第7話
「さて、邪魔者が居なくなったし、今回の件を順番に説明するよ」
デビットが居なくなった王の間で、そう話し始めたのはフィクスだった。
すかさず抱きついて来るキャロルを抱き留めたセレーナは、こちらに視線を向けるフィクスに対して、「お願い致します」と頭を下げた。
「まず、セレーナがデビットと婚約したと報告してくれた約一ヶ月前から、俺とキャロルは作戦を練っていた」
「それが、『ウェリンドット侯爵の悪事を暴いて、セレーナの婚約をぶっ壊す大作戦』……でしょうか?」
「そのとおりだよ、セレーナ。ま、厳密に言えば、『セレーナの婚約をぶっ壊すついでに、ウェリンドット侯爵も潰しておこう大作戦』なんだけどね」
(いや、ついでは逆では? というか、なんと物騒な作戦名……)
セレーナは喉まで出かかった言葉を飲み込んで、思うだけに留める。
それからフィクスは、この一連の出来事を丁寧に説明してくれた。
──今回の件は、複雑そうに見えて意外と単純だった。
まず、デビットがセレーナに婚約を申し込んだ理由をいち早く察したフィクスは、キャロルと情報を共有した。
そしてフィクスとキャロルは、セレーナを救うために、ウェリンドット侯爵家が暗殺を依頼した証拠を掴もうという話になった。具体的には、キャロルがデビットから話を聞き出し、得た情報をフィクスが秘密裏に調べるというものである。
このタイミングでセレーナに洗いざらい話さなかったのは、セレーナの婚約の意思がなかなかに硬かったため、強硬手段に出るべきだという結論に至ったことと、せっかくならばこの状況を利用して、ウェリンドット侯爵家を潰せれば一石二鳥であると考えたからだった。
「それで今日、全ての証拠が揃ったから、キャロルと共に陛下に話しに行こうとしたんだけどね。陛下の側近の一人が、デビットが王の御前でセレーナに婚約破棄を言い渡していると聞いた時はさすがに驚いたよ。……いや、愚かすぎて呆れたと言った方が正しいかな」
微笑を浮かべるフィクスと同時に、キャロルはうんうんと頷いた。
(反王政派の家に生まれたデビット様が、王女殿下に対して『真実の愛』とやらを見つけてしまうなんて、酷い運命というか、確かに愚かというか)
「大体こんなところだけど、なにか質問ある?」
そう問いかけたフィクスに、セレーナは「いえ」と伝えると、説明してくれたことに感謝を伝える。
それから、大凡の事態が飲み込めたセレーナは、
「陛下、このたびは大変申し訳ありませんでした」
「……いや、そなたが謝る必要はない。むしろ、セレーナ嬢はキャロルの命を護ってくれた。それに、結果的に反乱分子のウェリンドット侯爵の尻尾も掴むことができた。礼を言う。これからもキャロルの専属護衛騎士として働いてほしい」
「ふふ! やったわね! セレーナ!」
「良かったね、セレーナ」
「陛下、王女殿下、王子殿下……ありがとうございます。ありがとうございます」
国王とキャロル、フィクスの優しい言葉に、セレーナは深く頭を下げて、何度も感謝の言葉を伝えたのだった。
◇◇◇
──次の日。
空が茜色に染まりそうな頃、セレーナは王女宮の隣にある、第三王子宮のフィクスの執務室へとやって来ていた。
「セレーナから会いに来てくれるなんて嬉しいよ。さ、座って」
「いえ、こちらこそお時間を作っていただき、ありがとうございます」
フィクスに頭を下げたセレーナは、失礼いたしますと言ってから、ソファへと腰を下ろす。そして、少しだけ周りを見渡した。
(わぁ……凄い)
王子の執務室あって、ソファやローテーブル、花瓶、絵画など全てが一級品だ。セレーナの生家──ティアライズ伯爵家にもそれなりの家具や調度品は揃っているが、ここにあるものはまるで次元が違う。
セレーナは、初めて訪れたフィクスの執務室にそんな感想を持った。
「で、どうしたの? 話って」
