9.その日の記録も思い出も

「ススムは将来、何になりたいんだい?」


 運転しながら、父さんはそんなことを聞いてきた。


 いつもはなんだか情けない人だけど、運転してるとカッコよく見える。

 きっとお仕事をしている時も、カッコいいんだろうな、なんて思う。


 ショーライ?うーん、考えたこと無かったなあ…。って、窓の外を流れる木々を見ながら、オレは首をかしげて見せる。


「あれ?この前は」にーちゃん!シーッ!

 ちょっとちょっと、何いきなりバラそうとしてるのさ。

「ああまだ内緒なんだっけ?悪い悪い」

 頼れるにーちゃんは、いじわるモードになると厄介だ。

 とにかく口が上手いから、言い合いになったら負かされる。

「なあんだ、そんな顔してえ?俺を黙らせたかったら、力づくで来てみろ~、ウリウリー」

 わああああ、

 頭をぐりぐりしないで!

 これだから口も態度も軽いヤツはさあ!


「あはは!そんなヤツに話すアンタが悪いわそれは!」

 助手席の母さんに、豪快に笑い飛ばされる。

 ウチで一番強いのは母さんだ。腕っぷしが強いし、曲がった事が嫌いだし、何より稼いでるし。何とかこっち側に引き込んで、にーちゃんに仕返ししてやる。

「別に恥ずかしがらなくていーのにさー」

 恥ずかしいんじゃなくて、驚かせたいの!

 叶った後に、「実はこんなことしてました!」ってビックリさせるの、楽しそうじゃん?

「そいつはステキな思いつきだなあ」

 父さんは終始ニコニコしていたが、

「だけどさ、ススムも、ノボルもさ」

 そこから、いつにも増して穏やかな声音で、


「それを重荷に感じたら、父さん達にも背負わせてくれよ?」


 そう言った。

「オモニ?」

「そうだ。一人でやり遂げて、父さん達を驚かせる。その志は立派さ。お父さん、正直感動したよ」

「にーちゃんも涙ちょちょぎれた」「黙ってな」「はい」

 にーちゃんが怒られている。

 でも、「いい気味だ」って思うより、父さんの言葉に耳を奪われる。

 「だけど」、父さんは続ける。

「だけどな、ススム。夢っていうのは、時に呪いみたいに、苦しくて、痛くて、重いものなんだ。ススムとその夢との相性が良くても、どうしてもそうなってしまうものなんだよ」


 よく分からない。

 自分にぴったりな生き方があって、自分がやりたいことがあって、そういうのが見つかれば、幸せなんじゃないの?


「そうは上手くいかないもんなの」

 母さんが、気楽な調子のままで言う。

「好きなことでもさ、本気で好きだからこそ、思い悩んじゃうもんなのよ。ノボルもススムも一生懸命な子だからさ、多分人一倍、辛い思いをするような、そんな気がする」


 何だよ、それ?

 オレらは、他の人と比べて、幸せになりづらいのか?


「そうじゃあねえさ、きっと父さん達が言いたいのは、そういうことじゃねえ」

 にーちゃんが、シートに背を預けながら言った。

「本気で向き合うヤツは、その分苦しいけど、それ以上に楽しいんだ。だけど、その『楽しい』ってのに行き着く前に、行き詰って、『ダメだ』って、『自分はこれが嫌いなんだ』って、そう間違えちまうこともある」

 「自分が『楽しい』んだって、うっかり気付かなかったりする、その事を言いたいんだと思う」って。


 そんなこと、あるのかな?

 やりたい事をやってるのに、やりたくないように思っちゃうなんて。


 母さんが言う。

「真面目な人ってさ、大事な物をっぽり出してはおけないの。傍に引き寄せ、抱き締めて離せなくなっちゃう。だけどね?四六時中見てたら、飽きて、うんざりして、イライラしてきて、どうしようもなく嫌いになちゃうもんだよ。これは何でもそう。ずっと近くにあるものを、いつまでも好きで居続けるなんて、それってすっごく難しい」

 「アタシもこの人に、よくイラついてるからねえ」って母さんがおどけて、「ちょっとぉ!?それってどういうことだい!?」って父さんが慌てる。

 「だから見ないフリをすんのさ」、それから母さんはそう続けた。

 え、一番近くにあるのに?

