研究したい奴がひしめく伏魔殿。

 エンターテイナーとしては、飛び込まなきゃ嘘だ。


「残り一年と少し。それだけの期間で、分かりやすく強くなって、且つ人並み以上に賢くなってやる」

(((好いですね。こういう目標は、実現が不可能に近い程、好い物です)))


 応援してんのか破れかぶれを愉しんでんのか分からないコメントだが、頼もしく感じてしまうのは、きっと俺がチョロいんだと思う。


 よし、それじゃあ記念すべき第一歩として、


「早速配信するかあ!いいネタになるし、俺の逃げ道も塞げるから、まさに一石二鳥だよな」


 特に「内密に」とも書いてないし、それ自体は問題無い筈。

 過去にもリアルタイムで言い触らしてた人が居たらしいし。

 我ながらナイスな提案だと自信を持って、カンナを見上げたのだが、


(((………貴方の其の、破滅的な行動力、つくづく生存に適さないですよねえ…)))


 何故だか死ぬほど失礼な事を言われた。

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