第30話
騎士団棟の傍──野外にある訓練場に到着すると、既に数名の騎士たちが居た。
非番の騎士たちの数名が、己を腕を高めるために訓練をしているのだろう。
「え!? 何故こちらに王女殿下が!?」
騎士であるフィクスはまだしも、キャロルが訓練場に来るなんて夢にも思わなかったのだろう。騎士の一人が剣を落とし、驚愕の声を漏らした。
「クロード卿もいらっしゃるぞ!」
普段は王城にあまり来ることがないクロードだが、さすが国一番の剣の使い手というだけあって有名だ。クロードの登場にも驚いたらしい別の騎士が、興奮気味に話している。
そんな彼らはひとしきり動揺した後、セレーナ一行に軽く挨拶をしてから、気を利かせてくれたのか、訓練場を出て行った。
「……なんだか悪いことをしたな。まさか出ていくとは」
クロードが騎士たちの背中を見つめながら、そう呟く。
(私も同じ立場ならば、緊張で訓練に身が入らないし、万が一でも邪魔をしないように出ていくかもしれない……)
騎士たちの気持ちがなんとなく分かるセレーナは、内心でそんなことを思った。
「──セレーナ、早速始めようか」
そんなフィクスの言葉をきっかけに、キャロルとクロードから、フィクスのことをギッタンギッタンにしちゃえという旨を聞いたセレーナは、苦笑いを零してから訓練場の中心に移動する。
対峙しているのは、美しい碧眼で見つめてくるフィクスだ。
キャロルは訓練場の端で侍女たちが用意した椅子に腰掛け、その斜め後ろにはクロードの姿がある。
「お手柔らかにね、セレーナ」
「……フィクス様相手に手を抜いたら、一瞬で負けてしまいます」
「はは。じゃあお互い、無茶はしない程度にやろうか」
セレーナとフィクスは、訓練場に入った際に手に取った木刀を持ち、攻撃姿勢をとる。
地面の砂が風によって僅かに舞う中、先に仕掛けたのはセレーナだった。
「では、参ります……!」
セレーナは、マクファーレン王国の女性の平均身長よりも高いし、鍛えているため一般女性に比べて段違いに筋力があるが、ほとんどの男性騎士に比べるとそれは劣る。
そのため、相手の懐に入り込むための瞬発さと、しなやかな動き、剣の技術を磨くことで騎士としての実力を高めてきた。
「……っ」
「セレーナ、さすがだね」
しかし、フィクスはセレーナの攻撃を簡単にいなしてくる。
容易に懐にも入れず、反対にフィクスの攻撃をしなやかな動きで避けるのがやっとだ。
(分かっていたけれど、フィクス様、強い……!)
どう攻撃を繰り出せば、彼の隙を見つけられるだろうか。
セレーナはそんなふうに頭をフル回転させ、必死の表情でフィクスに食らいついていく。
対してフィクスは涼しい顔でセレーナの攻撃を受け流しながら、一気に彼女との距離を詰めた。
セレーナがフィクスの攻撃を受け止めると、至近距離にある彼の顔が嬉しそうに微笑んだ。
「セレーナの顔をこんなに近くで見るのは久しぶりだな」
「……!? なにを……っ」
戦いの最中になにを言い出すのだろうか。
困惑したセレーナに、フィクスはより一層顔を近付けた。
「……なんでセレーナを手合わせに誘ったんだと思う?」
「はい……? ……そんなの、分かるはずがありません……!」
呼吸を乱しながらもそう答えたセレーナに、フィクスは優しげな声で囁いた。
「手合わせをするなら強い相手が良かったから。……それと、少しでもセレーナと一緒に居たかったからだよ」
「なっ……!?」
──きゅん。
鼓動が速いのも、身体が暑いのも手合わせをしているせいにできるけれど、胸からきゅんと疼くのは何故なのか。
(だめ……冷静にならないと)
強いと認められたことはもちろん嬉しいけれど、少しでも一緒に居たかったという、フィクスの言葉が頭から離れない。
(けれど、今はフィクス様に勝つことだけを考えななければ……!)
セレーナはフィクスに押し負けないよう、必死に木刀に力を込めた、その時だった。
「フィクス殿下!」
訓練場の入口から聞こえる、男性の大きな声。
セレーナとフィクスは剣を交えながら、横目にその人物を確認した。
「……リック、それに──」
現れた人物はフィクスの側近兼護衛騎士であるリック。申し訳無さそうな顔をしながら、こちらを見ている。
その後ろには、今日も鮮やかな緋色のドレスを纏った、スカーレットの姿があった。
(……っ、スカーレット様が、何故ここに……)
以前のパーティーで、フィクスの想い人はスカーレットなのだろうと確信を持った際は、フィクスの長年の恋を陰ながら応援しようと思っていた。
だから、この場にスカーレットが来たことはセレーナにとっても嬉しいはずだというのに。
(もしかして、フィクス様に会いに来たのだろうか。……そうだとしたら、フィクス様はとても嬉しい……はず)
そう考えると、何故か胸がモヤモヤする。
感じたことのない感覚にセレーナは一瞬たじろくと、無意識に木刀に込める力を緩めてしまっていた。
「……セレーナ!?」
すると、セレーナがいきなり力を緩めたせいで、彼女の手にあった木刀は弾かれ、体は後方に倒れていく。
フィクスは木刀に伝える力を緩めるが、時既に遅しだった。
「……っ!」
木刀が地面に落ちるのと同時。
セレーナは反射的に両手を地面に突き出しながら、後方に転倒した。
(……いたっ)
左手首に電気が走るような痛みを感じる。怪我をしてしまったのだと、すぐに分かった。
「セレーナ……! 大丈夫か……! すまない……!」
フィクスは直ぐ様地面に片膝をつけるようにしてしゃがみ込むと、セレーナに声をかける。
セレーナは恥ずかしさと申し訳無さで顔が真っ赤になりながら、急いで正座の姿勢を取って頭を下げた。
「……は、はい。集中力を削いだ私の責任ですので、フィクス様はなにも悪くありません。謝らないでください……。むしろ、無様な真似を見せてしまい、大変申し訳ありません……」
「セレーナこそ謝らなくてもいい! 怪我ない!?」
フィクスに肩をガッと掴まれ、彼の張り上げた声に、セレーナは顔を上げる。
(物凄く、心配そうな顔だ……)
そんなフィクスの顔を見ると、また胸が高鳴りそうになる。
そんな中で、セレーナはコクリと頷いたのには──嘘をついたのには理由があった。
(怪我をしたなんて言って、これ以上フィクス様に心配させたくない……)
「そっか……。それなら良かった……」
フィクスは心底安堵したような声でそう呟くと、ゆっくりと立ち上がる。
そして、セレーナにどうぞというように、フィクスは右手を差し出した。
セレーナは不自然にならないように、加えて怪しまれないために、怪我をした方の左手でフィクスの手を掴む。
「なにからなにまで申し訳ありません。ありがとうございます」
おそらく痛みが走るのだろうと、そう思っていたというのに。
(……あれ? 痛くない。地面に手がついた衝撃で、一瞬痛かっただけなのかな)
なんにせよ、痛みがないのならばそれに越したことはない。
セレーナが無意識に顔を綻ばせると、フィクスはそれにすぐ気が付いた。
「セレーナ? ……どうかした?」
「いえ、なんでもありませんよ」
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