「そうだよ?それを見なかった事になんて出来ないのに、見なかったことにしようとする。そんなことすれば、前も後ろも分からなくなっちゃう。目の前にある物を見ないなら、前が見えずに歩くのと同じ。迷子になるのも当然でしょ?そうやって滅茶苦茶に迷った末に、『ゴールなんて無い』って、みんなそう思っちゃう」


 「みんな」。

 例えば、にーちゃんは、そう思ったことがあるのかな?

 いじめられる人がいない、そんな世の中ならいいなって、にーちゃんは言ってた。

 悔しいけど、オレの夢だって、にーちゃんを見て決めたんだ。

 オレはにーちゃんの目標が、すっごく良い事だと思うけど、にーちゃんは、それが嫌な事だって、そう思っちゃったりするのかな?

 

 車が森林を抜け、開けた道路に出た。

 お日様がピカピカ照りつけて、湖がキラキラ輝き返す。


「アタシ達はさ、アンタら二人にそうはなって欲しくないワケ。アンタらが一番好きなものを、勘違いで嫌いになっちゃうなんて、そんなの悲しいでしょ?」

 それは、イヤだな………。

「だから、もしススムが何か壁にぶつかって、どうにもならないって、そう思った時は、まず一度、父さん達に話して欲しい」

「諦めるのが良いのか、突き進むのが良いのか、少なくともその選択の、責任の一端くらいは、背負ってあげられるわよってこと」

 その夢が、悪いものじゃなくて、大切なものである為に。

 父さんと母さんは、大人なんだ。なぜか、そんな当たり前のことを、強く思う。

 

 そっか。

 そうだな。

 オレも頑張るから、

 その時は、よろしくな。


「お父さん達に任せろ。伊達にススムより長く生きちゃいない」

「こんなこと言ってるけど、この人頼りないからね?相談はアタシにだけでも良いわよ?」

「ちょっとママぁ!?」

「親父、言われてらあ!」


 そんな、分かるような分からないような、ふわふわした会話をしていたら、目的地が見えてきたようで、


「ススム」

「すーすーむー」

「おいススム」

 三人が三人、目配せして、口を揃えて、



「「「誕生日おめで——」」」


 

 あれ?

   眩しい。

 どうしてだか分からないけれど、

             太陽がいきなりはりきり過ぎたみたいに、

                         目の前が真っ白で、

          何も見えなくなって。


 クラッカーでも破裂したのかな?

  強いろうそくでも、

  買ったのかな?


 どうして、

 どうして?

 さっきまで、あんなにあったかくて、優しかったのに、

 今は一人ぼっちみたいに、

 寒くて、寂しくて、

 みんな、どこ?

 そこに、いるの?

 いるよね?だって、さっきまで僕ら、みんなが笑って、

 手を伸ばせば、ほら、そこに——




 その日、ほんこく東北地方、戌島いぬしまけんなえまちにおいて、世界で10例目、同国内では実に初となる、永級ダンジョンの発生が確認される。


 半径500m程が突如開いた穴に沈み、1km以内に居た人間は、ダンジョン発生光を浴びて異形化、5km以内の人間は、重軽度漏魔症に罹患。それに満たない健康被害を訴えた者は、10km先にまで及んだ。


 発生から10分後、他のダンジョン生成ケースと同じく、モンスターがダンジョン外に溢れ出る災害、通称“逸失フラッグ”が始まる。


 先述の異形化被災者達と合わせ、死者数だけで延べ50万人を超えるとされ、


 まさしく、本邦最悪の大災害、といった有り様だった。

 


 そして俺は、日魅在進は、

 自身の誕生日に、家族と共に旅行でその地を訪れ、


 結果、

 自分は漏魔症にかかり、

 両親と兄は帰らぬ人となった。


 

 そうだよ、

 どうして忘れてたんだ。


 俺はずっと昔から、

 世界に嫌われてたじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る