だが、ローテーブルを挟んだ向かい側のソファで足を組み、こちらをじっと見つめてくるフィクスに話を促され、セレーナは気を引き締める。
事前にフィクスに話したいことがあると伝えてあったとはいえ、彼は暇ではないのだから、手短に話しをしなければと、口を開いた。
「デビット様の件では、殿下に助けていただいたので、その恩義に報いたく参りました。私でなにかお役に立てることはありませんか?」
「…………なにかって」
ここに来る前、実はセレーナはキャロルにも恩を返したいと話していた。
危険を犯してデビットから情報を聞き出してくれたキャロルに対し、セレーナは感謝の言葉だけでは到底足りないと判断したのだ。
しかし、キャロルはあっけらかんとこう言った。
『うーん、私が好きでやったことだから恩を感じなくても良いんだけど……。あっ! それなら、セレーナにはずっと、私の護衛騎士を続けてほしいわっ!』
そんな提案をされたセレーナは、もろちろんだと受け入れた。命ある限りキャロルに仕えようと、改めて心に決めた瞬間でもあった。
……と、いうことで、次はフィクスに恩義を返さねばと、この機会を作ってもらったのだけれど、フィクスの態度は、セレーナの予想とは大きく違っていた。
「……あのねぇ、俺はやりたいようにやっただけだから。セレーナはなにも気にしなくて良いよ」
「……!」
この四年間、フィクスは暇ができるとセレーナに構いに来た。
(女性騎士の私が珍しいから構いに来るのか、それともお気に入りのおもちゃのようなような認識なのか……。それは、私には判断はつかない)
けれど、ただ話すにしても、誂ってくるにしても、少しスキンシップを取ろうとするにしても、フィクスはとても楽しそうに見えたから──。
(恩を返すためになにかをしたいと伝えれば、殿下は前のめりでなにかを要求してくると思っていたのに)
いつもの含みのある笑みを浮かべず、さらっと提案を拒否するフィクスに、セレーナは若干戸惑った。
「しかし……。そんなわけには……」
「それに、暗殺未遂の証拠も手に入ったことだしね。俺の悩みのタネが一つ減ったから、本当に気にしなくて良い。分かった?」
表情は穏やかで、まるで子供に言い聞かせるように、フィクスの声色は優しい。
そんなフィクスの様子に、セレーナは眉尻を下げて、俯いた。更に、膝の上に置いた手をギュッと握り締めた。
(私は今まで、殿下のなにを見てきたのか)
フィクスは眉目秀麗で、切れ者。剣の腕も立ち、騎士としての人望もある。
けれどセレーナにとっては、木々を揺らす風のような、掴みどころのない存在だった。
様々な美女や才女からの縁談を断っているのに、なにかと構いに来るところも。甘い言葉を囁いたり、スキンシップを図ろうとしてきたりするところも、イマイチ理解できなくて──。
(端的に言ってしまえば、国を担う王家の方としては尊敬しているけれど、一個人としては、それほど好きではなかった。いや、むしろ少しだけ……苦手だったかもしれない)
だというのに、フィクスはキャロルと共に、セレーナの未来を守った。それも、なんの見返りも求めることなく。
(──そんな殿下に、なんの恩義も返さないなんて、やはり私にはできない)
フィクスはなにもしなくて良いというけれど、どうにか役に立ちたいのだ。
(私にできること……。殿下が今一番、困っていらっしゃること……。あっ)
ふと、とある考えが浮かんだセレーナは、パッと顔を上げる。
こちらをじっと見ていたのか、「ん?」と言いながら、僅かに首を傾げるフィクスに対して、セレーナは話を切り出した。
「もしご迷惑でなければ、私を殿下の盾にしていただけませんか?」
「…………。は?」
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