14.え、怖………

 結局あの後、何日にもわたってみっちり絞られた。

 義務教育も終わってないガキが、学校をサボってダンジョンに入り浸り、遂には死にかけた上で、大きなイリーガルに巻き込まれた。

 それはもう怒られた。

 入れ替わり立ち代わり、色んな人間が話を聞きに来ては、説教を残して帰っていった。質問に答えるのは俺の側だったと言うのに、相槌を多く打ってたのも俺だった。


 「配信が切れたのとほぼ同時に気絶して、気が付いたらこの病室に居た。それ以上の事は分からない」、兎に角それで通した。

 時折俺にしか見えないカンナが、揶揄うようにちょっかいをかけてきて、バレないように取り繕うのが大変だった。

 途中から、来訪者が防護服を着けなくなったのだが、そのうちの一人——何故か知らんが俺がローシをギャンブルに使い込んでると思い込み、「ローマン支援の無意義性」について熱弁していた男——の髪を弄りながら、


(((この方、毛根が滅んでいますね。これは作り物でしょうか?)))


 とか言いやがった時は本気で危なかった。こいつ、自分の存在がバラされるのが怖くないのか?

 怖くないんだろうなあ。


 血液検査やらCTスキャンやら、合間合間に体の隅々まで調べ上げられ、1週間程拘束されていた。だが、俺に何の異常も、情報源としての価値も、見つからなかったのだろう。

 俺の立場は、馬鹿な巻き込まれ、それで終わった。

 経過観察の為に通院することとなったものの、家に帰るお許しが出たのだ。

 退院時、ボロボロになった装備も含め、持ち物類を返却された。


 そうして俺は、ローマンの居住区画まで、車で送迎されている。

 俺が何処に入院したとか、いつ出るのだとか、そういった情報は伏せられていたが、万一マスコミに嗅ぎつけられていた場合に備え、誰にも見られないように帰されることになった。

 病院側としても、後から俺に未知の異常が見つかった時、世間に詰め寄られたくないのだろう。目覚めてからの待遇については、徹底して隠してくれと、そう頼まれた。

 いや、それは言葉が正しくない。脅されて、命令された、というのが模範解答だ。


 街はすっかりクリスマスムードだが、俺の内心は晴れやかになんてなれない。

 剣吞な事態に立て続けに巻き込まれて、もしかしたら、もっと酷くなるかもしれないからだ。


(((ススム君の御自宅、ですか。俄かにですが、楽しみになってきました)))

(勘弁してくれ)


 前の座席で寝転がるカンナが、足をパタパタさせている。

 説明しておくと、彼女とのやり取りは、脳内だけでも可能だ。俺が思考の混沌から意思を掬い、言葉の状態にまでまとめさえすれば、彼女が勝手に読み取る、と言っていた。原理について100%分かったわけではないが、頭の中で話し掛ければいい、ということは諒解した。


 と、車が止まる。目的地にはまだあるが、どうしたのだろう?


「すいませんが、ここで降りてください。居住区の入り口に、報道陣がたむろしてまして」


 ああ、そういうことか。

 既に身バレ済みだった上、なんなら住所も特定されてた事を、そこに至って思い出した。ハゲタカ連中が待ち構える場所に、病院の名前が入った車両で突入するなんて、やりたくないのも当たり前だろう。俺と関わったことを、全国に喧伝けんでんすることになるから。


「お世話になりました」

「はいお大事に」


 さして大事にして欲しそうでもない態度で、挨拶もそこそこに去ってしまった。

 いじめられっ子の仲間だと思われたくない、そういう心理は大人になっても変わらないらしい。

 

 俺が降ろされたのはちょっと広めの路地といった場所で、そこから大通りに頭だけ出してみれば、うわあ、カメラやらマイクやらがワラワラ群がっている。マスメディアだけでなく、ネットニュースサイトの取材陣、いや、単なる野次馬かもしれないが、プロアマ問わず押し合っている。俺が今日帰ると、当然のように漏洩したみたいだ。プライバシーもデリカシーも無いじゃんこいつら。

