城聖高校男子舞踊部 ~マッチョになりたい少年は柔道部と間違えてダンス部に入部し青春する~

丹空 舞(にくう まい)

第1話

城聖高等学校は平穏な男子校だ。


周囲は落ちついた住宅街、勉学や部活動に励むのにはうってつけの環境。

通うのは受験戦争を運良く勝ち上がることのできた真面目な男子生徒たち。

お互いに進学を希望して切磋琢磨できる仲間。


この春、堤時生(つつみ ときお)もめでたく、奇跡的にその城聖高校に入学を果たした。


ついに憧れの寮生活かと期待したのに、実家から十分に通える範囲だからと両親に一蹴されてしまった。

だからしぶしぶ、実家で生活している。

あの三姉妹さえいなければもっと平和な日々なのだが、そんなことをいくら考えたところでせんのない話だ。


時生のクラスは1年C組、二階の廊下の突き当たりに教室がある。

ドキドキしながら教室に入った初日から比べれば、一週間経った今は少しは慣れた。

だけど春の空気は教室の中にも色濃く入ってきていて、クラスメイトは男子ばかりだというのになぜか思わず浮き足立つような雰囲気がある。みんな新しい環境や生活にそわそわして、何という理由はなくても盛り上がってしまうのだ。


教室に入ると、背の高いいがぐりのような坊主の男子生徒が声をかけてきた。


「時生おはよう! 今日もギリギリセーフだな」


八木は入学初日から野球部に入部届けを提出しにいった強者だ。

「姉ちゃんが朝からうるさく絡んできて……」

と言うと、八木の顔色が変わった。

声が1トーン低くなる。


「おい、時生お前……姉ちゃんがいるのか? 何歳だ」

「一番上は大学生だから、19だったかな?」


八木が信じられないというように目を見開いて、どこかうっとりしながら呟いた。


「女子大生……」


「あと高2と同い年のがいるんだ。女ばっか。みんなうるさくていやになるよーーうっ!? グフッ!」


最後のは、背中にくらった張り手の一撃のせいだった。

時生が振り向くと、剣道部の七戸が震えながら立っていた。


「時生、ばかやろう!」

「朝からいきなりなんなんだよー……」

「お前、女子高生二人と同居して、ジョシダイのお姉さまとまでも同居してるなんて、軟弱だ!」

「そういわれても家族なんだから、っていうかいいもんじゃないよ」

「くそう、羨ましい!」


七戸が心の声を盛大に発した。

時夫は思わずあきれて言った。


「何が羨ましいんだよ。朝起きてから姉ちゃんたちに下僕のように扱われる生活だぞ」

「くそう! 俺も下僕にされたい!」


七戸はまた叫んだ。時生は自分の席に鞄を置いた。

椅子に座った途端、背後に気配を感じた。首筋に生暖かい息がかかる。


「時生、お前におれたちの気持ちが分かるか。」


よくギャアッと悲鳴をあげて飛びあがらなかったのと、時生は自分で自分を褒めてやりたかった。

茶色がかった長めの髪の男子生徒が恨みがましくこちらを見ていた。硬式テニス部の久留米だ。


「途中編入のお前は想像したことさえないだろうがーー、俺たちにはこの先三年間、女子という生物と会話する機会がいつあるか分からないのだ! 明日かもしれないし三年後かもしれん! ちなみにこの三年間について言えば、掃除のおばさんや国語の先生と話したのがハイライトだ」


そうだそうだ、と七戸と八木が声を揃える。


「あ、でもさ。八木たちもお母さんとは話すだろ?」


外野トリオの三人の声がぴったり重なった。

「お母さんは『女子』じゃ、なぁぁぁいッ!!!」


三人とも中学校からの内部進学者だ。

つまり三年間、既に女のいない学校生活に慣れ親しんでいたことになる。


久留米が恨みがましく言った。

「お前にはおれらの気持ちなんて一生分かるもんか! おれなんか、おれなんかな、女子と話したいがために先月から塾に行き始めたんだ」


八木が言った。


「おまえ、成績いいんだから塾行く必要ないじゃん」

「そうなんだ。塾の判定テストでかなりいい成績だったから、一番上のクラスに入ったんだ」

「よかったじゃん」

と時夫が言うと、久留米が叫んだ。


「バカヤローッ! 全然よくねえよ! 国立志望の理系クラスに女子なんてほっとんどいねえじゃねえか! 話が違うんだよ!」


七戸が久留米の肩に手を置き、

「もう言うな……もう何も言わなくていいんだ……」

と遠い目をしている。


先月まで共学だった時夫からすれば、キャアキャア騒ぐ女子の中に放り込まれるよりもずっと居心地がよさそうだと思えるのだが、男子校というところはかなり特殊な領域らしい。

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