第5話
翌日は土曜日で、あいにくの雨だった。
幸いなことに姉たちは春のバーゲンセールに行くのだとかで不在だ。
荷物持ちに呼ばれそうになったが、定期テストの勉強をするのだといって突っぱねた。
それでも、休みだった母親が助け船を出してくれなければ、連行されていたにちがいない。
勝ち取った自分の時間を時生は有効に使った。
自室に持ち込んだノートパソコンに検索する言葉を打ち込んでみる。
「高校生 ダンス 動画」
膨大な数の動画ファイルがヒットした。
その中でも「コンクール 優勝」とタイトルに入っているものが気になった。
4年ほど前のもののようだ。
女子ばかりだが、文化祭とはちがい、部活でのコンクールらしい。
再生ボタンを押すと、爆音で音楽が鳴り始めた。
あわててヘッドホンをさし込む。音量調整をしてそっと耳につけた。
動画の中では既に歓声があがっていた。
「すっ……げえ」
総勢8人のグループが画面に映っていた。
低音と共に左右に分かれて動き出す。
顔をあげる仕草、足の角度まで同じだ。
遠くから見る鳥の群れのように、一糸乱れない動きのために、一つの大きな塊のようにさえ見える。
ピエロのような赤青白緑と色とりどりの奇抜な衣装は、彼女たちがステップを踏むたびにふわりと袖が膨らみ、生き物らしく波打っていく。
全員この日のために伸ばしたのだろう。全員が胸まで黒髪を長く伸ばし、振り乱して踊っている。
アイドルや文化祭で見たことのあるようなダンスとは種類が違うのは、時生でもすぐに見てとれた。
どちらがいいというのではなく、気迫が違うのだ。
アイドルが砂糖菓子ならば、部活として踊る彼女たちは、塩釜焼きの肉のようなもので、色も形も匂いもできあがり方も全く別種のものだ。
動画を見ていると類似した動画が出てくる。
次に見たのは、男子高校生の発表の様子だった。
西行寺高校ダンス部とある。
その学校の名前は受験勉強中に何度か聞いて知っていた。
京都にある中高一貫の名門男子校だ。
時生も関西に生まれていたら進学を目指していたかもしれない。
進学コースとは別に、運動に力を入れた特別コースもあるのが特徴的だ。
動画を開くと、当然のことながら男子ばかりだ。
5人が上下黒いスウェットを着てステージに立っている。
後ろに楽器を持った十数人のブラスバンドがひかえている。
野太い歓声や拍手、騒々しいところはさすがに男子校の雰囲気をかもしだしている。
文化祭のステージのようで、会場の熱気が伝わってくる。
暗転したステージに音楽が流れ、機械音が交じる。
時報を知らせるような高音がピーンとその場の空気を揺るがし、途端にライトがついた。
ブラスバンドの演奏が勢いよく始まった。
時生も聞いたことのある、野球の応援歌になっているJPOPだ。
ダンサーの5人は氷付けになったように全く動かない。
アップテンポな曲調で前奏が終わり、メロディーが始まった。
5人が滑るように広がり、同時に腕を振り上げてくるくると耳の上で回す。
高速で何をやっているか一つ一つはっきりと見えないが、静と動の緩急がついているのでダンス全体の勢いは増していく。太ももの付け根から空気をすくい上げるように足を曲げて大股で歩くステップ。
股関節がはずれてしまっているのではないかと思うくらいに5人全員の足が高くあがる。しかし、上半身は全く動かない。まるで別の人間のパーツを組み合わせているようだ。
テンポの乱れないブラスバンドの統率力は純粋に素晴らしかったが、ダンサーの5人はもしも音楽がなくても踊れるのではないかと思うほど、ぴったりと息があっていた。
動画の中では、ダンスチームではなくソロで撮影をしてアップロードしている人たちもいた。
ダンススタジオや公園で踊っている動画だ。
「うわっ、この人やばい……」
時生はある動画を見て思わず呟いた。
それは覆面をつけて踊っている男の動画だった。
鏡があるところから見ると、ダンススタジオの部屋の一室のようだ。
なぜか美少女キャラクターのTシャツを着て、ジーパンの中に入れている。
やたらと腰の位置を高くしてはいている。
よく見ると腰のベルトには美少女の缶バッチが大量につけてある。
秋葉原に一瞬で溶け込めそうだ。
見るからにオタクで、それも重度にちがいない。
顔は出していないらしいが、体型から男だと分かる。
男は「Y」という名前で活動しているようだ。
異様な光景だが、さらに衝撃的なのは次だった。
聞こえてきたのは電子音と、高い女の子の声。
アニメボイスで歌われているのは、この美少女アニメの主題歌のようだ。
アイドルのような振り付けになるのかと思って見ていた時生は目を疑った。
男の動きはいわゆるロボットダンスというもののようで、カクカクと機械のように手足が動く。
筋肉を使って体全体を弾く。反動で首や肩が揺れるが、次の音までにその余韻は消えて、マリオネットが次々と場面を演じていくように先の展開がよめない。
音に合わせて体がはねる。
まるで男が動かしているのではなく、意思とは無関係に筋肉の方が勝手に動いているようだ。
曲の構造を完璧に覚えていないとできない芸当だ。
よく見ると、男が踊りながらずっと覆面の下で主題歌を口ずさんでいるのが分かった。
「すごいな……」
その後もいくつかの動画を見て、気付けばあっというまに夕方になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます