第8話



駅前まで足を伸ばしてたどり着いたクレープ屋には、時生が予期していた通り、女子高生や女子中学生の群れがわんさかとひしめいていた。

マヨ先輩は何のためらいもなく、カウンターに近付いていく。

175㎝はあるマヨ先輩は頭ひとつ、ふたつは飛び抜けていて、そのせいで非常に目立っていた。しかし、本人は全く気にしていない。周囲で物珍しそうに見ている女子たちの視線には気付いていないのだろうか。時生の方が顔が赤くなってしまう。


「オネーさん。バナナキャラメルデラックスのヨーグルトアイス添え、生クリーム多めのひとつ。あと――おい、堤、お前は?」


「……チョコバナナひとつ」


消え入りそうな気持ちで時生は注文をした。



これは度胸試しか何かだろうか?



マヨ先輩は、そんなんでいいのか、アイスとか生クリームとかチョコとか、トッピングもすげぇあるのに、と何故か残念そうに言っていたが、時生にしてみればチョコにチョコをトッピングする意味が分からない。


「あ、お金……」

「いい。入部祝いだ」

と、マヨ先輩はチョコバナナクレープをおごってくれた。


入部祝い。

自分がダンス部に入ることを、喜んでくれている人がいるのだろうか。

もしかして、このマヨ先輩も。

クレープを待っている間、時生はもじもじしながら待っていた。

なんとなく気恥ずかしかったけれど、いやな感じでは決して無かった。


お待たせしましたぁ、とピンクと白のストライプのエプロンに身を包んだお姉さんがクレープを手渡してくれた。マヨ先輩のクレープを見て、さらに女子高生たちがささやきあっている。女の子たちじゃなくても、言いたいことは十分に分かる。

「あの……マヨ先輩、それ、全部食べるんですか?」

「なんだ、欲しいなら一口くらいやる」

「いや、いいんですけど……」


マヨ先輩の注文した、『バナナキャラメルデラックスのヨーグルトアイス添え、生クリーム多め』は相当の代物だった。クリームに突き刺さったバナナのせいで、まるで城のように見える。

クレープの薄い生地で包まれているのが奇跡だと思えるほどに、みっちりとクリームやアイスが入っている。時生の頼んだチョコバナナクレープを角砂糖10個分だとしたら、戸次先輩のクレープにはその三倍は入っているにちがいない。どう見ても細身の体格と、てんこもりになっているクレープを、こころなしか女子たちがうらやましそうに見ている。


駅前のベンチに座って、時生たちはクレープと戦うことにした。

一口かじると甘いクリームの風味が口の中いっぱいにふんわり広がった。

葉子の手作り菓子はちょくちょく食べていたけれど、外でこんなふうに甘い物を食べるのは久しぶりで新鮮だ。


マヨ先輩を見ると、ハンバーガーでも食べるようにガツガツとクレープを頬張っていた。

この人、胸焼けしないんだろうか……。


「戸次のこと、どう思う」

と、だしぬけにマヨ先輩が言った。


「どうって……そのお、かっこいいと思います。男らしいっていうか」

「男らしい、ねぇ」


マヨ先輩はふくむように笑った。

口の端に生クリームがついている。


「戸次はさ、不器用なんだよ。まっすぐすぎて、不器用なの。あいつとおれだけなんだ、ダンス部って。いや、今は同好会だな」

「昔はもっと人数がいたんですか?」

「そうだ。二年前はオレと戸次とあと三人が一年。二年と三年が十人いた。だいたい十五人くらいの部だったな」

「えっ! そんなに多かったんですか」

「まぁ一年の三人はすぐ辞めちまったけどな。勉強が忙しいとか、なんとか」


秋子が辞めるなと真剣に言っていたことが思い出された。

マヨ先輩は手にたれたヨーグルトアイスを猫のように舐めながら続きを話した。


「戸次はそんときから真っ直ぐでさ、初心者なのに人一倍練習して。オレも付き合わされて毎日二人で残ってたよ。あんときは人数もいたから、舞踊場でやってたんだ」

「ぶようじょう?」

「おう。今は屋上しか使えねぇけどな」


マヨ先輩は寂しそうに言った。

時生は気になっていたことを尋ねてみることにした。


「あの、マヨ先輩」

「うん?」

「あのう……さっき、二年生もいたって言ってましたよね。先輩たちが一年の頃の三年が卒業して、先輩たちが二年生になったとき、その人たちが残るはずですよね。でも、なのに、――急に、どうして二人だけになっちゃったんですか?」

マヨ先輩は少し考えて、ゆっくり言葉を吐き出した。

「禁止になったんだ。部活が。去年の今くらいの時期だよ」

「え? ダンス部が、ですか」

「そうだ。それも最悪なことに、一年間の部活停止処分だ」


一年間。

部活動をするものにとっては致命的で、廃部も同然だ。

去年の新入生の気持ちも分かる。一年間部活ができないと分かっていて、新しく入部するという酔狂な人間もいないだろう。だいいち、新入生を勧誘することもできない。

どうしてそんなことになってしまったのだろう。


尋ねてみたくはあったけれど、マヨ先輩がその前にクレープを食べ終わってしまった。

近くのごみ箱にクレープの包み紙を捨てると、マヨ先輩は鞄の中からビニールのようなものを取り出した。

「お前もいる?」

「何ですか、それ」

「ウェットティッシュ。ベタベタすんじゃん、手ェ」


こういうのを女子力が高いというのだろうか。

確かに生クリームのせいか、どことなくべとついていたので、マヨ先輩から一枚もらうことにした。

いつも鞄に入れているのだとしたら、そうとうなクレープヘビーユーザーなのかもしれない。いや、あの手慣れた注文の仕方を見るにつけても、そうに違いない。


「マヨ先輩、連れてきてくれてありがとうございました。それで、あのぅ……」

「ん?」

「れっ」

「れ……?」

「れ、れ、連絡先! 教えてもらっていいですか!」


勇気を振り絞って言ったのに、マヨ先輩は

「あー、うん、イイヨー」

と、軽い返答だった。


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