 しかし参った。

 居住区に入るなら管理ゲートを通らなきゃいけない。

 つまり、あの人混みに入らなくてはならないのだ。


(((あれは、関所、ですか。漏魔症を隔離する為の物、ですね?然し何故、未だ機能しているのでしょう?医学的見地から、人同士での感染は考えられないと証明されたことで、漏魔症罹患者への差別的行為は法で禁じられた、と、貴方の記憶にはそうありますが)))

(詳細不明の奇病であることは間違いないからなあ……。ああやって住む場所を分けるのも、「医療行為」だって説明されればそれまで、って寸法なんだ。第一、国がどうこう言ってそういう意識が無くなるなら、誰もここまで苦しんでないだろ)

(((道理ですね)))


 カンナは意外とダンジョン外の事を知っている。本人曰く、「知っている」だけで、実際に見に行くのはこれが初めて、ということらしい。どうして今まで、俺の右眼に取り憑いたみたいにして、外に出なかったのか?それも聞いてみたが、はぐらかされてしまった。実は出不精で引き籠りだったりするのだろうか。


 彼女については、分からないことの方が多い。

 

 が、今はそれよりも、目の前の問題にどう対処するか、それを考える事が先決だ。

 

(………どうすりゃいいんだ)

(((大人しく正面突破、しか無いのでは?)))


 どうもそうらしい。

 憂鬱になりながら、覚悟を決めて歩き出す。

 どうせ聞かれるのはカンナの事とか、あと映像が途切れてたらしい間に何があったかとか、そういうことだ。何か聞かれても、「気絶してたので知りません」で押し通そう。半分くらい本当なんだし。


「あっ!来たぞ!」


 などと心の準備をしている内に、向こうが俺の存在に気付いた。


「カミザススムさんですね!?」

「私、丁都ていと新聞社のものです!」

「ナイトライダーを見た時どう思いましたか!?」

「すいません一言!今回の潜行を終えられての感想を一言!」

「すいません、気絶してたんで——」


「今回の事で一躍時の人となりましたが!」

「配信復帰を待つファンの方々に何か!」


「ウェ?」

 はい?

 ファン?

「漏魔症患者を勇気づける為の配信活動なんでしょうか!?」

「ご自身のTooTubeのアカウントの躍進について感想を!」


 ちょちょちょちょっとちょっと、ちょっと待て、

 なんか思ってたのと違う。

 カンナの事は勿論聞かれているが、なんか、俺についての質問が多過ぎない?こんなもん?確かにあれこれ聞き出すものとは知ってるけど、でも端々に出て来る情報が聞き捨てならない。俺は全視聴者を失った底辺TooTuberですよ?

 

(((十中じっちゅう、九割九分九厘九毛九糸……、もっと確実かもしれません)))

 

 声を追って見上げると、髪を棚引たなびかせプカプカ浮いたカンナが、愉快そうに教えてくれる。


(((貴方はあの瞬間、其れ位には間違いなく、命を落としていた)))


 おい、さては、


(知ってたな?こうなるって)

(((“奇跡の生還者”です。見世物としては、申し分無いでしょう?)))

(言ってくれよ!)

(((如何しました?何時もの大見得を、見せて下さい)))

(無理に決まってんだろ!)


 頭がクラクラする。

 思わぬ方向からの衝撃と、人いきれに揉まれる息苦しさで、脳が新鮮な酸素を求め始める。


「ちょっと、どいてください、どいて、通りたい」

「すいません一言!」「何かコメントをどうぞ!」「せめてこっちを向いてください!」「嬉しいですか!?どうですか!?」「危険な潜行を助長するとして教育委員会に陳情が入ったとの事ですが!」「中学生でダンジョンに潜るといった無謀な行為に至ったきっかけをお聞かせください!」「おいこっち向けよローマン!」「単独での深級D型討伐が映像として残されたのは史上稀に見る事らしいですが!?」「ちょっと、どいて」「何か言ってください!」「知りたがってる人が沢山いますよ!」「配信者なんだからカメラの前ではもっとしっかりしろや!」「逃げないでくださーい!」「インターネットにあんな映像を公開した以上は無関係は通りませんよ!」「パートナーがナイトライダーの映像で狂ったと賠償を求める声もあるようですが!」「死を覚悟しましたか!?是非その時の感想を!」


