第3話
結局五月になっても時生の部活は決まらなかった。入部の制限はないにしても、もう部活の新入生歓迎期間は終わってしまう。
ぐずぐずしているうちに、クラスの他の友達や、高校からの転入生たちも続々と自分の所属するところを決めていた。
そんなゴールデンウィークを目前にしたある日のことだった。
朝、登校して靴箱を開けた時生は驚いた。
見慣れた白い上履きの上に――ピンクの封筒が置いてある。
時生は思わず周囲を確認した。誰にも見られてはいないだろうか。心臓がバクバク動き出すのが分かる。これは、ドラマやマンガで見たことのある、恋文(ラブレタァ)というやつでは。
(ついにおれも、こっそり告白されるような立場になったってこと!?)
時生は手紙を鞄の中に急いですべりこませて、何事もなかったかのように靴をはいた。
そして一年生の教室へ向かって階段を上りかけて、重大なことに気が付いた。
ここは、――男子校だ。
急速に浮き足立った気持ちが萎える。
心臓の鼓動は音量はそのままに、いつのまにか違ったリズムを刻み始めていた。
「おはよーう……」
げんなりと挨拶をして、席につく。
八木が後ろからくっついてきた。女子がいない反動なのか、そういう文化なのか、男子校の生徒同士のスキンシップはやけに激しい。時生もそろそろ慣れてきていた。
「おっはよう堤! あれ、なに、元気ねーじゃん」
「朝からとびっきりのサプライズがあったんだ」
と言って、時生は八木のじょりじょりした坊主頭を片手で撫でて引きはがした。
「どうした! まさかラブレターでも入ってたか」
時生はまじまじと八木のいがぐり頭を見た。もしや、と嫌な可能性が脳裏をかすめる。
「……あれ、お前がやったのか?」
八木がきょとんとする。
「あれって?」
「靴箱の」
「靴箱? えっ、堤、お前、ほんと、マジで?」
「八木のいたずらじゃないのか」
「違うよ! やべー、うける。なあ、久留米っ! 堤がラブレターもらったって!」
教室の端にいた久留米は一瞬うらやましそうな顔になったが、
「女から?」
という質問に対して、八木の答えが返ってこなかったことで一気に興味を無くしたようだった。
「で、どうなんだよ」
と、小声で八木に尋ねられて、
「いや、まだ見てないんだけど」
と、声をひそめて時生は言った。もしも純粋な気持ちで手紙を書いてくれた人間がいるのなら、気持ちに応えることはできなくても傷つけたくはなかった。
しかし、八木にはそういうこちらの心の機微は伝わらないらしい。
「おい、どこに隠してんだよ。読もうぜ。絶対秘密にするからさあ」
何が楽しいのかというほど、にこにこしながら八木は時生の鞄に手を突っ込んだ。
中学生のときから筋トレや走り込みをしているというだけあって、しっかりした八木の腕は時生の力ではびくともしない。あっというまに鞄からピンクの封筒が発掘された。
抵抗していた時生は観念して力を抜いた。
「分かった。分かったから、ちょっと静かにして、八木」
「よし、開けようぜ」
「絶対騒がないでよ。真剣に誰かが思いを書いてるものかもしれないんだから」
「うんうんうんうん」
絶対に騒ぐだろうなと思いながらも、鼻息が荒い八木の熱烈な視線に負けて、時生はピンク色の封筒を手に取った。封筒にはのりがついておらず、テープも貼られていなかった。宛名も差出人の名前もない。
一瞬、誰かが代理で持ってきてくれた、そう、たとえば妹とか従姉妹とか――女子からの本当のラブレターなんじゃないか、という淡い期待が時生の心をかすめた。が、その封筒の中に入っていた便せんを取り出して、中身を一目見たとき、時生の期待は粉々になって塵となって消え去った。
それは太く黒々としたサインペンで書かれていて、堂々とした達筆だった。
果たし状
明日の放課後、屋上へ来られたし。
必ず一人で来ること。
時生と八木は顔を見合わせた。しかし対照的なことには、八木は今にも笑い出しそうな表情をして肩を震わせており、時生の目には既にうっすらと涙が浮かんでいた。
恥ずかしいやら、情けないやらだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます