第14話

 

(私とフィクス様の間に、馴れ初めなんてないのでは?)


 強いて言えば、セレーナがフィクスに窮地を救ってもらったために求婚した、ということ事実はあるにはあるのだが──。


(その実は、恩を返すために『仮初』の婚約者になりたいと進言した、なんて……。言えるわけがない

 ……)


 つまり、セレーナとフィクスの間には、胸を張って言えるような馴れ初めなんてものはないのだ。 


 しかし、ここで黙っていては、変に思われるかもしれない。


 そのためセレーナは、適当に話を逸らしてしまおうと考えていたというのに。


「セレーナとは学園生活が二年被っているのですが、その間に、彼女の真面目なところや、騎士になるために一生懸命鍛錬を積んでいるところ、義理堅いところや、ときおり見せてくれる照れた顔、笑顔が可愛いところなどに惹かれて、今回私から求婚したんです」

「!?」


 なんの躊躇もなく、スラスラと話すフィクスに対して、セレーナは彼を見つめながら、信じられないというように目を見開いた。 


(確かに在学期間は二年間被っていますが、フィクス様とは校舎内ですれ違うくらいしか記憶にありませんが!)


「ですから、彼女とこんなふうに婚約できるなんて夢のようで、私は世界で一番幸せ者なんですよ」

「……っ、フィクス様……!」


 嘘だと分かっていても、さすがにここまで甘い言葉を並べられると恥ずかしい。もう聞いていられないと、セレーナはフィクスの名前を呼んで、もう話さないでほしいと目で訴えた。


 しかし、そんなセレーナの姿を両親は純粋に照れていると思ったようで、二人は隠すことなく顔をニヤつかせていた。


(フィクス様……有り難いのですが! 有り難いのですが……嘘が上手過ぎます!)


 そんなセレーナの内心さえも読んだのだろうか。

 フィクスは微笑を浮かべ、セレーナの頭の上にぽんを手を置いてから、彼女の両親に向き直った。


「じゃあ、セレーナが恥ずかしがっているので、この話はこの辺で終わりましょうか」

「はい、終わりましょうそうしましょう違う話をしましょう」


 セレーナはこくこくと頷きながら、口早にそう同意する。

 その姿のセレーナに対して、フィクスは「可愛いなぁ」とポツリと呟いてから、別の話題を切り出した。


「一昨日、ウェリンドット侯爵や、その息子のデビット、キャロルの暗殺未遂に関わっている侯爵家に仕えていた者たちの処遇が決まりましたので、ご報告しますね」

「……! フィクス様、もう決まったのですか?」

「ああ。王族への暗殺未遂は大罪だからね。速やかに処理を行うことになったんだ」


 それから、フィクスは先程までの楽しそうな様子とは打って変わって、真剣な表情で話し始める。


 セレーナとその両親は、無意識に姿勢を正して、フィクスの話に耳を傾けた。


「──なるほど。ウェリンドット侯爵が死刑、その妻と令息は死ぬまで投獄される終身刑、従者たちは三十年の鉱山での重労働……ですか」


 フィクスの説明を復唱するように、セレーナはぽつりと呟く。


 王女の暗殺未遂にしてはウェリンドット侯爵の妻と息子のデビットに対して、些か罪が軽いような気はしたものの、その後のフィクスの説明により合点がいった。


 どうやら、ウェリンドット侯爵の供述によると、妻は暗殺には関与していなかったらしいのだ。その供述にどこまでの信憑性があるかは定かではなかったが、暗殺に関与していた証拠もでなかったからことから、証拠不十分として死刑は免れたらしい。


 デビットに関しては、侯爵がキャロルの暗殺を企てていることは知っていたものの、暗殺に纏わる一連の出来事には直接的な関与はしていないらしい。

 暗殺を防いだセレーナに恨みを持ち、復讐をするために彼女の婚約者にはなったが、それも主導していたのは侯爵だった。

 それらの理由から、デビットも終身刑に留まったようだ。


「──というわけです。こんな席でウェリンドット侯爵家のことを話すのは少々気が憚られたのですが、一応伝えていかねばと思いまして」

「殿下、お教えいただき、ありがとうございます」


 父が頭を下げたのとほぼ同時に、母とセレーナも頭を下げ、この話は幕を閉じた。



「そうだわ! すっかり忘れていたけれど、そろそろクロードを呼んでこようかしら!」


 ウェリンドット侯爵家の話が終わってから約半刻ほど、四人で他愛もない話をしていたところ、突然そう言い始めたのは母だった。

 そんな母に、父は確かに、と頷いてみせる。


(兄様ごめん……。一瞬兄様の存在を忘れてた……)


 フィクスの演技力の高さに動揺したり、デビットたちについての話をしていたりして、すっかりクロードのことが頭から抜けていたセレーナは、内心で兄に謝罪をこぼす。


「でしたら、私が呼んで参ります。おそらく自室に居るでしょうし」


 忘れていた罪悪感もあって、セレーナは立ち上がりながらそう話す。すると、隣に座るフィクスに手首を掴まれた。


「セレーナ、私がクロードを呼んでくるよ」

「……! そんなフィクス様にそんなことさせられ──」


 ません、と続くはずだった言葉をセレーナが飲み込んだのは、とある考えが頭を過ったからだった。


(もしやフィクス様は、兄様と二人で話したいことでもあるのでは?)


 フィクスは決闘を挑んでくるクロードに驚いた様子はなかったし、クロードの欲しいものまで熟知していた。

 二人は大人になった今でも、実は非常に仲が良いのかもしれない。


(馬車ではああ言っていたけれど、あれは照れ隠しだったのかな)


 フィクスにも可愛いところがあるものだ、なんてセレーナは思う。


「……では、お願いしてもよろしいでしょうか……? 兄の部屋はあちらの階段から二階に上がって、突き当り右にあります」

「うん。ありがとう」


 階段を上がっていくフィクスを見送る。

 それからセレーナは、フィクスにこんなことをさせても構わないのだろうかと不安がる両親に、落ち着いた声色で大丈夫だと思いますよ、と伝えたのだった。

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