第16話
フィクスがクロードとその約束を交わしたのは、騎士学園に在学中のとある日のこと。
あることをきっかけに、セレーナのことが気になり、彼女に恋をしたフィクスが、友人であるクロードにこう尋ねたことがきっかけだった。
『ねぇ、クロード。セレーナ嬢に婚約者って居るの?』
たったそれだけのことだったのだけれど、妹溺愛センサーが発動したクロードは、フィクスがセレーナに対して好感を持っていることに気付いたらしい。
クロードは徐々に表情を歪めると、フィクスに詰め寄った。
『王子であるお前に告白されたら、妹は断れないじゃないか! 俺は……セレーナには、本当に好いた男と一緒になってほしいと思っている! だから、セレーナがお前を好きになるまで、フィクス──お前は好きだと告げるな! 約束しろ!!』
クロードは一方的にそんな約束を口にした。
けれど、激しい口調とは裏腹に、妹の幸せを願う兄の思いが込められている。
フィクスはそのことを理解すると、自分の好きという気持ちと、セレーナが幸せになることを一旦切り離して、考えることにした。
(……確かに、王族の俺に縁談の話を持ちかけられたら、セレーナの立場じゃあ、どうやっても断れない。その上、好きでもない俺に思いを伝えられたら、セレーナの性格上、俺を好きになれないことに自責の念を抱くことになるかもしれないのか……)
婚約すれば、結婚すれば、傍に居れば、いつか気持ちは通じ合えるかもしれない。
けれどそれは、単に希望を含めた考え方であって、どうやったって恋愛的に好きになれない相手は存在するものだから──。
『分かったよ、クロード。約束は守る』
きっかけはクロードの言葉だったけれど、フィクスは自分で考えて、セレーナに好きになってもらえない限り、自分からは思いを伝えない道を選んだ。
まさかその日を境に、学園に行く日はクロードがずっと傍に居て、セレーナに一切話しかけられないようにあの手この手で邪魔をしてくるとは思わなかったのだけれど。
「……せめてアプローチくらいさせてほしかったんだけど、妹を大好き過ぎるのも困ったものだね」
「ん? なにか言ったか?」
「……マスコットたちがとても可愛いねと言ったんだよ」
適当に誤魔化したものの、どうやらうまくいったらしい。
クロードは満面の笑みを浮かべてネズミのマスコットを手に取り、「こっちが豊穣祭の冠を被ったちゅーりんで……」など、聞いてもいないのに説明を始めた。
「はいはい。こっちがちゅーりんで、こっちがらびたんね。分かった分かった」
セレーナとフィクスの仮初婚約についての疑問が解消したからなのか、フィクスが約束を守っているからなのか。
それからも楽しそうにマスコットについて語っていたクロードだったが、フィクスが「そろそろセレーナたちのところに行こう」と話すと、彼はぴたりと動きを止めた。
そして、クロードはマスコットたちを丁寧にテーブルに置いてから、フィクスに対して深く頭を下げたのだった。
「言うのが遅くなったが──ウェリンドット侯爵の件は、既に両親から聞き及んでいる。セレーナを助けてくれて、ありがとう。……助かった」
「……なに、急に。当然でしょ」
「……っ、だ、だが! 約束は守れよ! 仮初の婚約者であることはセレーナが言い出したのだから仕方がないが……」
語尾が小さくなるクロードを見て、フィクスはふっと笑みを溢した。
「分かってる。……仮初とはいえ、セレーナの婚約者になれたんだ。わざわざ彼女を悩ませるようなことはしないよ。それに……」
フィクスはゆっくりと立ち上がると、部屋の出口へ向かって歩いていく。
扉の前に着くと、セレーナを頭に思い浮かべて、フィクスはくるりと振り返った。
「ようやく分かったことがある。……彼女を好きになって、もう六年。俺はわりと、長期戦が得意みたいだから」
これ以上ないほどに優しい蒼眼が、セレーナと同じ琥珀色の瞳のクロードを射抜いた。
「え……。どういうこと……?」
と、同時に、クロードの部屋の前でセレーナが黒目をキョロキョロとさせて、困惑の表情を浮かべているなんて──。
この時のフィクスには、知る由もなかった。
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