11.その末路は幸せだろう part1

 これは、夢、なんだろうか。

 あまりにも現実離れしているし、都合が良過ぎる。

 さっきまであんなに、痛くて、悔しくて、吐き気まで催していたというのに、


 今俺は、そんなことも全部忘れて、絶世の美少女に見惚れている。


 黒雲のようなもやが、広がり、天を遮る。

 その上を、音も無く歩く少女。

 

〈私の事を忘れて、そんなお遊びに興じているなんて、随分と、余裕、ですね?〉


 そう言って、見上げる。

 いや、俺達から見ると、見下ろされている。

 上目遣いなのに、媚びるような仕草なのに、


 支配者は、彼女の方だ。


〈私に勝てないから、弱い者虐めで、憂さ晴らし、ですか?うふふ、滑稽、ですね…?〉


 袖を口元に当て、ころころとわらう。

 それだけなのに、心胆寒からしめる、迫力があった。


〈いつまでも、其のような弱体のまま、終わるつもりですか?〉


 「降って来る」、何故か、そう思った。

 彼女は引力を持っていて、それが、降って来る。ちぐはぐだけれど、本気でそう信じ込んだ。

 

〈ギ、〉

〈キィィィイイイ〉

〈ギイギイギギギギ〉


 G型が身の程知らずに、やいやいと吼えかかる。

 どう見ても、見るまでもなく、どうしようもないだろうに、よくやるものだと、感心までしてしまう。

 

〈あれ、煩わしいですねえ。躾はしっかりしておきなさい?〉


 少女は大儀そうに、ヴェールの端をチョイと指で摘まみ、血が通わぬけれど、陶器のように美しい口元を曝け出し、


〈ふぅぅぅ〉


 ほんの少しだけ、真下に呼気を吹きかけた。


 潰れた。

 近い奴から順に、強さに関係なく、潰れ死んでいった。

 赤い血と臓物をはみ出させ、ペシャンコになって、グウとかギュウとかいいながら、みんな死んだ。

 俺のように壁際にいるヤツと、食いしばりながら耐えたA型、それだけが残った。


 文字通り一息で、酸鼻を極める惨状。


 シンと静まり返った中で、俺は不意に、自分の手足が解放されたと気づく。今更に。

 逃げられる、だろうか?

 多分今適当に動いたら、それだけで彼女の目を引く。

 見られただけで、命が終わる。そんな予感まで抱いてしまう。

 

如何どうします?大人しく、跪いて、差し出しますか?しくは、最後まで、生き抜いてみますか?〉

 

 A型は、さっきからフウフウと過呼吸めいて腹を揺らしていたが、唐突に動きを止め、その口を開き始める。圧搾されるような空気の流れ、溶鉱炉の蓋が取り払われたような熱気、これから何が起こるのかを察してどよめきだす雑兵共。


いですね。面白く成る事を、祈っていますよ?〉


 両手を広げて、その豊かな胸に迎え入れるように、ただうっとりと待っている少女。A型は彼女に向かって、自身が出せる最強最高を放つつもりだろう。

 互いに合意の上で、“試し撃ち”が執り行われる。言葉が無くても理解出来た。傍から見ていた俺でも、だ。

 


 だと言うのに、どうしてなのだろう?

 理由を説明することはできない。

 分からないんだ。



 

 体の節々から黒煙を吐き、地熱を沸かせ、気温を20は引き上げ、

 A型は喉の奥から、嘔吐でもするみたいにマグマをり上がらせ、


 数千℃にすら感じられるそれを、ジェットカッターのように圧縮放水、目標を貫通、そして鎔断する、


 為に、全神経を集中させるであろうタイミングを狙い、

「食ぅうらぁえええよォォォォ!!」

 俺は獲りたてのD型コアをセットした穂先で爆風飛行し下顎目掛けてアッパーカットを、

 決めた!

「ざまあみろ!」

 駄目押しのもう一破いっぱでガチリと無理矢理閉じたことで、口内は自分で吐き出した高圧高熱かいにより、大惨事になっているらしい。

〈ゴオオオオオアアアアンンンオォォォォ!!!?〉

 驚き吠えるデカブツの、身震い一つで、弾き飛ばされた。

 防御なのか、単に暴れた結果ぶつかっただけなのか、どっちなのかも分からない。

 

 ただ、これで終わりだ。


 このまま壁に衝突し、二度と目覚めることはないだろう。

 なんでこんなことしたんだか。

 吹っ飛ばされる直前、少女がきょとんと見ていたのを、目の端で捉えていた。「心底意味が分からない」、顔がよく見えなくても、そう言いたげなのは何となく分かった。

 俺もそう思う。

 お前は何がしたいのかと、逆の立場だったら、いや、俺本人としても、問い詰めたい気分で一杯だ。


 だけど、これで良かったんだと、そう思ってる自分もいる。

 上出来じゃないか。

 お前にしては、冴えた終わり方だって、心のどこかが喝采している。

 じゃあ、いいんだろう。

 終わり良ければ、何とやら。

 細かいことは置いておき、何はともあれ、これでいい。


 ………


 ………………………


 長いな。

 いつになったら俺は死ぬんだ?


 焦らしに焦らす脳内時間に耐えかねて、俺はこわごわ薄目を開ける。

 

 


 もう地獄にいるのか?罪人を焼くとかいう業火の中か?

 そうじゃない。

 これは、

 瞳だ。

 俺は、覗き込まれている。


 逆さの少女が、鼻の頭が触れるくらい近くで、覆布ふくふ越しに俺を見ている。


 ジッ、と、

 じぃぃぃいいい、と

 

〈貴方〉

 

 ゆっくりと、その口が言葉を紡ぐ。

 眉毛とかも白いのか、ああ、睫毛も長いなあ、なんて、どうでもいいところばかりに目が行く。


如何どうして?〉


 「ゆっくりと」、だって?

 俺は今、凄い勢いで投げ出されていて、

 その違和感にようやく至った俺は、目は動かさずに、周囲の状況を探る。

 

 虫一匹草一本、塵一つとして、動いていない。

 真っ暗だ。

 俺達の周囲だけが、この世にぽっかりと存在しているかのよう。

 

〈今の振る舞いは、何を思って?〉


 だから、

 そんなの、


「俺が聞きたいよ」


 正直に、そう言った。

 誤魔化せるとも思えなかったし、誤魔化そうとも思わなかった。

 少女はその、答えにならない答えに、


 顔に弧状の刀傷を開いて、

 いや、

 ニィイイイイ、と、非対称に、

 笑みをかたどって、


〈好いですね、貴方、実に好い〉


 満足気に、繰り返す。

 見ようによっては、いとけない少女だ。


〈成程、今はだ、然程ではいでしょう〉


 道端で隠れるように咲く一輪の花、青空で千切れる綿菓子みたいな雲、川で泳ぎ回るこまいメダカの群れ、

 そういう小さな、なんてことのない幸せを見つけた、そんな表情で、


れど、これから格段に、面白くなります〉

 

 彼女はそのかおで、


〈傾聴しなさい。これから貴方の命を、繋ぎます〉


 安請け合う。


〈死と歩み、死と戦う、術理を授けます〉

 

 確定事項。

 疑いもなく。

 最弱たる俺が戦えると、それを実現すると、そう言い切った。


〈その猶予、努々ゆめゆめいたずらに費やす事の、いように〉


 ぱんッ、

 合掌。


 世界がひろがり、屍山血河しざんけつがが戻ってくる。

 俺はふわりと、優しく床に尻餅をつく。


〈ゴォォォォォォオオオオオオンンンンンン!!〉


 A型は彼女を見失っていたらしい。

 その眼をまたもやギョロつかせ、直ぐに捕捉し直す。


〈済みません、太っちょさん〉


 少女は笑顔を崩さずに、視線すら遣らずに呼びかける。


〈貴女との戯れには、食指が動かなくなりました〉


 残ったモンスターの全勢力が、宙を歩く彼女を囲み、飛び掛かろうと臨戦態勢。

 しかし、少女は揺るぎない。

 その立場は、飽くまで執行人。


 一方的に、宣告する側。



〈終わらせます。一寸ちょっと、立ち消えて下さい〉


 終わりが、始まる。

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