 駄目だ。

 頭痛が酷くなる。吐き気まで。上手く歩けない、立つのも難しくなる。

 ちょ、マジで、死にそう。

(カンナ、助け)

(((残念ですが、此処での私は無力です。頑張って下さい)))

 いや、マジメに、俺今、わけわかんなく——



「あびゃあああああああああああああ!はははははははは!!」

 


 一瞬で場が掌握された。

 唐突に奇声が上がったら、まあそうなるわな。

 声の出所に一斉に顔が向けられ、そこに良く見知った人が居た。


「じ、じいちゃん…」

「ススムぅ……、随分大勢のお客様じゃあないかあ!?うンンンん!?」

「ま、まあね……」


 散眼気味な目に半開きの口。継ぎ接ぎだらけの小汚い衣服と、頭皮を隠しきれなくなったガサガサの白髪しらが。一目で年老いたホームレスを思わせる身なりの彼は、居るだけで注目を集めてしまう。その上、さっきの狂笑だ。一同すっかり、腰が引けていた。


「あ、あのう、カミザススム君の、お知り合い、でしょうか……?」


 それでも一人、勇猛果敢に挑む剛の者が居たが、


「ああなんだ、あんた、おいあんた!」

「ええっ、とお……」


 じいちゃんが手を伸ばしながらヨタヨタ歩み寄れば、それだけで後退りしてしまった。

 「触られたくない」、そう顔に書いてある。じいちゃん迫真の、ヤバい奴ムーブ。俺ですらなんか怖いのだから、初対面な上にローマンを嫌悪する彼らには、ちょっと刺激が強すぎる。


「おいこらあ!なんだあんた、おいあんた、おい!」

 

 もう会話する気がないじいちゃんが一歩前へ出るごとに、報道各社の逃げ腰が深くなり、

 

 俺はその隙を逃さず居住区管理局通行センターの自動ドアに滑り込んだ。

 流石に中まで追って来る奴はいなかった。命拾いしたと言える。

 

「じいちゃん、助かっガハッ!」

「はっはっは!おいススム!お前、有名人になっとるそうじゃないか!」


 背中をバシバシ強打され、礼辞をキャンセルされる。

 さっきまでの胡乱さとは打って変わって、ニッコニコで気のいいおじいちゃんが、知らぬ間に隣に立っていた。


「英雄様のご帰還じゃ!いやあワシも鼻が高い!」

「や、やめてくれって、じいちゃん。俺だって、何がなんだか分からないんだ。一体どうなってんだよ、コレ?」

「なんじゃ!若いモンなんだから、ネットくらい覗かんか!」

「スマホ没収されてたんだよ!今朝やっと返してくれたと思ったら、充電切れたまま放置されてたし」


 じいちゃんは「ホレ」とか言いながら、自分のスマートフォンを見せてくれた。今時はご老人でも、スマホを持ってること自体は珍しくない。だけど、じいちゃんみたいにネットサーフィンに明け暮れ、動画サイトまで梯子して配信者追っかけるような人は、ご高齢だとなかなかいないだろう。俺が活動を始める時にも、色々相談させてもらった。

 

「これじゃこれ、お前の事が記事になっとるぞ!」

「えー……、『ローマン奇跡の生還』『深級8層にソロで挑み、D型を討伐』『配信アーカイブは公開3日で早くも300万再生突破』……うそぉ!?」


 冗談でなく、マジで記事になってる!?

 いやまあ対D型は相当頑張ったけども。その後のインパクトが強すぎて、俺自身が完全に忘れ去っていた。

 そうだわ。

 ローマンが深級D型をくだしたなんて、そりゃニュースにもなるわ。


「すぐに帰ってスマホを充電しておけ!きっと通知とか凄い事になっとるぞ?」


 この現象を表す言葉に、覚えがある。

 これは、もしかしなくても、


(((成程、此れが俗に言う、「バズる」、という物ですね?)))


 いや知ってるんかい。意外と俗世間に染まってるな!

 あんたホントにダンジョンから出たこと無いのか?


 俺は自分の置かれたややこしい状況を一度忘れたくて、


 取り敢えずカンナにツッコむのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る