第29話
ニンジンスキーの正式名称は「千田 葉平(センダ ヨウヘイ)」と言った。
本人から聞いた訳では泣く、2年A組のクラスメイトの皆さんに教えて頂いたわけだが。
「正直、不良だよ。あんまり関わらない方が良い」
だとか、
「いっつも寝てるけど意外と成績良いらしい」
だとか、
「屋上でタバコ吸ったり、イカガワシイことしてるらしいって噂」
だとか。
余り良い事を聞かなかった。
数学Aの時間、時生はどうしたもんかなあと首をひねる。
問題が分からないわけじゃない。
問題は理解しているんだけど、解法が思いつかないだけで……。
時生はノートに「センダ ヨ―へー 2年」と書いた。
その下に、「不良、キンパツ、コワイ」と書いて、ついでに「めっちゃ跳ぶ ダンサー」と書く。
あいつじゃなかったら、舞踊場のタバコはいったい誰のものなんだろう?
「時生! ステップ逆ッ」
マヨ先輩から檄がとんだ。
「ハイ!」
慌てて、ステップを修正する。
「あと2回やったら休憩ー! もうちょい頑張るぞ!」
マヨ先輩は励ますのが上手い。
マヨ先輩のダイエットエクササイズDVDとか出したらすごく売れるんじゃないかな、と時生は思う。ちょうどいいところで、励まして応援してくれそうだ。
課題曲はずっとジャンプしているような疾走感のある曲で、何よりテンポが速い。
シンクロして揃うと格好いいのだが、ボクシングのようにパンチをする振り付けの角度とタイミングがなかなか合わせられなかった。
「く~……またミスった」
「落ち込んでる暇ないぞぅ」
マヨ先輩が、崩れ落ちた時生の背中をバシッと叩く。
「水、飲んでこい。時生」
「ういス」
汗がぼたぼたと床に落ちそうになるのを、時生は白いTシャツの裾でぐいっと拭いた。暑い。暑すぎる。扇風機をつけていても暑いものは暑い。もういっそ脱いでしまってパンツ一丁で踊りたい。
生ぬるくなったペットボトルの水を浴びるように喉に流し込む。
飲みきれなかった水が零れて口端を伝った。
その時、開けっ放しのドアの向こうに、見慣れたピンクのラインのスニーカーが見えた。
「深川?」
ドアからひょこっと顔を出した時生に、深川は手を振った。
よく見ると、もう一人誰かいる。
「あ……」
クラスの友達だろうか。
それにしても背が高い。
戸次先輩ほどではないけれど、スッとしてまるで俳優やアイドルのようだ。
よく見ると、顔もめちゃくちゃイケメンだ。
(なんだ、深川あいつ、すげーな)
時生の中でなぜか深川の株があがる。
あそこまで顔が整っている奴と喋るのは、なんとなく緊張する。
男として、自分も格好よくないと、という謎の自負心とかプライドみたいなものが刺激されてしまって、いつもより2割まし格好つけになってしまう気がする。
その点、深川はすごい。会話の内容は聞き取れないが、イケメンは全くの真顔なのに、深川はニパニパといつも通り変顔と紙一重の顔になっている。
(ハート強すぎだろ)
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